思いつくままに、春

 岸辺のこの・・場所のこれ・・こんな・・・色になると、もうすぐ春。経験上そうである。「どこの何がどんな色?」と詳しく聞かないでほしい。

 2020年の今頃も、2021年の今頃も同じことを考えていた、春になったら「岡野のお喋りコラム」を始めようと。これまで書いてきたコラムが急に喋り出すようなトーク番組。世間一般のこと、時事トピックス、アートのこと、街のこと、本のことなどのお喋り。2022年の今年、春になったらできるのだろうか。

 いくつかの連想がつながって、ある歌に辿り着いた。そして記憶は十数年前まで遡った。ある分野の専門家たちが所属する某協会があり、その協会の事務局長から年間セミナーの企画とコーディネートを依頼された。会員は高額の年会費を納めていた。事務局長は紳士で、みんなに「局長」と呼ばれ親しまれていた。ただ、会費に見合った還元が十分にできておらず、不満を口にする会員もいた。

ある日、会員A、B、C3人と局長とぼくの5人で食事をした。食後、ほろ酔い気分のAが「カラオケスナックはどう?」と言い出した。場所を変えるだけで、誰も歌わないだろうと思っていたら、乾杯直後に常連客のAが歌い、隣席にマイクがリレーされた。Bが歌い、ぼくも歌うことになった。残る二人はCと局長。Cは自分に回ってきたマイクを局長に手渡す。歌が苦手そうな局長が無理やり歌わされた。

局長がマイクを置いた。Cが入れた曲のタイトルが画面に出てイントロが流れ始めた。夏木マリの『お手やわらかに』である。この歌をメンバー随一のエリートCが歌うとは……。何度も聞かされているBが「Cさんは、これを替え歌でやるんです」とぼくに耳打ちした。歌詞を目で追いながらCの歌を聴く。どんな替え歌に仕上がるのか。

♪ 私の負けよ お手やわらかに
今夜は逃げないわ
悪魔のようなあなたの腕に
抱かれるつもりなの

マジメに歌うのがおかしい。笑いをこらえる。でも元歌通りで、全然替え歌じゃない。

♪ 少々くやしい気もするけど
あなたにはとうとう落された
一年も二年もふったのに
こうしてつかまった

まだ元歌通りに歌ってる。どこで変化するのか。

♪ お手やわらかに お手やわらかに

まだ変化なし。歌はもう終わる……。

♪ 泥棒よ あなたは

Cは最後の「あなたは」を「局長」に替えて、「♪ 泥棒よ 局長」と歌った。ワンフレーズを入れ替えただけなのに、「会費泥棒の局長につかまったオレたちの悔しい思い」が何となく伝わってきた。

一人になってからの帰路、不思議なおかしさの余韻がずっと残っていた。「私の負けよ、お手やわらかに……真剣に聴いたのは初めてだが、なかなかいい曲じゃないか」と思った。季節はすでに春が告げられていたが、まだ少し肌寒さが残る三月だった。

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proconcept

岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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