「こまめ」のチカラ

「まめ」も「こまめ」もよく似ている。どちらもマジメで几帳面で細かいところに心を配るさまだ。若干ニュアンスは違う。その違いは何となくわかるが、文では示しづらい。「筆まめ」とは言うが「筆こまめ」とは言わないし、「こまめに水分を取る」の少しずつ感・・・・・は「まめに水分を取る」からは消える。この少しずつ感を残したいので「こまめ」を選んだ。

気になることを先送りしたり放置したりせず、面倒臭がらずにこまめに動いてみる。これが案外チカラになる。きわめて小さなチカラなのだが、長い目で見ると仕事のリテラシーを下支えしてくれる。人間関係において、こまめな共有や提供を意識してみる。たとえば、自分がおもしろいと思う話は積極的に披露する。自分がおいしいと思う料理は作ってもてなす。ウケや見返りを期待すると躊躇してしまうが、良かれと思えばすぐにできる。

秋冬の旬である牡蠣を注文する。たいていの白ワインは合う。どれほどマッチしているかまで味覚できる人はそう多くないから、メニューに白と書けば済む。しかし、できれば固有名詞で23の銘柄を挙げるのがこまめ。これはもてなす側がもてなされる側にリスペクトされる一つの条件。プロフェッショナルがアマチュアと差異化できるのは、立ち居振る舞いのみならず、こまめな用語遣いであったりする。

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わからないこと、気になることはその時点で調べる。時事的な情報のチェックならインターネットでもいいだろう。一般的な教養的知識や用語や言い回しなら辞書を引き、しかるべき図書にあたりたい。知らないから調べるのは、何も知識や教養だけのためではない。人前で知りもせず、経験もしていないことを軽はずみに話す、
知ったかぶりのリスクを防ぐためでもある。

わからないことをそのままにしておいて発酵を待つのも稀に功を奏す。ただ、うまく熟成発酵が進むとはかぎらない。たいていの場合、わからないことは先送りせずに、すぐに考えてみて、ひとまずカタチにしておくのがよい。先送りした結果、散々痛い目に合ってきた。他人のルーズな先送りに巻き込まれたこと、数知れずである。

勉強と言うと、覚えることだと思っている向きが少なくない。決してそうではない。何を学んでいるか。決して知識ではない。とりわけ、熟年世代になると、将来に備えて実用的な何かを覚える必要などほとんどない。むしろ、これまで学び考えてきたことの整知・・作業のほうが重要になる。身体における整体や整骨と同様に、頭脳を――記憶を――整えるのである。覚えるよりも日々のこまめなメンテナンス。これがチカラになる。

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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