書名の印象

先週末に古本屋に寄った。例によって店頭の50円~100円の格安コーナーをまず品定めする。そこで目についた2冊が向田邦子阿川弘之の本。作家に特に関心があったわけはなく、この2冊が数冊を挟んで置かれており、妙に目立ったのである。「男女」と「大小」という二項を含む本が呼応し合うように誰かが意図的に配したようにも見えた。

『書物としての都市 都市としての書物』
『木のいのち 木のこころ』
『生き方。死に方。』
『教えるヒント 学ぶヒント』
『話を聞かない男、地図が読めない女』
『泣ける話、笑える話』……

上記はこれまでに読んで書棚に置いてある本である。それぞれの書名は二項が対立したりもたれ合ったりする関係として記述されている。この種のタイトルの本は多いか少ないか? どこにでもありそうだが、実はきわめて少ない。オフィスにはざっと7千冊以上の蔵書があるが、10冊にも満たないような気がする。


向田の本は小説・エッセイ集。『男どき 女どき』は世阿弥の『風姿花伝』の「時の間にも、男時、女時とてあるべし」に遡る表現で、「おどき めどき」と読む。男時とは好運に恵まれている時で運がよくつく状況。対して女時は何をしてもうまくいかない時で運が悪い状況。まあ、こういう言い方をした時代があったというに過ぎないから、けしからんなどと怒らず、放念いただきたい。

『大ぼけ 小ぼけ』は体験的エッセイ集で、徳島の景勝地「大歩危おおぼけ小歩危こぼけ」とは特に関係はない。『男どき 女どき』も『大ぼけ 小ぼけ』も、たった二項だけを並べたタイトルなのに、取り上げているテーマの守備範囲がとてつもなく広そうな印象を抱く。ちょうど「西洋・東洋」という二項が全世界を言い表すのに似たような感じである。

ところで、最近の漫才師には共通項の芸名を冠にするのが多い。つまり、それぞれの名が見えないか、冠に従属する形を取る。最近5年のM1王者はマヂカルラブリー、ミルクボーイ、霜降り明星、とろサーモン、銀シャリだ。こういう名前を見聞きするだけでは漫才師かミュージシャンか居酒屋の店名か料理名かよくわからない。昔は二項並立の芸名が多かった。「(横山)やすし(西川)きよし」、「(夢路)いとし(喜味)こいし」、おぼんこぼんなど、すぐに漫才師だとわかった。

二項を「と」でつながないのがいい。書棚に『右脳と左脳』という本があるが、「と」で接続した瞬間、理がまさってしまう。仮に「右脳 左脳」ならば遊び心が優位になる。「右往 左往」とひとひねりもできる。二項並立型の書名には「ちょっとおもしろそう」と感じさせる雰囲気がある。だからと言って、必ずしも売れる本になるとは限らないが……。

談論風発の意気と粋

桂米朝が芸道の名人らと対談する『一芸一談』。特に、藤山寛美とのテンポのよいやりとりにほとほと感心する。対談がほどよくカオス化してことばが響き合い、談論風発を加速する。談論風発の談に「炎」があるのは話が熱を帯びてくるからだ。お互いが意気に感じて話を弾ませる。相手が喜ぶように気を利かす。これが粋な計らいになる。


話し方に粋と不粋があるように、ことば自体にも粋と不粋がある。古いやまとことばだから粋に響くわけではない。話の中身に合っていて語調がよいのが粋だ。たとえば「たか」。売上とか生産などと使うが、今では高だけを単独で使うことはめったにない。米朝の「弟子が入れかわり立ちかわり金借りに来たことがある」という話に続くやりとりに出てくる。

寛美 それはもう返ってきまへんわな。まあまあ返すとこもあったって、まあ返ってきまへんわな。
米朝 そうそう、返す者もあり。
寛美 そやけど、返してもろうたって、貸した時と金の高が違いますわな。
米朝 そういう「高が違う」ということを言うたら、私は藤山寛美と言う人は偉大なる人やなあと思いまんなあ。

仮に借金を返してもらったとしても、貸した時から何十年も経ち、利息もつけていなければ、高が違ってくる。億という仰天するような単位でも十年前の億は今の億とは桁違いなのである。


