読む前に読む

「飲む前に飲む」というコマーシャルがあった。先に飲むのが二日酔い防止ドリンク、次に飲むのがアルコール。「お酒好きの皆さん、アルコールを飲む前に二日酔い防止ドリンクを飲みましょう」と促すメッセージである。

「飲む前に飲む」が言えるのなら「読む前に読む」も言えそうだ。いきなり本を読まずに、本を開けずに題名と著者名と帯の情報から内容に読みを入れる。「書かれている文字や掲載されている図や写真を理解すること(①)」が読むこと。つまり、読書である。「手掛かりになる情報から意味を察知したり内容を推測したりすること(②)」。これも読むことである。読む前に読むとは、①に先立って②をやっておくことにほかならない。


効率とスピードアップを意識した読書法には速読、併読、拾い読みなどがある。しかし、もっとも効率がいいのは、ページを繰らずに読む「不読法」だ。古本をよく買うようになって、この不読法を時々実践している。たいていの古本屋の店頭や入口付近には均一コーナーが設けられ、そこには100円~300円程度で値付けされた古本が並べられている(時には乱雑に積まれている)。丹念に漁ってみると掘出し物が見つかることがある。

低価格なので、題名と著者名を見て「よさそうだ」と直感すれば、立ち読みせずに買う。そんなふうにして十数分で5冊ほど、多い日だと10冊ほど手に入れる。仮にハズレでも値段が値段だからガッカリ感は小さい。単行本を8冊買ったのが先週。一昨日、下記の3冊をいつでも手が届くところに置いた。そして、読む前に読んでみた。

『ビフテキと茶碗蒸し 体験的日米文化比較論』 

〈読む前の読み〉この本にはいろいろな「米国的なものと日本的なもの」を対比した小文が収められているに違いない。「ビフテキと茶碗蒸し」はその代表例であり、対比のインパクトが強いゆえに題名に選ばれた。なぜそう言えるのか。ビフテキと茶碗蒸しについての比較文化を200ページ以上論うことなどできないからだ。せいぜい5ページしか書けない。飲食比較なら他に「アップルパイと味噌汁」が考えられる。おふくろの味という共通点がある。装いなら「ジーンズと袴」についても書かれているかもしれない。体験的とあるので「カウボーイとサムライ」の記述はたぶんない。

『スイスの使用説明書』 

〈読む前の読み〉スイス好きのための、スイスの文化、歴史、風土、慣習などを、おそらく観光案内的に記した本である。永世中立の一章も、たぶんある。「使用説明」に深い意味はないと思う。『もっと知りたいスイスのこと』や『スイス通になるための手ほどき』でもよかった。編集会議で誰かが「ちょっと風変わりな題名にしよう」と提案したに違いない。その誰かはたぶん前日にスイス製のアーミーナイフかフォンデュ用の鍋を買い、その使用説明書を読んだのだろう。

『じつは、わたくしこういうものです』 

〈読む前の読み〉もうかなり長い時間考えているが、何が書かれているのかほとんど見当がつかない。「わたくし」というのが何かの見立てかとも思ったが、そこから先が読めない。クラフトエヴィング商會の本は『おかしな本棚』『ないもの、あります』『すぐそこの遠い場所』など読んでいるが、すべて独自性の強い不思議で愉快な本ばかりである。したがって、本書もそういう色合いのものだと想像がつく。この「わたくし」は著者のことではないだろう。著者の知名度が必ずしも高いわけではないから、自分のことについて一冊の本で告白しても、読者は「よっ、待ってました」と小躍りして買うとは思えない。「様々なわたくし」が登場するオムニバスストーリーというのが精一杯の読みであるが、まったく自信がない。