一円で二つ買えた頃

テーブルで注文を取る喫茶店はテーブルにコーヒーを運んでくれる。昔の喫茶店はすべてこうだった。このスタイルの喫茶店のコーヒーは1400円~600円が相場のようである。半世紀前は100円~150円だった。隔世の感があるが、コーヒーの物価はあまり上がっていないとも言える。

大阪で「ぽんせんべい」と呼ばれる駄菓子(直径約11㎝)。

昭和30年代に入って間もない頃、まだ1円札が流通していた。1円札が1円玉に変わった「瞬間」をとてもよく覚えている。まだ小学校に上がる前だ。十円玉を一つもらって「ぽんせんべい」を買いに行った時のこと。

売っているのは近所の遊び仲間の家。自宅でぽんせいべいの製造卸をしていた。せんべいを焼く小さな装置があって、ばあちゃんと友達の母親が交代で内職として焼いていたのである。裏木戸につながっている小さな一室で、工場の雰囲気とは程遠かった。近所の子らはその裏木戸から入ってぽんせんべいを売ってもらう。105円。五十銭は流通していなかったが、概念としてはあったということだ。

105円なので、十円硬貨を出すとお釣りが5円。お釣りはふつう五円玉だが、稀に一円札5枚のこともあった。おばちゃんがぼくの手のひらに乗せたお釣りは、キラリと銀色に光る小さな5枚。その頃流通し始めた一円硬貨で、見るのも触るのもその時が初めて。家に帰って見せびらかしたのを覚えている。


1枚が50銭だが、五十銭硬貨が流通していないので、1枚だけ買うわけにはいかない。いや、奇数枚のぽんせんべいを買うことができなかった。ぼくの場合はいつも5円で10枚だった。わくわくしながら駄菓子を買う時に握りしめていた硬貨は、たいてい五円玉だったような気がする。

現在、スーパーに行けば「満月ぽん」という商標などで、小さなぽんせんべいが売られている。先日、あの頃と同じ大きさの懐かしいぽんせんべいを見つけた。醤油が香ばしい。自分が今もぽんせんべい好きだということがわかった。ところで、105円だったせんべいは10330円と、値段は66倍になっている。その上昇率はコーヒーの比ではない。幸いにして、自分の小遣いは物価上昇以上に順調に上がったので、今もぽんせんべいが買えるし、それよりも上等なせんべいも賞味することができる。ありがたい。