芝居や落語は有形物として残らない。同じ演目でも客との関係はつねに一期一会だという。

米朝 (……)その時その時、その日の芸はその日しか存在しないと思うてますねんで。
寛美 そやけど、寂しおまんな。
米朝 そやから残らしまへん。絵描きさんやとか彫刻家は残りますけど。
寛美 私らの商売は水に指で字を書いているようなもので、書いた時は波紋が残るけども、流れてしまえば消えますわな。
米朝 そうです、そうです。
寛美 わしらはミズスマシみたいなものだっか。

水はじっとせずにつねに流れる。ミズスマシでも何でもついでに流してしまう。流されるものは切なくてはかない。「そんなはかないものだから燃焼できまんのか」と寛美が逆説的に言う。


九十になったぼくの母親は若い頃から「これも時代やなあ」という言い方をしていたし、今も普通に使う。これは、何々時代という時代とは違う用法だ。このことを知っているので、人間と時代を対比する次のやりとりから「不易流行」が垣間見える。

寛美 (……)正岡先生にしたかてね、秩父重剛じゅうごうという人にしたってね、これは思いまへんか、あの方々の小説は今でもやれまっしゃろ。なぜいうたら、人間を書いてある。
米朝 まあね、ほんまにええのおまっせ。
寛美 ねっ。今の作者の書いたのは時代を書いてあるから、時代が変わったらやれないということですわ。
米朝 ああ、あまりにこだわっているさかいね。

今でこそ「時代」は、主に過去の一区切りの年代を指すが、『チコちゃんに叱られる!!』でも出題された通り、時代劇の時代は「新しさ」とか「今」を感じさせるものだった。だから、「時代を書く」とは「現代を書く」ことで、この今だけに通用する話ということになる。ゆえに流行であり特殊。他方、「人間を書く」とは、いつの時代でも使える話で、ゆえに不易であり普遍。

人間と時代という視点はおもしろいし、とても勉強になる。ふと思う。新型コロナや五輪にしても、時代ばかり語っていると将来への布石にならない。人間を論じることを忘れている専門家のなんと多いことか。

打てば響くの妙

桂米朝が聞き手になって、藤山寛美、十三世片岡仁左衛門、三代目旭堂南陵、辻久子ら錚々たる第一人者とざっくばらんに対談したのが、この『一芸一談』という一冊米朝自らが題字をしたためている。

「桂米朝の聞き手芸ききてげいが冴え渡る」と紹介されているように、名人達人ならではの芸道秘話を次から次へと飛び石伝いに引き出していく。談論風発かくあるべしというスリリングな展開で、気がつけば臨場感あふれる語り口に引き込まれている。一番よく知る対談相手は藤山寛美(1929 – 1990)。ベタな大阪弁が弾みっぱなしだ。

よく知ると言っても、面識があったわけではない。今ではお笑い界は吉本がリードしているが、寛美がバリバリ活躍していた半世紀前は吉本と松竹は新喜劇で拮抗していた。芸の腕は松竹のほうが上で、テレビでも新喜劇を見る機会がかなりあったのである。

ところで、もしあのおばちゃん・・・・・・・の言ったことが嘘でなかったら、ぼくは寛美の実母とは面識があったことになる。二十代半ばに住んでいた自宅最寄駅の駅前の、飲み物とスナックも売る、自転車一時預かり所のおばちゃんだ。自転車を預けたことはなかったが、時々ジュースやコーラを買った。今のようなペットボトルではなく瓶入りだから、栓を抜いてもらって店先で飲む。店先で飲めば、会話の一つや二つを交わすようになるものだ。


ある日、店の奥に貼ってある寛美の写真を見つけた。当時おそらく70代前半のおばちゃんに「藤山寛美のファンかいな?」と聞いてみた。おばちゃん、「それはそやけどな、あの子はうちの子なんや」と言うではないか。「ふーん」と声には出さずに「へぇ~」と驚いてみせたが、真偽の確かめようもなければ確かめる気もなく、やがてぼくは引っ越して、そんなエピソードも記憶から消えた。

本書に寛美が語る次のくだりがある。ちなみに寛美の父親も役者だ。文中の「新町」というのは現在の西区の四ツ橋あたりにあった歓楽街である。

「(うちのおやじが)芝居が終わってブラブラ遊んでたら新町で子供を抱えたおなごがお茶屋してる。後家はんだ。一緒になった。これが私の母親だ。」

寛美は大阪市西区生まれ。ここを読んだ時、何十年ぶりかであのおばちゃんの顔が浮かんだ。おばちゃんの自称「寛美の実の母」が急に真実味を帯びてきたのである。そう言えば、寛美はおばちゃんに似ていたような気がしてきた。

