古本とセレンディピティ

「日本の名随筆」という古いシリーズがある。花、画、道などのテーマについて、錚々たる書き手が綴った文を編集したものだ。全部揃えると120巻になるので、古本屋に出ていたら気に入ったテーマのものだけ買って読んできた。『古書』は別巻20冊のうちの一冊。

古書の売買や収集には、新刊書ではありえないようなエピソードがつきまとう。本書の随筆の一編、松永伍一の『巴里の掘出し物』では苦労して稀覯きこう本を手に入れる話がいろいろ書かれている。セーヌ河畔に出る古本屋台では、なんとレンブラントの銅版画が一枚1,500円ほどで売られていた。著者は意気揚々として18枚を掘り出した。

古書店を営んでいる皆がみな目利きとはかぎらない。レンブラントがどんな画家で作品にどのくらいの値がつくかなど知らず、本や書画を1,000円で手に入れたら1,500円で売って500円儲ければ良しと考える古物商もいる。老舗の、特に日本の古書店では、勘違いでもしないかぎりこんなことはほとんどありえない。チェーン店のBOOK・OFFではたまに初版本の掘出し物が出ていることがある。


同書の『古本綺譚』では月下氷人になった一冊の古本が紹介されている。九州の女性が『君たちはどう生きるか』という本を読み、愛読者ハガキに記入した。ところが、そのハガキを投函するのを忘れて、本の間に挟んだまま後日近所の古本屋に売り払った。その本が回りまわって東京の古本屋で売られ、それをある男性が買った。愛読者ハガキには住所氏名が書いてある。男性が手紙を書き女性が返事を出す。文通が一年続き、二人は結婚した。

この話から20年前の映画『セレンディピティ(serendipity)』を思い出した。「想像外の偶然や発見」のことをセレンディピティと言うが、この映画の題名でそのことばを初めて知った。少々ネタバレになるが、ざっと次のような話である。

クリスマス前のデパートで男女が偶然出会う。お互い惹かれるのだが、それぞれに恋人がいる。もし二人の出会いが運命ならいつかまた会えると考え、女のほうは持っていた古本に、男のほうは5ドル札にそれぞれの連絡先を書く。古本を手放し、5ドル札は買物に使う。数年後、二人はお互いを探し始め、何度もすれ違いを繰り返しながら、ついに男が女の連絡先を書いた古本に出合う。しばらくして、女も男が連絡先を書いた5ドル紙幣に出合う。

アメリカらしい「とんでもストーリー」だ。広い全米で五万と流通する5ドル紙幣の中からたった一枚の札に巡り合うのは不可能だ。セレンディピティの小道具としてはかなり無理がある。しかし、古本なら、それが稀覯本であったり骨董価値が高かったりすると、流通範囲が限られてくるので、自分が売った本を買い戻せるチャンスはゼロではない。

狙いをつけて買った古本がつまらなくて途中で投げ出し、百円均一コーナーからついでに買った古本に夢中になるということはよくある。本命でないところに望外の価値を偶然見つけることもセレンディピティ。もっと言えば、気まぐれに店に立ち寄り、直感だけで手に取って買って読む古本のことごとくがセレンディピティの成せる読書の縁に思えてくる。

飲食の連想と手順

去る1118日はボジョレ・ヌーヴォーの解禁日。普段たしなむワインと違ってボジョレは特別な新酒。通常のワインとボジョレにはいろいろな違いがあるが、飲むまでの手順も違う。

買い置きしているワインの中から「今夜はこの赤ワイン」と決めて一本取り出す。朝に抜栓し、抜いたコルクにラップフィルムを巻いて再び栓を差し戻しておく。夕方帰宅してから飲む。空気に触れてから8時間以上経っているので酸化は進んでいるはずだが、経験的には開けてすぐよりもおいしく飲める。

ボジョレは飲む直前に抜栓するのがいい。重厚感はないが、ボジョレの特徴は新酒ならではのさわやかな香りと喉越しにある。出荷前に濾過されているが、ボジョレにおりはつきもの。したがって、グラスに注ぐ前にして雑味を取ってやるとすっきり感が増す。

