語句の断章(29)自家製

「自家製」と言っても、作るものの要素の何から何までもが自家製であることは稀だ。一般家庭の自家製ポテトサラダの場合、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、それにマヨネーズはスーパーで買ってきているはず。自家製なのは、潰したり切ったりえたりする調理過程だけである。

使い慣れた自家製だが、その意味は? 『新明解国語辞典』には「自家」という見出しがあるのみ。「その人自身の家」と説いて「――・製」という例を示すにとどまる。これでは何だかわからない。『広辞苑』はどうか。自家製とは「自分の家で作ること、またそのもの」と書いてある。そんなことくらい、漢字を見たらわかるではないか。

「自分の家」で用意するものと他所よそから調達するものの割合によって自家製と呼べる・呼べないがあるのかどうか。その境界がよくわからないし、作る対象によって自家製と呼べたり呼べなかったりするような気がする。ポークのゼリー寄せという料理がある。豚を飼っていて屠畜して肉を使っていれば純粋に自家製だ。しかし、豚のスネ肉や足を買ってきて細かく刻んで自ら調理しているなら、それもれっきとした自家製である。

ポークのゼリー寄せ

自家製は「作る」という視点ではなく、「他所で出来上がったものをそのまま使っていない」という意味でとらえるのが正しい。うちの自家製ポテトサラダは業務用に売られているものを使っていない、うちの自家製ポークのゼリー寄せはデパートで買ったものではないという主張であり、少なくとも調理過程では自分の手で工夫しているということだ。

麵、スープ、焼き豚を自分で作っているのなら、自家製と呼んでもいい。しかし、ぼくが自宅で作るパスタ料理を自家製パスタと呼ぶには違和感がある。だから「家で作ったパスタ」でいい。買ってきたベーコンではなく、自分で燻製にしたベーコンを使っているのなら、自家製の燻製ベーコンと言えばいい。どうやら、自家製と相性がいいのは料理の要素であり、出来上がった料理そのものではなさそうだ。

だから自家製サラダは不自然に響く。「自家菜園で採れた野菜を使ったサラダ」と言えばいい。スーパーで買ってきた野菜に市販のドレッシングを使ったサラダは、たとえ手作りであっても自家製ではない。梅もリカーも買ったけれど、自分で漬ければ自家製梅酒。同じく、漬物も自家製と名乗ってよい。なお、器具や機械を使っても手作りと呼ぶことがある。もし手以外に何も使っていないことを強調したいのなら、たとえば「手ごねハンバーグ」である。

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proconcept

岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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