ともあれ、米朝と寛美の対談だけでも60ページほどあり、濃い話が満載。ミズスマシとか「人間と時代」とか、愉快にして啓発される。次の機会に続編を書いてみようと思う。

読書のきっかけとつながり

二十代の一時期に手当たり次第に本を読んだことがある。一時期と言っても一年かそこらの短期間だった。狙いの定まらない読書をずっと続けるには、行き当たりばったりが許されるだけのあり余る時間が必要だ。暇があるのは貴族か無職だが、幸か不幸か、一年かそこらのうち半年ほど仕事に就いていなかった。だからいろいろ読めた。

ほとんどの人は何かのきっかけで本を手に取る。偶然がきっかけになることもあるが、そればかりになると手当たり次第と同じことになる。たいていの場合、かねてから興味があったとか誰かに勧められたとか仕事上の動機とかがきっかけになっているはずだ。

415日はレオナルド・ダ・ヴィンチの誕生日だった。ひょんなことからそのことを思い出した。お釈迦様の誕生日が48日、その一週間後がレオナルド・ダ・ヴィンチの誕生日だということを思い出したのである。


お釈迦様とレオナルド・ダ・ヴィンチがつながり、本棚に数あるダ・ヴィンチ関連書のうちこの一冊、ポール・ヴァレリーの『レオナルド・ダ・ヴィンチの方法』を手に取った。そして、また別のことを思い出したのである。この本はほとんどダ・ヴィンチのことについて書いていない。以前読みかけたものの思惑が外れて、つまらなくなってやめたのを思い出した。

きっかけからつながりが生まれたにもかかわらず、この本は途中で挫折した。読書にはよくあることだ。読書は愉しみであると同時に、本の中身次第では苦痛にもなりうる。何かのきっかけでもなければ、一生涯読むことのない本がある。読んでよかった、読まなきゃよかった、どうでもよかった……読後感もいろいろである。

ぼくを読書家と勘違いしている人から「何かおすすめの本はないですか?」とよく聞かれる。当たり前のことだが、自分が読んで満足した本を他人が気に入る確率はかなり低い。ミリオンセラーの本であっても、その数字は全読書人口を1億とした場合、わずかに1パーセントにすぎない。したがって、ぼくは本をどなたにも推薦しない。すすめた本が苦痛と退屈のきっかけになる可能性が大きいからである。

本にとって都合の悪いこと

「対象への愛に支障を来す存在は対象の敵である」と言えるのかどうか。ちょっと面倒だが、こんなことを考えさせられる本に出合ってしまった。『書物の敵』(ウィリアム・ブレイズ著)という本である。

まず「書物への愛」について考えてみた。すぐに一筋縄ではいかないことがわかった。単に読書好きと言うだけでは片付かない。所蔵好き、装幀好き、書斎好き、書店・図書館好き、本の歴史好き、そしてぼくのような背表紙眺め好き……。本にまつわる何々好きなどいくらでもある。

古本屋でこの本の背表紙に目が止まった時点で、書物と敵という組み合わせに新鮮味を覚えた。そして手に取った時点で、書物の敵はぼくの敵でもあることを認めたような気になった。普段はここで表紙を開けて目次に目を通してページを繰るのだが、そうしなかった。「本の敵とは何か」を、この本を読む前に推測してみようと思ったのである。


書物に危機を与えたり破滅させたりするもの。書物イコール読書ではないから、読書を妨げる騒音や読書を遠ざける怠慢は敵ではない……。

物理的存在としての本にダメージを与えるものは何か。人間もダメージを受ける自然災害だ。とりわけ水害や過度の湿気。湿気が多いと本の紙魚シミがわく。人間が原因となる人災も敵になる。本の良さは紙だと思うが、その良さが弱点になる。火災に見舞われたら跡形もない……。

精神的存在としての本の敵は思想弾圧であり、それに付随して頻繁に焚書がおこなわれた。これも火である。焼き尽くされなくても、厳しい検閲によって禁書にされれば書物の存在は危うくなるし、人々は読書機会を失う……。