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まぐろの目玉が売られていた。生で食べるシーンは連想しない。すぐさま浮かぶのは皿に盛られた煮付けである。鮪の生の目玉を煮付けに化けさせるには、「酒と砂糖と水と生姜を合わせて沸騰させ、熱湯でアクとヌメリを落とした目玉を中火で10分ほど煮る。濃口醬油を加えて弱火にしてさらに10分煮る」という調理手順が必要だ。書いてしまえば〈食材→調理→完成〉という単純な流れだが、完成形が浮かぶから調理の手順と方法が工夫されるのである。

ちなみに、料理における手抜きとは〈食材→X→完成〉の“X”の数を増やさないことだ。手数をかけないからと言って、急いで安っぽく作るわけではない。たとえばパテなどは、一から自分で作るよりもフランス製の缶詰を使うほうが数段すぐれている。上手に手抜きしてまずまずの味に仕上げるのが手料理の要領である

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川面かわもに浮かぶ鴨を見て鴨南蛮そばや鴨鍋を思うか。ぼくには、そんな連想以上に強く記憶に残るエピソードがある。〈鴨→デパ地下で200グラム買ったが、虫が付いていた→苦情を申し入れたら、担当者が謝罪のために自宅にやって来た→お詫びのしるしにと出されたのがずっしり重い鴨肉〉。測ったら1キログラムあった。鴨南蛮そばのつもりが、鴨鍋にグレードアップした望外の晩餐。

別のデパートで買った鴨肉にも虫が付いていた。「売場までお持ちいただければ交換します」という対応だった。以来、鴨と言えば、虫に注意することとデパートのクレーム対応の差を連想する。

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出されたらすぐに食べるべしという料理の代表格は天ぷら。会話中に出てきたら話を中断してでも箸を動かす。一瞥だけくれてすぐに口に放り込むから、味覚が視覚に優先する。他方、「食べるのがもったいない」とか「インスタ映えする」とか「形を崩しにくい」とか言って見つめるばかりで、なかなか口に入れない場面がある。斬新な季節のデザートやメガ盛りなどがそうだ。

鯖は煮付けにしてよし焼いてよし。足が早いので刺身は産地近くに限るが、酢じめという知恵で鯖は日持ちするようになった。料理をおまかせで頼んだ店でしめに甘酢漬けのかぶを乗せた鯖の押し寿司が出てきたことがある。その分厚さに息をのみ見とれた。食べるのを忘れそうになった。視覚が味覚になかなかバトンタッチしない最たる例だった。

読書中に辞書に寄り道

既視感デジャヴが働いてくれると読書にともなう苦痛が少しは和らぐ。「いつぞや読んだような気がする」という感覚が読書への集中を促してくれる。読んでいないかもしれないので、単なる錯覚のこともある。たとえ錯覚であっても、再読しているような気持になれれば儲けものだ。再読には余裕と安心感がある。

読書は愉しいのだが、きつさも付きまとう。内容によっては何時間も何日も集中力を維持し続けられず、こんなにしんどいならいっそのこと中断しようと思うこともある。中断して放置したままにしておくと、挫折して敗北感に苛まれることになる。そうならないように、中断する時はわかったつもりになって読んだことにしておく。

読書は没頭できるに越したことはない。しかし、不明のことばが連続して出てくると気が散る。それでも、たいていは前後関係で見当をつけて読み進めるようにする。稀に調べずに済ませられない時があり、見開いた本をうつ伏せにして辞書を引き意味を確かめる。この作業が寄り道になり、時には脱線してしまって、読書は長時間中断することになる。


先々週のこと。ある本を読んでいたら「一斑いっぱん」という初見の熟語が出てきた。その本が何であるかはわかっているが、このことばが使われた箇所に印をつけなかったので、本を繰っても探せない。「一斑を述べる」と書いてあったのは覚えている。まだらが一つだから一部という意味だろうと見当をつけたが、気になってしかたがないので辞書を引いた。

