切り盛りシェフ

店名に「蕎麦」や「そば処」の文字があったので店に入るとする。メニューを見たら、蕎麦が売り切れていてうどん類しかなかった。やむなくうどんで済ますほど人間ができていないので、ここは黙って店を出るだろう。

一昨日のこと。「昼はポーク」という天啓みたいなものがあり、何が何でもという思い詰めたような気分になった。前に何度か行ったものの、数年ぶりになるフレンチの店Cを思い出す。店名に豚のフランス語cochonコションが付く。この店、ランチは一種類しかない。そうとは知らずに入店したポークの苦手な客は店を出るしかない。常連はポークの専門料理店だと知っており、日替わりの一品に期待する。

店頭のメニューを見たら本日のランチは一種のみ。ところが、食材は、な、なんと若鶏だった。羊頭狗肉ようとうくにくならぬ「豚名鶏肉とんめいけいにく」。ランチ一品主義の店ゆえ他に選択肢はない。若鶏も好きだから別の日なら拒む理由はない。しかし、この日は「豚肉を食べよ」という、非イスラム教的な天啓に導かれていたのだ。無駄な時間を惜しむように店先ですぐに引き返す。引き返したものの、良さそうなポーク料理を出してくれる店が思い浮かばない。とにかく西方向へ歩いた(方角は天啓ではない)。


偶然だが、ビストロLの前に差し掛かった。ランチとディナーで一度ずつ来たことのある店だ。ボードに書かれているランチメニューは5種類で、うれしいことにその筆頭が「フランス産BBCポークのロースト」だ。まるでぼくのために用意されたような料理ではないか。即決して店に入った。

午後1時前。約20席の半分以上が埋まっている。注文を取りに来てくれないので、厨房にいる熟年シェフに注文を告げる。水は自分でグラスに注ぐ。待つこと約10分。半端ない厚みのポークのロースト、スープ、サラダ、小皿、ライスの強力ラインアップがテーブルに運ばれた。良心的にも程がある、900円!

「本日バイトが休みにつき、一人で段取りするため開店時間は未定」などと、あの手この手の言い訳をするあのラーメン店の店主の顔が対照的に浮かんだ。スープが3種類、麺が細麺と中太麺の2種類とはいえ、同じジャンルのラーメンではないか。バイトの休みに対して普段から一人でもできるように段取りしておけば済むではないか。

ビストロLは、夜なら少なくとも10種類のフランス料理を一人で作り、テーブルにサーブし、ワインの注文にも応じ、お勘定もする。切り盛りシェフは何もかも一人でこなし、一切言い訳をしない。若き日にパリの有名レストランで修行した年配の料理人。気さくで謙虚なプロフェッショナルだ。

できることは自分でこなし、ぐだぐだ言わずにいい仕事をすればコストがかからない。他方、言い訳や愚痴や過剰なウンチクはコストとして値段やサービスに跳ね返る。店を出る時、ふとそんなことが頭をよぎった。

投稿者:

proconcept

岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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