書物の敵として読者の知性の低さも忘れてはいけない。書物はありとあらゆることに関して、様々な知的レベルで編まれ出版されるのが健全だ。苦労せずに読める、売れそうな本ばかりが求められれば、本の文化は広がらないしテーマもジャンルも偏ってしまう。本が存続するためには多様性が不可欠ではないか……。

こんなふうに思い巡らしてから、本を開け目次を見た。第一章から第十章までの見出しは次の通り。

火の暴威、水の脅威、ガスと熱気の悪行、埃と粗略の結果、無知と偏狭の罪、紙魚の襲撃、害獣と害虫の饗宴、製本屋の暴虐、蒐集家の身勝手、召使と子供の狼藉

火と水と無知と紙魚以外はまったく見当もつかなかったし、かなり違和感を覚えた。気になる箇所だけざっと読んでみたら、なるほど安っぽい製本にすれば劣化が早い、また、蒐集した本の題扉とびらを好き勝手に切り取れば希少本が失われることになる。それにしても表現や時代感覚がしっくりこない。奥付を見たら、原書“The Enemies of Books”1896年にロンドンで発行とある。この本を買ったことに後悔はないが、今から買おうとする本の目次と奥付くらいには目を通しておくのがいいと思う。

どこに向かうのか?

著者ニコラス・ウェイド、英国人科学ジャーナリスト。題名『5万年前 このとき人類の壮大な旅が始まった』。帯には次のように書かれている。

あなたの祖先は、5万年前にアフリカ大陸を脱出した150人あまりの集団のなかにいた。[ヒトゲノムが紐解く、人類史の驚くべき事実〕

この本が発行されたのは14年前。5万年を語るうえで14取るに足らないが、実はこの十数年に限っても人類誕生から今に到る真実の解明はかなり進んだようだ。とは言え、大筋に関してこの一冊の価値が低められるわけではない。『サピエンス全史㊤㊦』を昨年読んだ流れで、本書を十何年ぶりかで再読してみた。

以前は、〈起源〉を解き明かそうとする、人類の誕生やホモサピエンスの出自などの本を好奇心の赴くままに、ずいぶん読んだ。起源についての真実は誰にもわからないし、著者も「アダムとイブに限らず、人類の起源にまつわるさまざまな物語は神話である」と言う。しかし、「ほぼ真なること」ならかなり解明されてきたとも言えそうだ。

ある意味で、日本人はどこからやって来たか、どういう系統から枝分かれしたのかなどよりも、5万年前の現生人類の出アフリカのほうが明らかなのではないか。エチオピアあたりから小規模集団が出発して紅海を渡り、海に沿って狩猟採集しながら東へ西へと散らばり、やがて世界のあちこちで定住するようになった……云々。「世界は一家、人類はみな兄弟」というスローガンはあながち間違いではなかった。


ダーウィンはまず『種の起源』(1859年)を書き、その後『人間の由来』(1871年)を書いた。歴史を遡って物事の原初や起こりに達するのが〈起源〉。素人にとっては起源よりも〈由来〉の方が関心が持続する。誕生したホモサピエンスがその後どのように枝分かれし、言語が分化し、体躯も見た目も多様化して今に到ったのか……こっちの謎解きを由来が受け持つ。

人類は今も進化し続けているというのが著者の持論だが、他方、進化は5万年前に終わった――つまり、5万年前の先祖と現在の人類は何も変わっていない――という主張もある。何を以て進化と呼ぶか次第だろう。類人猿からヒトへの何百万年をかけた進化を思えば、なるほど、出アフリカから現在までの5万年の進化などは微々たるものかもしれない。

地球の歴史46億年を1年のカレンダーに見立てて何かと類比する手法がある。元日に誕生した地球が今除夜の鐘を聞いているという設定だ。では、ホモサピエンスはこのカレンダーのどのあたりで誕生したのか? 大晦日の今日、午後115420秒に生まれた。今から540秒前のオギャーである。

ホモサピエンス。さて、これから先はどこに向かうのか?

