最近笑っていない

毎日何がしかの仕事があるが、相手の事情により今日はまったく仕事が動かない。新年度になって初めてのことだ。仕事以外にすることがいろいろある。この「いろいろ」がまずい。することが一つか二つなら悩むことはない。

100de名著』というNHKの番組がある。一冊の名著を4講にわたって各回25分で解説する。取り上げられる名著そのものを読まなくても、テキストをじっくり読んで講座を見れば「読んだふり」はできる。講座が始まって以来、毎月テキストを買って拾い読みしているが、視聴したのは二、三度のみ。

来月の名著はカントの『純粋理性批判』である。気温と湿度が上がり、集中力が続きづらい梅雨の季節向きの本ではない。本棚に新訳――と言っても78年前発行の――文庫本がある。全7巻である。小難しく訳された同書に若い頃に挑戦したが、途中で挫折した。悔しいので、解説書の類を参照してこの稀代の哲学書を「読んだことにして」今に到っている。超難解な重い本が100分でわかるなら儲けものではないか。


文字以外に適宜図解が入るのが『100de名著』のいいところだ。哲学の名著を文字だけで追いかけて理解するには、時間と頭脳もさることながら、スタミナがいる。省エネの図解があるだけで少しはわかった気になる。経典や経論などの文字のみで深奥な密教の教えは伝えきれない……絵画や彫刻などの「ビジュアル」の助けが必要だ……というようなことを空海が言ったらしい。絵図や仏像、書の類のオーラのお陰で理性も少しは研ぎ澄まされるような気がする。

とは言うものの、自粛や在宅疲れで小難しい本を忍耐強く読める人は多くないだろう。わが身を振り返っても、ここ23ヵ月、他人と仕事をしていないし、雑談もほとんどないから、笑う場面がない。YouTubeで大笑いなどしてしまうと、その後に仕事に戻るのが大変である。軽い本で軽く笑う程度なら軽い息抜きになるし、軽やかに仕事に戻れる。

本棚の『純粋理性批判』を押し戻す。右手の本棚に顔を向ければ、ずいぶん前に古本屋で買った、宇野信夫の『昔も今も笑いのタネ本』が目に入る。さほど笑わせてもらった記憶はない。適当にページをめくる。「あわて女房」という小話。記憶にない。

あわて者の女房が、伊勢屋のお内儀さんに出合って、
「旦那さまは、おかわりなく――」と言いかけて、三月みつき前、旦那の死んだことに気がついて、
「やっぱり、お亡くなりになったまんまでござんすか」

わかりやすくて微笑みやすい。こういうのがいい。純粋に理性の批判になっている。

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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