記憶の方法

同輩だけでなく一回りや二回りの年下が「物忘れがひどくなった」と嘆く。覚えたことが出てこない。では、揮発しないように知識を脳内に格納するとしよう。たとえば、広辞苑に収録の25万語のUSBを脳につなぐ。これで記憶は万全になるか。検索はできるかもしれないが、記憶されたことばが再生できる保証はない。ことばは使うことによってより強く記憶されるからだ。

なぜ人は記憶しようとするのか。いつか再生するためである。再生の必要も機会もないことを覚える必要はない。たとえば賃貸契約書。丸暗記などせずに、いつでも参照できるように記録する。たとえば長編の小説。将来再生することはないから事細かに覚えない。しかし、どこかで使うかもしれない名調子の文章なら覚えておこうとするかもしれない。

うんと昔に読んだ夏目漱石の『草枕』など、あらすじはほとんど覚えていないが、冒頭の「智に働けば角が立つ、情に棹させば流される、意地を通せば窮屈だ。とかくに、人の世は住みにくい」という名調子だけはよく覚えているし、いつでも再生できる。「これは使えるぞ」と直感する。そういう意識のアンテナが立って、『草枕』の知情意がアリストテレスの『弁論術』に関連づけられたりもする。

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記憶力の強化について、脳研究者の池谷いけがや裕二が次のように書いている。

脳は入ってきた情報を「記憶すべきかどうか」と品定めします。このときの判断基準は「出力」の頻度です。
脳は「この情報はこんなに使う機会があるのか。ならば覚えておこう」と判断します。「こんなに頻繁に出会うのか。ならば覚えておこう」ではないことに注意してください。
(『自分では気づかない、ココロの盲点 完全版』、下線は岡野)

よく出てくるから覚えようという時は「入力インプット」に軸足を置いている。入力の行き先が定まっていない。他方、使えそうだと判断する時はすでに「出力アウトプット」を意識している。「これを覚えておけば使えるぞ」という魂胆をさもしいと片づけるむきもあるが、ひとまず使ってみることで記憶は強化される。池谷は「繰り返し学習して頭に叩き込むよりも、テストを解く」ことを推奨する。テストを解くというのは、覚えたことを使ってみるということにほかならない。

インプットしたものをアウトプットするという考え方はインプット主導型。空っぽの脳ならそれでいい。知識を仕入れなければ話にならないから。しかし、何十年も生きてきて脳内には知識も経験も言語の在庫もある。いくらでも出荷できるのだ。

加齢にともなって記憶力が衰えると言うが、実は脳の問題ではない。定年になり他人との交流機会が減ってアウトプット量が激減するのが原因だと睨んでいる。同輩と雑談したり後輩に蘊蓄したり……喋ることに関しては生涯現役を続けることが理想的な記憶の方法なのである。

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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