「こと」のこと

和辻哲郎の著作は、二十代の頃に『古寺巡礼』と『風土――人間的考察』を読み、啓発されるところ大であった。その二冊に比べると、この『日本語と哲学の問題』は少々面倒くさい。一、二章だけ読みたい箇所があったので買ったが、本棚に放り込んだままだった。

お茶目な表紙にだまされてはいけない。だいたい和辻哲郎という人の本は――おおむね論理的に書かれていると思うが――一筋縄で読み下せない。「簡単に言えることをわざわざこねくり回しているようだし、そうでないとしても、テーマそのものがチンプンカンプン。苦手中の苦手」と言う知人がいる。実は、そういう人が多数派だ。

前々から、「こと」と「こと」が同じではないと知っていた。そういうことがこの本に詳しく書いてあるので手に取った。「事」とは出来事や事件を意味している。「変わったこと・・が起こった」とか「何かこと・・があれば」と言えば、「事」のことである。

他方、「事」ではない「こと」がある。「こと」は動詞――たとえば「書く」――にくっついて「書くこと」という動作を示す。なぜ「書くこと」があるかと言うと「書くもの・・」があるからで、つまり、「こと」は「もの」に属する……まあ、こんなふうに和辻哲郎は考えるのである。


先日、依頼されて4,000字の文章を書いた。初稿を読み返していたら、「もの」「こと」「ある」「~ということ」がやたら出てくる。これは苦しんで書いた証拠だと潔く認め、大胆に推敲することにした。かなり減らせて読みやすくなった。

「もの」「こと」「ある」「~ということ」がこの和辻の本で独特の視点で考察されている。分析的にそれぞれの意味を解き明かしている。それはそれでご苦労さまと言っておくが、ぼくとしてはそのような意味を含めたり理由をわきまえたりして書いているわけではない。今回取り上げた「こと」が文中に増えてしまうのは、ただただ作文が下手だからである。

ある紙媒体の終わり

講談社の読書人の雑誌『本』が長い歴史にピリオドを打った。裏表紙に定価110円とあるが、大型書店に行けばパンフレットのコーナーに平積みしてあって、無料で持ち帰ることができた。

毎号十数編のエッセイや連載コラムや書評が収められ、書店帰りに喫茶店でよく読んだ。PR誌だから講談社の新刊を紹介している。本の宣伝は過剰で嫌味になることはめったになく、この種の小冊子は情報源として重宝している。12月号をいつものように、ろくに表紙も見ずにめくった。歌人の斉藤斎藤さいとうさいとうの現代短歌が三首。その一首目。

本はもう終わります、ってさわやかに何をいまさら小林さんは

歌の中の「本」を、いわゆる世間一般の本だと思い、電子書籍に対する紙の本の敗北宣言と読んだ。ちなみに、小林さんとは講談社の人と書いてある。

ああこっちの「本」ですか。本の終わりを少しわたしのせいだと思う

この二首目で察した。表紙のマストヘッドを確認したら「最終号」とあった。


よく手に取る本のPR誌には、他に岩波の『図書』や新潮社の『波』がある。いずれにも興味深いテーマのよい文章があって、別途有料で買った本のほうが見劣りすることがある。ともあれ、このような一つの紙媒体の休刊がすべての紙の本の終焉を予感させるわけではない。しかし、少なくともPRという手法に関するかぎり、多様に展開できるネットメディアの機動力に敵わなくなったと言わざるをえない。「書物保守派」のぼくとしては残念であり切ない。

同誌の最後のページには編集者がこう書いている。

読書人の雑誌『本』は、本号(202012月号)をもって休刊します。
(・・・)
『本』という枠組みはなくなりますが、出版社として今後も新たな手段とその可能性を探りながら、本の魅力、本を読む楽しみをお伝えしてまいります。
45年の長きにわたるご愛読、ありがとうございました。

発刊当初から、断続的ではあるが、たいへんお世話になった。歌人は次のように三首目を歌っている。

晩年の尾崎紀世彦めずらしく譜面通りに「また逢う日まで」

出版業界の常として、「休刊」というのは「再開の可能性のある休み」ではなく、発行の停止を意味する。したがって、『本』とまた逢う日はない。

注の注の注(reprise)

『注の注の注』と題して一文を書いたことがある。あれから10年が過ぎ、よく似たことがデジャブのように繰り返された。今から書く文章は前の文章とは異なるが、同じテーマなのでrepriseルプリーズ(反復)と「注」のつもりで補った。注の注の注とは、付箋紙に付けた付箋紙に付けた付箋紙……のようなイメージ。

