ローマⅢ
この紀行シリーズで紹介しているローマの写真に不満足なわけではない。だが正直なところ、これらの写真よりも一番最初にローマを訪れたときの写真のほうがバリエーションに富んでいる。それもそのはず、それから後に何度かローマに戻ってくるなどとは思いもしなかったから、できるかぎり方々へ足を運んで見るものすべてをカメラに収めたのだ。当時の写真を繰ると、彫刻家ベルニーニの手になる噴水の作品やトレヴィの泉、スペイン階段などがアングルと構図を変えて何枚も何枚も出てくる。「おのぼりさん的観光」をしていたのは間違いない。
トレヴィの泉もスペイン階段もコロッセオももう十分、それよりもまだ足を踏み入れたことのない裏町や路地に行けばいい。こんなふうに思って街歩きに出る。しかし、観光名所の近くに差し掛かりながら、脇目も振らずに一つ隣りの脇道にそれていくのはあまりにもひねくれている。過去に何度も見たからと言っても、あれから四年も過ぎている。足の向くまま気の向くままがそぞろ歩き(パッセジャータ)の原点なのだから、ついでに立ち寄ればいいと思い直したりした。
ローマにある7つの丘のうち一番高いクイリナーレの丘に初めて上る。道なりになだらかに坂を上がっていくので、高い所に来たという実感が湧かない。ここからトレヴィの泉は目と鼻の先なので、寄ってみる。トレヴィ(Trevi)は「三つの通り」という意味で、三つの通りが集まった角地に泉がつくられている。雑誌の写真などでは、巨大な彫刻と噴水を囲むように大勢の人だかりを見せるが、実際は「あっと驚く狭さ」である。何度行っても、どの通りから入っても、予想外の狭くて高密度の空間だ。
めったに土産物の依頼を受けないが、知人に皮の手袋を頼まれた。ご指名の店は、スペイン階段の前にあり、イタリア人店員が全員日本語を話すという、露骨なまでに日本人観光客をターゲットにしている。ふつうはこの種の店で絶対に買物しない。でも、店指定の頼まれ物だから仕方がない。割り切ってスペイン階段方面へ歩を進めた。
カンポ・ディ・フィオーリへも初めて行ってみた。この広場は名前の由来通り、もともとは花の市場だったらしいが、今では大半が八百屋、一部ハム・ソーセージ・チーズの店や乾物屋。花屋さんは少ない。素直に感想を述べれば、ローマの名門市場というには「がっかり」である。
ただ、ここにある19世紀に建てられた像には注目だ。コペルニクスやガリレオと同様に「地球自転説」を唱えた哲学者ジョルダーノ・ブルーノ(1548―1600)の像。元司祭だったが、天文学にも精通していて地球外生命の存在も主張していた。処刑を前にして、「真に恐れているのは、私ではなく、私を死刑にしようとしているあなたがたの方だ」と語ったという。司祭だった彼はカトリック教会を破門され異端審問を逃れるためフランスやドイツを転々とした後に、幽閉されて1600年2月にこの広場で火あぶりにされた。