ある紙媒体の終わり

講談社の読書人の雑誌『本』が長い歴史にピリオドを打った。裏表紙に定価110円とあるが、大型書店に行けばパンフレットのコーナーに平積みしてあって、無料で持ち帰ることができた。

毎号十数編のエッセイや連載コラムや書評が収められ、書店帰りに喫茶店でよく読んだ。PR誌だから講談社の新刊を紹介している。本の宣伝は過剰で嫌味になることはめったになく、この種の小冊子は情報源として重宝している。12月号をいつものように、ろくに表紙も見ずにめくった。歌人の斉藤斎藤さいとうさいとうの現代短歌が三首。その一首目。

本はもう終わります、ってさわやかに何をいまさら小林さんは

歌の中の「本」を、いわゆる世間一般の本だと思い、電子書籍に対する紙の本の敗北宣言と読んだ。ちなみに、小林さんとは講談社の人と書いてある。

ああこっちの「本」ですか。本の終わりを少しわたしのせいだと思う

この二首目で察した。表紙のマストヘッドを確認したら「最終号」とあった。


よく手に取る本のPR誌には、他に岩波の『図書』や新潮社の『波』がある。いずれにも興味深いテーマのよい文章があって、別途有料で買った本のほうが見劣りすることがある。ともあれ、このような一つの紙媒体の休刊がすべての紙の本の終焉を予感させるわけではない。しかし、少なくともPRという手法に関するかぎり、多様に展開できるネットメディアの機動力に敵わなくなったと言わざるをえない。「書物保守派」のぼくとしては残念であり切ない。

同誌の最後のページには編集者がこう書いている。

読書人の雑誌『本』は、本号(202012月号)をもって休刊します。
(・・・)
『本』という枠組みはなくなりますが、出版社として今後も新たな手段とその可能性を探りながら、本の魅力、本を読む楽しみをお伝えしてまいります。
45年の長きにわたるご愛読、ありがとうございました。

発刊当初から、断続的ではあるが、たいへんお世話になった。歌人は次のように三首目を歌っている。

晩年の尾崎紀世彦めずらしく譜面通りに「また逢う日まで」

出版業界の常として、「休刊」というのは「再開の可能性のある休み」ではなく、発行の停止を意味する。したがって、『本』とまた逢う日はない。

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proconcept

岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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