堂々巡りの語釈

単行本では読んでいたが、古本屋で文庫版を手に入れた。別役実の『虫づくし』。カフェで読み始めた直後、「序にかえて」の文中の次のくだりで考えさせられる。

試みに、広辞苑に拠って「虫とは何か」を調べてみると、次のようになる。
「①古来、本草学で、人類を獣類・鳥類・魚介以外の小動物の総称。昆虫など。」

この本は虚構的なエッセイである。あるいは、ある種の小説として読むこともできる。真の中に偽なるものが、偽の中に真なるものが書かれるので、この著者の文章を読む時は真剣すぎても油断しすぎてもいけない。

上記の引用の真偽のほどはわからない。念のために調べるなどという読み方をすると途端につまらなくなる本なので、書かれるまま読み続けるのがいい。著者は広辞苑から引用し、「虫は、否定形でしか説明されていない」と補足する。

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なるほど、辞書の語釈の記述にはたしかに否定形がよく現れる。定義に困ったら見出し語の本質に切り込むのではなく、「~を除くもの」「~ではないもの」「~の反対」などの記述で逃げる。これが辞書編集の常套手段であり苦肉の策である。

「しろ【白】」が「雪のような色。↔黒」という具合。気になって、「くろ【黒】」の項を見ると「墨のような色。↔白」である。白は黒に、黒は白にもたれ掛かっている。まるで二語ワンセットによる意味のあぶり出し。

「じゆう【自由】」はどうか。「他からの拘束・束縛などを受けないこと」。自由の意味を知らない学生が拘束と束縛を知っているとは思えない。編纂者もそう確信していると見えて、ご丁寧に「拘束こうそく束縛そくばく」とルビを振っている。

自由の見出し語から先へ十数ページ捲ると、「じゅつご【述語】」に出合う。「文の成分の一種。主語について、その動作・状態・性質・作用などを表す。」とある。「主語」を知らなければ、述語の意味がわかるはずもない。

あることがわかっているから、それを手掛かりにして別のことの意味が類推できる。わずかな既知から未知を導く。手掛かりがなければ、いかんともしがたい。定義にはどこか堂々巡り的なところがある。意味を明快にする必殺の一文などないのだ。このことは、言語を学ぶ過程で常に体験することだと思われる。