マスクとまなざし

まなざしや顔つき――突き詰めれば〈ペルソナ〉――は、平時と有事で異なる。平時では、目を中心とした顔がふつうに見え、表情がわかりやすい。他方、最近のようにマスク装着が常の有事になると、顔全体が見えないので表情のニュアンスが感じ取れない。

「目は口ほどにものを言う」はおおむねその通りだと思うが、鼻も口も、さらに顔全体が見えて輪郭もはっきりしているからこそだ。見えるのが目だけだと眼力めぢからばかりが際立って、表情が窺いづらく不気味さを感じることがある。


先日、輸入食料品店でこんな出来事があった。

通路がいくつもあり、探している商品の棚がすぐに見つからなかった。通路を順に覗き込んで移動し、それらしい棚が並んでいる通路に足を踏み入れたところで、マスク姿のぼくの視界に熟年男性が入った。男性はマスクをしていない。

目が合ったわけではない。男性をまじまじと見たわけでもなく、男性の立つ前の棚のパスタに視線を向けただけだ。いきなり男性がぼくに向かって「何か用か?」と言った。まるで万引き寸前の男が見つかる前に先制攻撃するかのような口調。この時点で目が合った。厳しい目つきである。手に商品をいくつか持っている。

お目当てはパスタだから、男性に関わる気はない。こっちが動じる理由もないので、男性に近づき、丁寧かつ穏やかにこう言った。「あなたを見ていないし、あなたに用もありません。今夜の食材を探しているだけです」。

マスクをしている時の目、そのまなざしは、見られる側からすると自分に向けられているように感じるのだろう。そのことは自分の立場になればわかる。道で向こうから歩いてくるマスクの顔の目という目のすべてが自分を見ているように思ってしまう。明日への見通しも、人どうしのまなざしも焦点が定まりにくい今日この頃である。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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