辞書には「全体の一部分」と書いてあり、「一斑を述べる」という例文が示されていた。対義語は「全豹ぜんぴょう」と言うらしい。一斑も全豹も古めかしい表現だから捨て置けばいいのに、ここから道草の連鎖が始まった。全豹とは「物事の全体の様子」。「なぜ豹によって言い表すのか」と気になったが、寄り道すると大変なことになりそうなのでやめた。この時点で本に戻るべきだったが、別路線の道に迷いこんでしまった。

「一で始まる二字熟語は一体・・どれくらいあるのか」と気になり始めたのである。元に戻した辞書を再び手に取り、「一」の見出し語からページをめくってみたら延々15ページ以上続いていた。1ページの見出し語を一目・・30とすると、合計450にのぼる。すべての二字熟語に目を通す破目に陥った。

読書を中断して辞書に寄り道するのを習性とか癖だとは思わない。おそらく本読みよりも辞書引きのほうが楽だから、自然とそうなるのだろう。

充ち満ちている秋

仕事の合間に、仕事とは無関係に辞書・辞典・事典を時々引っ張り出す。書架一本に百冊ほど収めてある。その書棚には歳時記の類も置いてあって、季節や月の変わり目に金田一春彦の『ことばの歳時記』も拾い読む。愛読し始めてから30年以上経つ。この本には今時の風物の話は出てこない。

1118日の今日のことばは「落花生らっかせい」。南京豆やピーナッツとも呼ばれるが、落花生と言えば殻付きのものを指す。今年は10月中旬から今月上旬までなま落花生をよく見かけたので、そのつど買い求め茹でて食べた。落花生だけではない。豊穣の季節だけに八百屋や果物店には多彩な食材が並ぶ。つい買い過ぎる。

ところで、秋にもの悲しくうら寂しいという印象を抱くのはなぜだろう。冬を控えた晩秋にペーソスを覚えた遠い昔の詩人歌人らがそんなふうに秋を脚色したからだと睨んでいる。もの悲しくてうら寂しい詩や歌が有名になったために、ぼくたちは実際の季節感とは異なるイメージを刷り込まれてしまったのではないか。


年号「令和」の考案者と言われ、万葉集研究で著名な中西進に『美しい日本語の風景』という歳時記的な本がある。その「あき」の章は次の文章で始まる。

「あき」とは、十分満足する意味の「飽き」と同語だと思われる。(……)この季節が収穫の豊かさと直結していることは、いうまでもない。(……)稔りの秋には野山にさまざまな色どりがあふれる。

「飽き」という表現はネガティブに響くが、飽きに至るのは「もう十分に満たされている」からである。豊かさにもほどがあると言いたくなるほど、秋は充ち満ちていて、一年で一番恵まれた季節なのだ。にもかかわらず、「夜寒よさむ」や「夜長よなが」のようなことばが気分を内向きにさせる。空は天高く晴れわたっているというのに。

降りしきる落葉がもの悲しいのではない。枯葉の絨毯がうら寂しいのではない。あくまでも見方、感じ方次第だ。落葉でさえ豊穣である。大量に積もった落葉を踏みしめて散策するたびに、実にいい季節だと思う。いにしえびとは、たき火にしたり発酵させて腐葉土にしたりした。秋の恵みの枯葉にエネルギーを感じ取った。

生落花生を茹でたいた大量の殻は、何の配慮もせずに捨てたが、あれも堆肥や動物の餌としてリサイクルできるらしい。秋が残すもので冬を過ごす。はやりのことばを使えば「SDGs (エスディージーズ)の秋」である。

創作小劇場『言語異化学探究所』

 

