「迎合術」なる裏ワザの持ち主

極端なまでに同調されるくらいなら辛辣に批判されるほうがましだと思うことがある。理不尽なこともあるが、論駁には何らかの筋や理由が込められているので、ある程度論駁者の意図をつかめる。これとは逆に、受容され共感され、やがてやたらに迎合されていることに気づく時、どのように振る舞えばいいのかわからなくなってしまう。迎合とは、自分の考えや意見を潜め、あるいは曲げて、相手の機嫌を取ったり相手の心証を害さぬように同調したりすることである。この迎合術を巧みに使いこなして無難な人間関係を築き、したたかに世を渡っていく人間がいる。

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コミュニケーション現象の一つとして「語尾上げことば」が話題にのぼったことがある。語尾上げを茶化した「語尾上げよりお買い上げを」というコマーシャルも流れた。発話された最後の音のイントネーションが、断定とも質問とも判じがたく耳に響くのが語尾上げだ。たしかに語尾は上がっているのだが、必ずしも尋ねているのではない。この種の抑揚をぼくは「クエスチョン調ピリオド」と命名していたが、すでに「半クエスチョン」という名称も存在している。とりあえず「半クエ」と呼んでおく。

「上野の国立西洋美術館のルーヴル美術館展、チケットがございますわよ」と言うときに、「美術館展」の「てん」の「ん」が「ん〈↑〉」とフリーズするように語尾上げになるのだ(文字で再現するのはつらい)。言うまでもなく、尋ねているわけではないし、ことばに詰まったわけでもない。冷ややかに語尾を上げて絶妙に半呼吸を置くのは、厚顔無礼にも小憎らしくも響く。ただ聞きようによっては、割れるかもしれない氷の上に恐る恐る足を踏み出すような、さほど自信はないが、さりとてもはや引き下がれないぞという強がりの心理とも取れる。語尾上げは迎合の出発点であることが多い。

知り合いに迎合術の達人が一人いる。彼は聞き上手、というか、問い上手だ。矢継ぎ早に質問して好奇心旺盛なるところを誇示する。ある話題についての会話が途切れたとき、「ところで、カフカ、読みます」と切り出した。この語尾の「す〈↑〉」が悩ましくもデリケートな抑揚、つまり半クエになっている。そして、「あなたはカフカを読みますね」とも、「カフカがお嫌いではない」とも、「ぼくと同様に好きなのでしょ」とも、「ここまであなたと話してきて、私が察するところ、おそらくカフカを読んでいるはず」とも聞こえてくるのである。お主、なかなかの使い手じゃないか。

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その昔よくカフカを読んだので、正直に「カフカ、いいねですねぇ。好きですよ」と答えたのである。すると、この御仁、目を見開き「ですよねぇ~」とすぐさま、しかし粘りのある語調で反応した。この「ですよねぇ~」がぼくへの迎合であることはもちろん、同時に、そこには居合わせてはいないが、世間のどこかにいるだろうカフカ嫌いに対して勝ち誇る雄叫びのようだった。

カフカと無関係の話しか交わしていなかったが、会話を通じて彼はぼくがカフカに好意的であることを見抜いていた。「カフカ、読みます」という問い(いや、投げ掛け?)は明らかに「イエス」を想定している。では、彼の意に反して、ぼくが「カフカ? う~ん、あまり好きじゃないなあ」と答えればどうなるか。たぶん彼は平気である。それに対しても、「ですよねぇ~」と彼は応じればいいのである。「カフカ、読みます」と語尾を「す〈↑〉」にしている半クエが、想定外のノーに備えた「保険」になっている。

さほど関心もないことを尋ねたり、心にもない同調をしたり、相手を傷つけぬよう計らい、なおかつ自分がうまく場を取り回す。まるで幇間ではないか。しかし、この幇間の迎合術は侮れない。なぜなら、彼は「取って付けたような同調」が見破られていることを承知していて、それをわきまえたうえで振る舞っているからだ。「ですよねぇ~」という同調を時折り無性に求めてしまうが、これこそがこの迎合術の凄さを物語っている。

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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