見上げると空に軌跡

九年前の今の季節のとある日、散歩しようと自宅を出た。少し歩いて空を見上げた。別に音や風にそそのかされていたのではなく、何気なく仰いだだけ。それは初めて見る光景だった。

その前年の11月、ブリュッセルにいた。分刻みで旅客機が飛び、次から次へとシャープな線を描き出していく。線は順に滲んで広がり、二本、三本と重なり合い輪郭を失っていく。あれだけのおびただしい飛行機雲を見たのはその時が初めてで最後だ。

数年前の12月中旬のある日、冥々として感傷的になる薄暮の時刻、中之島公会堂をタペストリーに見立てたプロジェクションマッピングの開始を待っていた。その時、舞台上空に一条の飛行機雲が見えた。タイミングもマッチングも演出の一部かと一瞬思ったが、もちろん偶然に決まっている。

飛行機の軌跡が白い雲間に一筋の青い線を描くのを見たことがある。珍しい反転飛行機雲だが、長くは続かなかった。しばらくすると、青い線は白い雲に吸収されて消えた。たった一度の目撃なので、もしかすると目の問題だったかもしれない。あいにく証拠写真は撮り損ねた。


考えごとをしたり行き詰まりを感じたりしたら、そこが緑の中の小径であろうと部屋の中であろうと、ひとまず見上げてみるものだ。視線を変えるのはもっとも手軽に発想を切り替える方法である。旅もそういう切り替え効果を与えてくれる。

ところで、古い10年パスポートの有効期間は20112月から20212月だった。その10年間で使ったのはたった一度きり。それは2011年11月、バルセロナ~パリでの約半月の滞在型の旅だった。つまり、それ以来海外に出ていない。いや、海外どころか、国内でも(出張では方々に出掛けたが)一度も旅をしていない。

去る2月、パスポートが切れる10日前に申請して更新した。コロナが終息すれば旅立つ意欲満々だが、今年は当然として、来年、再来年に旅程が組めるような気がしない。なのに、なぜまた10年パスポートなのか? おまじないである。過去の写真をたまに繰り、ブログに書いた紀行文を読み返し、錆びかけている外国語の音読をしたりして願っているのである。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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