 ここ・・に来るチャンスを得たのは、ジャン・エクスオー先生のコネのお陰でした。ジャン・エクスオー先生は日本語に堪能で、見た目も典型的な日本人の顔と体型なので、全然ジャンという雰囲気ではありません。ところで、ジャン・エクスオーを前後入れ替えるとエクスオー・ジャンで、香港料理に使うあの調味料「XOジャン」と同じ。たぶん仮名かペンネームなのでしょうが、「本名ですか?」とは聞きづらく、出会ってからずっとジャン・エクスオー先生と呼んで今に至っています。

 ここ・・とは「言語異化学探究所げんごいかがくたんきゅうしょ」。その名の通り、言語を探究していると聞いています。いつも見たり聞いたりしているものがある時突然異様なものに見えたり聞こえたりすることがあります。逆に、いつも変に見えたり聞こえていたりしていたものを何かの拍子で近しく感じることもあります。どちらも異化作用です。当探究所では、ものよりもことばを取り上げるようで、パンフレットにも「見慣れたことばの中に潜んでいる知られざる要素に気づき再発見しようという活動、云々」と書いてあります。

 今日は取材のために訪れました。ジャン・エクスオー先生の都合がつかなかったので、初訪問にして一人でやって来ることになりました。応対してくれたのは探究所所長代理の「1120氏」。ぼくの住んでいるマンションの部屋番号と同じ数字だったので、少し――いや、かなり――驚きました。単なる偶然だと思いなさないと、変な気持ちが尾を引きます。

 「話はジャン先生から聞いています。たいていのご質問にはお答えできますので、どうぞ遠慮なさらずに」と1120氏。ここでは探究者番号でお互いを認識し呼び合う習わしがあるとのことでした。
 この探究所設立の経緯と探究している代表的事例を聞きたいと告げました。

 「では、設立のきっかけから。ところで、アメリカの哲学者のW.V.クワインをご存知?」
 名前だけ知っているという程度なので、「ほとんど知りません」と答えました。
 「変わった人ですが、ユーモアのある人。『定義よ、汝自身を定義せよ』なんて言った人です」
 そう言って、探究所の所長がクワインからインスピレーションを得た話を語り始めたのです。

クワインは「知っている」と「できる」が交換可能なことに気づいた人です。「方法を知っている」は「できる」ということを意味します。そして、「それができる」とはとりもなおさず「それを知っている」ことでもあります。英語では「知っているけれど、できない」などとはあまり言わないのです。

 「たとえば?」と一例をお願いしました。
 「クワインは英語の知る・・できる・・・を例として挙げ、これら二つの動詞は究極的に同一の語だと断定したのですよ。書いたほうがわかりやすいですね」
 そう言って1120氏は立ち上がり、“I know how to play the piano.”“I can play the piano.”という英文を声に出しながらホワイトボードに書きました。
 「ピアノの弾き方を知っている、ピアノが弾ける。この二文はね、同じ意味なのですよ。二つの単語に注目してください」
 1120氏はknowcanの下に赤いマーカーで傍線を引いて説明を続けました。
 「ほら、knowkncancnをご覧なさい。どちらもクンという音です。元々同じことばだったのですよ」
 1120氏はこの二語の関係性には意味があると言いました。しかし、クワイン博士の最初の音「ク」と最後の音「ン」をつなぐと「クン」になるのは偶然に過ぎず、そこに意味はないと言いました。

 「二つ目の質問への答えは、当探究所設立の動機そのものです。つまり、ここでは様々なことばの音や綴りに着目して、異化作用や意味性と無意味性を探究しているのです」
 失礼ながら「うーん」とつぶやいたかもしれません。正直言ってよくわからなかったのです。ことばを継げそうもないので、再び「たとえば?」と聞くしかありませんでした。
 「あなたは英語の“walk”と日本語の歩くが関連すると思いますか?」
 うぉーく、ウォーク、walk……あるく、アルク、aruku……ひらがな、カタカナ、アルファベットがあれこれと頭に浮かびました。
 「どちらもクの音で終わりますね」
 「他に何か関係性とか、気づきませんか? 英文字の中に」
 アルファベットをいろいろと浮かべているうちに、ついに「歩く」を“alk”と表記できることに気がつきました。
 「ええー、walk“alk”が入っているではないですか!?」
 無条件反射的に声が大きくなっていました。
 「そんなに驚くことはないですよ。わたしたちは、だから英語と日本語に接点があるなどと言いません。ただ、この一致に気づいたら最後、もうwalkの中にalkを意識せざるをえなくなります。これが異化作用です」

