学ぶだけでいいのか?

「今日は大きな学びをいただきました」と受講生が言う。「学びをいただきました、以上」。それでいいのか、それだけでいいのか?

研修を受ける社会人は大いに学んでいる。学びはたいせつと言う。その通りである。しかし、社会人なら学びの前に何がしかの知見を意識的にスタンバイさせておくべきだ。実際はそうではなく、大半が手ぶらで研修に臨む。学んだ知識模様で白紙を染めるだけ。知識は熟成することなく、結局ハウツーを手っ取り早く職場で試すのが精一杯。

ハウツーは陳腐化するから、うまくいかなくなると次なる学びに赴く。研修マニアには凝り性の飽き性が多い。どんなに学んでも元の木阿弥。本を読むのも同じこと。はじめに構想や知見があってこその上手な読み方なのである。

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誰かの書いた文章、誰かが話した事柄を記録し反芻することに異議はない。しかし、土台となる自分の能力や経験のことを忘れてはいけない。自分なりに「料理」しなければ何事も起こらない。本も他人の話も材料にすぎない。料理してこその素材である。

料理というのは構想であり、着眼である。素材を見つけて選ぶことであり、組み合わせ、手順を決めて仕上げることである。学びは料理を以て初めて自分のものになる。

学びから料理へと話を突然変えたのではない。料理とは「ことわりはかる」こと。いかにも論理的で化学的ではないか。なるほど、かつて料理は考えるという意味で使われたことに頷ける。自ら考えるという料理をしなければ、学びという食材を生かすことはできないのである。

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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