トップの思い上がり

『「笑い」と「お笑い」』について昨日書いた直後に、八年前のある一件を思い出した。そのことについてノートに書いていたのも記憶にあり、探してみたら見つかった。上方漫才奨励賞を受賞した漫才兄弟「中川家」が、吉本興業の意向で賞を辞退した話である。当時の新聞記事を要約すると、おおよそ次のような内容になる。

ラジオ大阪と関西テレビ放送が主催した「第37回上方漫才大賞」は、年間を通じて活躍した関西の漫才師に贈られる賞。大賞は松竹芸能の「ますだおかだ」、奨励賞が中川家に内定していたが、吉本興業の意向で中川家が受賞を辞退した。中川家は前年暮れの「M-1グランプリ2001」の優勝者である。同大会は吉本興業が主導。M-1チャンピオンが別の漫才大賞で奨励賞というのはM-1の結果を否定することになるから、中川家の了解を得て辞退させた。

今さらながら呆れるが、よくもこんなことがまかり通ったものである。当時の吉本興業の常務で、その後も報道番組などでコメンテーターを務めたりもしていたK氏の談話はこうだ。

「思い上がりと思われるかもしれないが、うちが主導した賞の優勝者が二番目なのは納得できない」。

本人が明言した通り、思い上がりもはなはだしいコメントであり対応でもあった。なにしろ上方漫才大賞37年の歴史で辞退という異例は初めてのことだったのである。


お笑い業界に笑って済ませる度量がなく、こんな幼稚で見苦しい対抗策がありうるのかと苦々しく思ったものである。今後一切、吉本の漫才に腹を抱えて笑うことはないだろうとも思った。業界トップにあって名の知れた役員が「納得できない」と吐き捨てたのだ。彼が仕掛けてきたお笑いに何度か笑った己の愚を大いに戒めた次第である。この一件には、お笑いに素直に笑えない事情が潜んでいる。

他の業界やスポーツやコンテストにこんなことがありえるだろうか。五輪を制したアサファ・パウエルが別の大会でタイソン・ゲイに敗北して、銀メダルを返上するようなものである。陸上100メートルは自力勝負で、漫才コンテストには他者評価が入るという違いはあるものの、漫才の1位・2位の決め方はそれ以外にありようがないから、これを実力と見定めるしかない。そして、実力というものは、レースやコンテストごとに変わるのが常で、したがって順位に変動があってしかるべきなのだ。

ダービーの勝ち馬は、そのままスライドして菊花賞でも1着でなければならないのか。菊花賞が2着ならダービーの威厳が崩れるとでも言うのか。M-1チャンピオンが上方漫才大賞の2位であることを容赦できぬという理由で賞を返上? このような態度をぴったり表現することばが「傲慢」だ。何よりもひどいのは、吉本主導というのは自前の大会ではないか、その「身内1位」がそれ以上に公共色の強い大会で2位になって何の不思議があると言うのだ。学級委員長が生徒会長でなければいかんという屁理屈に近い。この一件は漫才の話などではなく、「傲慢罪」と呼ぶにふさわしい茶番であった。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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