 何が何だかわからないような、戸惑った表情をしてしまったのでしょう。1120氏は別の例を取り上げました。
 「日本語の道路はドーロと発音します。英語ではロードです。太平洋を渡っているうちにさかさまになりました。フフッ」
 カッコ笑いのような笑いでした。
 「まさか……冗談ですよね」
 「そんなバカなことはないですね。フフッ。ただのことば遊びです。わたしたちはこんなことも探究しますけどね」
 その後もこうした話が少し続いたが、約束の時間が過ぎたので失礼することにしました。

 話についていけたかどうか、自信はありませんでした。探究テーマの妥当性や意義についても半信半疑でした。しかし、「歩く」と“walk”の、いわゆる異化作用には偶然以上の何かを感じざるをえなかったのです。帰りにカフェに寄り、コーヒーとケーキのセットを注文しました。しばらく不思議な感覚に包まれていましたが、「いや、もしかするとそんな例はいくらでもあるかもしれない」と思い始めました。手帳を取り出して、思いつくまま英語の動詞を書き、それと対照になる日本語を並べていきました。飲むとdrink、見るとsee、書くとwrite、考えるとthink、払うとpay……という具合に。途中、喋るとtalkを思いついた時、alkにハッと気づきました。しかし、talkの中には喋るも話すも語るもありません。

 語尾の音が同じで、英語の中に同じ意味の日本語が内蔵されているような他の例はないかもしれない……ということはどういうことだろうか……例が一つしかないとは? 他に例が見つかるとは? どっちにしても驚くほどのことじゃないのではないか……。ぼくの頭の中で異化作用が現れ始めていました。めったにない偶然などは大した不思議ではなく、逆によくあることのほうが不思議なのではないかと。
 ところで、帰宅してからカフェのレシートを見たら、コーヒーとケーキのセットの料金は1120円でした。まあ、よくある偶然です。

時計的な暮らし

紛失したり壊れたり、欲しいと言った人にあげたりしてだいぶ減ったが、机の引き出しにはまだ腕時計が10個くらいある。常時使うのは2本のみ。着けもしないし動くかどうかもわからないのに捨てずに置いてある。時計の数が増えても計測精度が上がるわけでもないのに。正確な時刻を云々するなら、スマートフォン一台あれば事足りる。

20211111日の今日、いま書いている時点で時刻は午後315分。途中何回か中断するはずなので、書き終わりは午後4時を回るだろう。午後1時頃からずっと雨が降っていた。窓には大きな雨粒が当たり続け、おびただしい水滴がガラス面を這った。午後3時前にやっと止んだ。

2時間の経過は壁掛け時計で確認している。数字で知らせてくれる利器がなければ時の経過を正確に感知することはできない。なぜなら、さっき「そろそろ3時かな」と思って時計を見たら、まだ1時半だったからだ。ぼくたちの生物時計はその程度のものである。


16世紀、ガリレオ・ガリレイはピサの斜塔で物体の落下実験をおこなった。二つの質量の異なる物体を落として地面に同着するかどうかを確認したのだ。あの時、もちろんストップウォッチはなかった。時間はどのように測られたのか。手首に指をあてがって脈拍で計測していたのである。一脈拍の10分の1の精度で時間を計測したというから驚くしかない。

「あ、いま3時か……」などとつぶやいて日々を過ごしているが、あのつぶやきは何を意味しているのだろうか。いったい3時とは何なのか。1日が24時間で刻まれているという観念はもはや拭いきれないし、暮らしはこの時間軸を一番の頼りにして成り立っている。時計もなく、分も秒も測れなかった時代に目に見えない節目が確かに感じ取られていた。今は、適当に「時の流れ」などと言いながら、時にはそんな歌もうたいながら、目盛りだらけの毎日を送っている。

この時点で予想よりも早く草稿が書けた。今から読み直して推敲して午後4時頃までには公開できそうだ。と、こんなふうに時計ばかり見て、時間の推移とシンクロさせながら本稿を書いたが、普段書くのと何がどう違うのかはよくわからない。

わかる? わからない?

