ケースバイケースや人それぞれ

共通感覚があるかどうかも調べずに、安易にケースバイケースとか人それぞれで片付けてしまうことがある。面倒だからという理由だが、面倒臭くなるのは考えてみようとする気力欠如という問題ではないか。

ケースバイケースはれっきとした“case by case”という英語。しかし、話しことばで耳にしたことはなく、また、文章で書かれたのを見たのも二度か三度である。ネイティブはたいてい”It depends.”という言い方をする。ともあれ、英語であることに間違いはないが、用法的には和製英語化したきらいがあって、「困った時のケースバイケース」として使われる。対策抜きで、人によりけり、ものによりけりと評論しておしまいという趣が強い。

「人を見て法を説け」を都合よくケースバイケースと捉えるむきがある。あの高説は法を説くことに主眼がある。人をしっかりと個々に見て対応するという意味で、ケースバイケースと言って知らん顔するのとはわけが違うのだ。

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服の色の好みは「人それぞれ」。これで何の問題もない。なぜなら共通感覚的に人の好みが一致するはずがないからだ。趣味も嗜好もそういう類いであり、蓼食う虫も好き好きや十人十色と言って済ませておけばいい。十人一色にするのは無理があるし、理屈っぽく相違の是非を論う意味もない。

何事かについてコンセンサスを取ろうとしたり共通感覚的に一つの傾向を探ろうとしたりしてきた……にもかかわらず、土壇場になって「結局、ケースバイケースだから」と平気な顔してつぶやく……こういう場面でのケースバイケースにがっかりするのである。それまでの時間が無駄になる。

議論していて誰かが「ケースバイケース」で逃げようとしたら、次のように質問をすればいい。

「ケース、つまり、場合のこと。場合によりけりとあなたは言っている。では、場合の例を二つ三つ挙げてもらえるだろうか?」

ケースとは抽象的な場合なのだから、具体的に考えていない。だから、咄嗟に答えられる人はまずいない。たいてい黙る。黙っているわけにはいかないと焦れば、深慮もせずに答えて矛盾にまみれる。ケースバイケースも人それぞれにも、何か価値のあることが含蓄されているわけではなく、「わからない」と言っているに等しいのである。

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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