じれったいジレンマ

二つの事柄が葛藤する様子をジレンマと呼ぶが、実際に葛藤しているのは人の心だ。ある人にとって二つの事柄が相反しているように見えても、別の人には両立する事柄であったりする。たとえば、生活と仕事のジレンマに苦しむ人がいれば、その二つは本来調和するのであって決してジレンマではないと平気な顔して言い放つ人もいる。

誰にでも同じジレンマがあるわけではない。二つの事柄が両立しないのみならず、片方だけでもうまくいかないこともある。思うようにならずイライラする。もどかしい。そう、事柄の問題ではない。ジレンマとはじれったい心理状態にほかならない。

理想と現実は二項対立としてよく語られる。たいてい一致しない。では、理想と現実が葛藤する状態はジレンマなのだろうか。現実を放棄するわけにはいかないから、頭の中のある種の「絵空事」を諦めるか描き直すしかない。理想に現実を近づけるのが難しいと判断すれば、いとも簡単に理想を捨てるのが人の常。では、懐疑と決断はどうか。この二つはジレンマの関係にあると思われる。同時に成り立ちがたく、また、迷ったり疑ったりしていると決心はつかない。他方、決断してしまうとあれでよかったのだろうかと後になって疑心が追いかけてくる。〈?〉と〈!〉の間を行きつ戻りつするのはジレンマだ。


昨今もっとも顕著なジレンマと言えば、”Go to トラベル”だろう。国民に旅してもらって観光を活性化させたい……しかし、新型コロナ感染が恐いのでほどほどに……密は困る、東京の人も困る、東京へ旅するのも困る……いや、ちょっと落ち着いたから、東京も、ま、いいか……。まるで駄々をこねる子どものような政策ではないか。したいとしたくないが葛藤している。

経済と安全、経済と秩序など、そもそも経済は「何か」と折り合わないのが相場である。経済には他の要因を抑え込んで強引に事をすすめていくところがある。経済はわがままな上司に似て、ペアを組んだら言うことを聞くしかない。したがって、コロナ対策と経済のジレンマ関係においては、有無を言わずに経済重視になる。コロナに一喜一憂しないという覚悟だ。いや、安全対策を講じると言うが、マスクと消毒液と人数調整以外に目を見張るような対策はまだない。

経済よりも観光や芸術や文化を優先して持続可能な安定を築いてきた時代や街もある。しかし、観光や芸術や文化もウィルスや病気には勝てない。しばらくはじっと我慢するしかない。我慢を続けられるかどうかは、ポリシーといくばくかの貯金次第。つまり、経済的メリットが出ている時にこそどう振る舞うかが問われるのだ。それはある種の危機管理でもある。

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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