「鉛筆で文字を書く」という一文が意味することはすぐにわかる。もう少し詳しい情報があれば、状況や場面も映像として浮かび上がってくるだろう。鉛筆は触れることができる。鉛筆は〈〉のイメージにほぼ対応する。書かれた文字は実際に見えるし、書くという行為も繰り返し何度も経験済みだ。

では、「幸せな生活を過ごす」はどうか。誰もがよく使う一文である。言ったり書いたりする方はわかったうえで使っていると胸を張れるか。聞いたり読んだりする方も意味がわかると言い切れるか。意味がはっきりしていると思って使い、だいたいわかった気になっているかもしれないが、いざ「幸せとは?」「生活とは?」「過ごすとは?」と突っ込まれて困り果てる。

幸せや生活のことを鉛筆や文字と同程度にはわかっていないのである。わかっていないけれども、あまり深く考えずに頻繁に使っている。ある時、根掘り葉掘り突っ込まれてはじめてわからないままに使っていることに気づく。突っ込まれて、意地悪されたとか恥をかかされたとか思ってはいけない。それどころか、ことばと思いの乖離に気づかされたことに感謝すべきだ。


あらためて辞書で確認するとしよう。たいていの辞書は、幸せを「満たされた状態」、生活を「考えたり行動したりして生きること」という程度の定義しか示してくれない。ことばを定義してもらっても、意味がわかったり使った人の思いが理解できたりするわけではないのだ。つまり、いくら語義を深く追究しても、文字面以上に「幸せな生活」をわかることはほとんど不可能なように思える。

文をばらして個々のことばを深掘りしても意味は明快にならない。ことばの意味や概念は、ことばを説明されたり言い換えられたりしてわかるのではなく、例示されてやっと何となく・・・・イメージとして見えてくるものなのだ。「幸せな生活」の場面や状況を、できれば複数の例によって描き出すことが「わからない」を「わかる」に変える。

話し手や書き手は「幸せな生活を過ごす」の後に「たとえば……」と続ける。「幸せな生活を過ごす」だけで終わった相手に対して、聞き手や読み手は「幸せとは何だ?」とか「生活とは何だ?」と突っ込まずに、「たとえば?」と協力する。意味は一人では明らかにならない。双方が明らかにしようと努めてはじめて意味は共有への一歩を踏み出す。

昼ごはんに出掛ける

休みの日も仕事の日も昼ごはんを食べる。当たり前だ。よほど急な用事が入らないかぎり食べる。ここ一年半以上晩ごはんの外食を控えているので、その代わりと言うか息抜きのためと言うべきか、休みの昼に外食することが多くなった。

最後に晩ごはんを外食したのは昨年の10月下旬だった。人数制限のクラシックコンサートに招かれ、その後にジビエ料理店に向かった。万が一密になっていたら入らずに引き返す覚悟だった。あれから一年か。ずっと自宅で晩ごはんを食べてきたことになる。先週出張があり、ほぼ一年ぶりの晩ごはんを外食した。何もかもお任せの至れり尽くせりはありがたい。

仕事の日のランチは弁当やテイクアウトが多い。ずっと続くと息詰まるので、週に二日ほどは混んでいない時間帯に外に出る。麺類の店が多い。蕎麦ならざる。うどんはかけと別皿の天ぷら、時々ぶっかけ。中華は上海焼きそばやあんかけフライ麺。ラーメン店では担々麺かつけ麺。