先日再読した本は、一冊のうち本文が3分の1、残りの3分の2が注釈・解説・あとがきという割合だった。全ページが縦書きの二段組みで、上段に本文、下段に脚注という割り付け。脚注を読まずに本文だけ読むとさっぱりわからないので、本文を23行読むたびに脚注を読むという具合。本文をスムーズに読ませようと意図したはずの脚注が、逆に本文の読みを中断させるという構造的問題を抱える書である。

類は友を呼ぶように、注は注を呼ぶ。注のための注が呼び寄せられ、そのまた注も続いてやってくる。いつまでたっても本題に入り込めないもどかしさ。本文という本線から脱線しても、おもしろさや期待感が薄まらないならいいが、そうはならない。説明という迂回は集中力を断線してしまう。


ありそうもない話だが、ふと妙なことを考えた。もしかするとこの本は、最初に注釈が書かれたのではないか……注釈が仕上がってから、それぞれの注釈にふさわしい本文が書き足されたのではないか……と。いや、最初にとりあえず文章を書いてみて、書き終わった後に本文と注釈に仕分けしたのではないか……とも考えた。

ていねいに注を付ける著者には親切でお節介な人が多いのだろう。また、読者便宜ではなく、自分にとって理解しづらい箇所を自分のために補っている人がいるかもしれない。これは翻訳者に多い。哲学書などは先人の知を暗黙の前提にしているため、不案内な読者への補足説明は不可欠になる。とは言え、できるできないにかかわらず、本文で何とか完結させる努力の一端を示してほしいものだ。

注の注の注があるのなら、「まえがきのまえがきのまえがき」も「あとがきのあとがきのあとがき」もありうる。同語を繰り返すのが面倒なら、トリの最後を大トリと呼ぶように、大まえがきや大あとがきと呼べばいい。最後を締めくくる注を大注おおちゅうと名づけよう。大注に辿り着く前におそらく本文読みは挫折しているに違いない。

編まれたものを読む

文学の類はだいたい文庫で読んできた。小学生の頃から三十半ばまではよく読んだ。それ以降は文学、とりわけ小説はあまり読んでいない。文学全集を買った時期もあったし、一部残っているが、数百ページにわたって二段で組まれた長編小説を読む持久力は今はない。

先日、書店でリーフレットを手にした。2020年岩波文庫フェアの『名著・名作再発見! 小さな一冊を楽しもう』がそれ。紹介されているのは60冊。数えてみたら、完読したのは約20冊、他になまくら読みが数冊。いわゆる推薦図書の類は威張れるほど読んでいないことがわかった。

仕事の合間に読むには編集ものがいい。エッセイや評論なら小論集、小説なら短編集、思想書ならこまめに章分けされているものに限る。この種の本の最後には「本書は……寄稿文を厳選し……テーマ別に再編集して刊行した」というような一文が添えられている。そう書かれている通り、目次を見れば、よく分類して編まれており、一編に割かれているのはたかだか10ページである。


今年の1月に『小林秀雄全作品』の寄贈を受けた。全28巻と別巻4冊。他に単行本や小林秀雄について書かれた本があり、しめて60冊くらいある。

それにもかかわらず、先週、『批評家失格』という文庫本を買った。小林秀雄の22歳から30歳までの初期評論集。ここに収録されたすべての評論やエッセイは全集で読めるが、どこかの一巻にまとめられているわけではない。著者亡き後に編集されたこの文庫本は「方々ほうぼうから」小さな作品を集めて編んである。まとめ読みするには便利な一冊だ。念のために書くが、小林秀雄の作品集だが、小林秀雄が編んだのではない。編んだのは池田雅延という、小林秀雄を担当していた元新潮社の編集者である。

編者は小林秀雄の批評の基本が「ほめること」にあったという。ほめれば、自分を知って自分の生き方が模索できるという。「ところが、ほめるのではなくけなすときは、手垢に塗れたカードを切って相手を脅すか見栄を張るか、いずれにしても昨日までと変らぬ自分が力むだけである」(解説より)。小林秀雄はドストエフスキーをほめ、モーツァルトをほめ、ゴッホをほめ、本居宣長をほめた、そして自分自身と出会い続けたというのである。

ともあれ、全集などそう易々と読めないし、仮に読むとしても、編まれた一冊の文庫本のようには読めない。この種の「ガイドブック」がないと、全集とは格闘するような付き合いしかできないのだろう。