独り占め

ずいぶん前の話。たまたまデパートに行く用事があった。頼まれていた恵方巻はいつもの商店街で買うつもりだったが、ついでだからここでもいいかと思い、地下へ降りた。寿司を売る店が2店舗並ぶ。どちらの店も初めて。海鮮巻1,000円と値段は同じ。海鮮の具の違いはわからない。こんな場合、どっちの店で買うかは多分に気まぐれだ。

しかし、買って来てくれと頼まれた中高年男性をターゲットにするなら、巻いてある海鮮の具が「鰻、いくら、数の子」と表示してあるほうが、表示していないよりも訴求力がある。他に差異化できることがあるなら、何もしないよりも何かを書くほうがいい。遊び心で、そんな恵方巻のコピーを考えたことがある。

節分の宵に 恵方を向きて もの言はず 巻寿司一本
丸かぶりの 習はしあり 願ひ事が叶ふ と伝え聞く

見た目も値段も同じなら先に覗いた店で買うだろうが、十人に一人を引き寄せるちょっとした工夫があるはず。


恵方を向く……何も喋らずに丸かぶり……。儀式などに関心はないが、巻寿司一本が割り当てられる少年少女は、恵方だけに「まれた々」である。ぼくらが子どもの頃は、巻寿司はカットして兄弟でシェアした。兄弟の数に比例して寿司は薄切りになったはず。一人であるだけすべて食べて誰にも与えないのが独り占めだが、たとえ一本でも、誰かとシェアしないなら、独り占め気分に浸れる。

父のパチンコの戦利品の板チョコ一枚をいつか一人で食べたいと思っていた。兄弟で公平に分けようとするから溝できれいに割るのだが、一人一枚なら溝など無視して斜めに割ったり、割らずに丸かじりしたりできる。独り占めは人の本能でありさがなのだろう。大人も子どもも関係ない。一人で食べることにはいくばくかの罪悪感もある。だから、たいてい黙って頬張る。もの言わずに恵方巻を丸かぶりするのもその流れに違いない。

ものすごくうまい手土産をもらったが、お裾分けが面倒なので、独り占めしてこっそり食べることがある。堂々と食べるよりもこっそりと食べるほうがおいしい。禁断の美味度が増す。みんなで食べると「おいしいなあ」と言って終わるだけだが、独り占めすると「あいつらはこの味の良さがわからんだろう」などと生意気が言える。こうしてうまさはさらに倍増する。

「みんなでワイワイと食べるほうが楽しい」という主張がある。たしかに楽しいかもしれない。しかし、十分に味わえているとはかぎらない。独り占めしているという意識で一人で食べるほうが間違いなくおいしい。だから、おいしい食事をしたいのなら一人に限る。『孤独のグルメ』とはそういう意味である。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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