休みの日は午前中に散歩に出る。散歩のルートが定まると、昼ごはんのメニューと場所の候補がある程度決まる。寿司や何でもありの定食屋にも行くが、生来の麺好きなので和洋中の麺料理を目指すことになる。休みの日は町内から離れて片道半時間以上は歩く。

この前の土曜日は、散歩ルートの前に昼ごはんをイメージした。手打ち細麺のうどん店。もっちり、のどごし、コシの三拍子揃ったお気に入りの店。肉うどんにしてゴボウのササガキ天ぷらをのせる。行ってみたら、緊急事態宣言が解かれているのに店が閉まっている。定休でもなく今だけしばらく休業でもなく、この先ずっと休業または廃業の雰囲気があった。

何か食べたいものがあってそれにありつけない時、ジャンル違いの料理では思いに反する。ひいきの店のうどんの代わりは次にひいきの店のうどんか、せめて麺類で思いを叶えたい。食べログやぐるなびを頼りにせず、麺類の店を求めて歩く。半時間弱ぶらぶらしたら看板が目に入った。店名よりも「刀削麺」の文字が大きい。迷わず決めた。

お気に入りのうどんに劣らないうまさだった。「欲しいものにすぐにありついてはいけない、ありつくまでにギリギリ待つのがいい、迷ったりさまよったりするのも悪くない」などと思いなせば、昼ごはんも日々新たになる。

10月のレビュー

 旧暦の神無月は新暦でも使い、グレゴリオ暦の10月と併用すればいいのに……と思ったことが二、三度ある。

 今月は、厚切りベーコンとたまねぎのトマトソースパスタ、牛肉スープにつけて食べる和蕎麦のつけ麺、パクチーお替り無制限のフォーなど、麺の当たり月だった。「麺月」と呼んでもいいくらいだ。

 コピーライティングの仕事が多かった。そのうちの一つに、何を書くかはほぼお任せというミッションがあった。
「始まりは心弾む予感に満ちて」という見出しを思いついた。そして本文の一行目に「一つの季節の終わりが次の季節の始まりにバトンを渡す」と書いた。
何を書くかを考える前にことばを綴ったら、原稿用紙一枚分がまずまずうまく、さっと書けた。考えるだけが能ではないことにあらためて気づかされる。仕事を続ける効能の一つ。

 とある和食店は毎日一種類のランチ提供を貫く。店の前のホワイトボードには「天然ぶりの刺身とはまちの煮付け」と書いてあった。ぶりとはまちの出世魚定食? パスした。

 リバーサイドの夕暮れ、川面の濃紺とくれない。清濁併せ吞む大阪の繁華街には、古都では出合えない、侮れない風景が時々浮かび上がる。

 その数日後、難波なにわゆかりの万葉集をテーマにした展示を見た。古代にも侮れない大阪があったことを知る。

昔こそ難波田舎なにはゐなかと言はれけめ今は京引みやこひみやこぶにけり

「昔こそなにわ・・・は田舎と言われていたが、今は京の様々なものを移してきたので、いかにも都らしくなった」というほどの意味。「垢ぬけた」ということだろう。

 9月末から、行きつけの野菜のセレクトショップに旬の落花生が出始めた。生の落花生を半時間ほど柔らかすぎず硬すぎずに茹でる。毎週二、三回、実によく口に放り込んだ。

 来年2月にグランドオープンする大阪中之島美術館。建設の様子を見てきた。開館から春にかけては岡本太郎、モディリアーニが予定されている。黒のエクステリア。少し歩くと対照的な赤。愉快でキュートだった。花の写真はめったに撮らない。つまり、撮った花の印象はなかなか忘れない。

 高知産の新生姜をスライスして生食したら、嘘のように翌日シャキッとした。二箱が無料のあの「しじみ習慣」も嘘のようにシャキッとするのだろうか。

 一昨日から読み始めたのでたぶん来月にまたがるが、古本屋で買った『なんだか・おかしな・人たち』(文藝春秋編)がなんだか・おかしい。渋沢栄一を父に持つ渋沢秀雄の「渋沢一族」という小文は、他の渋沢像と違った見方でおもしろい。渋沢栄一は明治24年に87箇条の「家法」をしたため、第一条で渋沢同族を次のように限定している。

「渋沢栄一及ヒその嫡出ノ子ならびニ其配偶者及ヒ各自ノ家督相続人」

同族から誰か貧困の者が出ると「子孫の協和」が保てなくなるため各家の生活を保障するシステムを作った。渋沢一族という「組織」にあっては、長男以外は兄弟姉妹が男女同権で平等に栄一の恩恵を受けることができた。私企業の利ではなく国家、社会の利を強調した栄一も、同族を末永く保持することにかけては細やかな神経を使っていたのである。

今どきの様々な事情

今年初めての出張が入った。八月の予定が人流抑制のために十月下旬に延期になった。久々の伊丹空港はかなりリニューアルされていて、要領を得るのに少々手間取った。行き先は高知龍馬空港。一年八カ月ぶりの高知。この前は冬装束、今回は背抜きのスーツ。連泊だった前回はキャリーケース、一泊の今回はトラベルリュック。一番の違いは、ビフォーコロナの前回はマスク無し、コロナの今回はマスク有り。

高知出張の最大の楽しみは魚食い。ビフォーコロナの昨年1月に訪ねた料理店はその年の秋に店を閉めた。地元で根強い人気がありいつも常連で賑わっていた。常連が誰かに伝えその誰かからいい店だと聞き、数年前から高知に行けば必ず足を運んでいた。出張族もリピーターになり、調べ上手な観光客も集まる渋い店。現地の新聞でも取り上げられ惜しまれながら消えた。

新型コロナ感染者数の多寡増減に一喜一憂し、緊急事態宣言とまん延防止等重点措置のスイッチのオンオフが繰り返された一年と八カ月。様々な事情が生まれ、日常の景色が濃淡様々に変化した。今年の秋になって、一部の景色が元に戻りつつある。しかし、まだまだ異変が続いて歓迎されない場面はあるし、別の一部では落ち着いたものの元には戻らず、新しいアフターのスタイルが定着し始めている。


宿泊したホテルは立地がいいのでここ数年定宿じょうやどにしている。フロントのチェックインはまるで海外渡航者向けの厳重な態勢だった。朝食会場はビュッフェスタイルではなく、数種類の定食から選ぶ方式に変わっていた。ドリンクはフリーだが、席を立って水、ジュース、コーヒーと取りに行くたびに簡易手袋を装着する。アルコール消毒した手を手袋で包むわけだが、面倒この上ない。

高知には十数年前から年に一、二度仕事で来ている。店じまいした料理店を知る前は、知人に老舗の割烹に何度か連れてきてもらっていた。その店に一人で行きカウンターの席に座ったのが七年前。今回は三人で訪れた。地元の名士が集まる店なのだが、その日の夜、ぼくたちの他に客はなかった。新鮮な魚貝を使った料理が売りだから、こんな状態では仕入れのやりくりも難しいに違いない。

あの七年前、チャンバラ貝とどろめ・・・をつまみ、ヒラメの刺身や鰹のたたきも注文して静かに飲んでいた。間に二席を置いて男性客が一人座った。「いつもの」と言い「今夜は何がいい?」と女将に聞くその人、常連に決まっている。いつもいいけど鰹が特にいいと女将がすすめ、紳士、間髪を入れず「刺身、皮付きで」と告げた。ダンディズムを感じさせるやりとりだった。

ずっと一つ覚えの鰹のたたきだったので、あの紳士が唸るように食った刺身をいつかぜひ、この店でと思っていた。七年越しの願いが叶い、皮付きの鰹の刺身にありついた。忘れることはないが、「皮付き鰹の刺身、史上最強の厚切り」と念のために脳内に記す。たたきをニンニクといっしょに頬張るのは毎度だが、刺身を頬張るのは初めての体験。今どき、世の中には様々な事情があるが、ぼくにとってその夜の事情は過去の場面とつながる特別な事情だったのである。