パンとサーカス

およそ2,000年前、皇帝ネロの時代のローマ帝国の都は、今と同じくローマだった。首都の人口は100万人超と賑わい、インフラもよく整備されていた。なかでも、生活用水の供給は充実していた。イタリアの北にはアルプスの豊富な水源がある。しかし、水源があること自体はポテンシャルに過ぎない。ローマ市民にとって必要なのは、その水源から水道橋を通じて生活の場へと延伸する水道であり蛇口である。ローマ帝国の施政者たちは水源のポテンシャルにあぐらをかかず、顕在化することに努めた。

では、いったいどれほどの水量が供給されていたのか。一日一人当たり1000リットルという。現在の東京都民一人に割り振られている233リットルに比べてみると、この数字がいかに驚異的であるかがわかる。さらに、この時期から200年ほど下るとカラカラ浴場のような公衆浴場が誕生する。ちなみに、図書館も28館あった。100万人当たりで計算すれば東京都の公立図書館の数に匹敵するらしい。このあたりの話は『古代ローマの生活』(樋脇博敏著)に詳しい。

『ローマ帝国』(青柳正規著)や『古代ローマ人の24時間――よみがえる帝都ローマの民衆生活』(アルベルト・アンジェラ著)なども併せて読むと、ローマ時代の行政サービスの実態が浮かび上がってくる。インフラとくれば、民衆にとっての次なる利便性は食糧の確保になる。実際、ネロは20万人の成年男子とその家族(合わせて60万人)に小麦を供給しなければならなかった。人心掌握のためであるから当然無償給付だ。ローマ時代、この小麦のことを「パン」と呼んでいたのである。

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コロッセオぼくたちにとっての米とおむすびが、古代ローマ人の小麦とパンであった。いくらパンが豊富に供給されても、自分の口に入らなくては意味がない。アラビアの諺にあるように、「他人のパンは腹を満たさない」のである。もしパンが手に入らなかったら、スペインの諺にあるように、彼らは「パンのない一日は長い」と嘆いたに違いない。食べ物の恨みは恐いから、施政者にとってはパンを食べさせることは社会秩序のための生命線であった。そして、それをクリアした後に残る課題は娯楽の提供であった。それがサーカスである。現在のサーカスは曲芸的な技で魅せるが、当時サーカスと呼ばれた娯楽の代表格は剣闘と競馬である。前者はコロッセオ(写真)で人間どうしが、あるいは人間と猛獣が闘い、後者はチルコ・マッシモで特に戦車競技が繰り広げられた。年間80日、後年になると135日も開催されたという記録が残っている。民衆は血生臭い剣闘に、荒々しい競馬に狂喜した。

ローマ帝国は繁栄していたが、一戸建ての邸宅に住める富裕層は当然一握りだった。一般のローマ人は今にも倒れそうな安物の集合住宅で貧しく暮らしていたのである。パンは食欲を満たしサーカスという見世物は快楽の場となった。パンとサーカスは庶民が待望したと言うよりも、権力者側が発案した行政サービスである。それは、生きる楽しみを引き寄せようとした、一種の「目くらまし」だったと言えるだろう。

この世相を批判したのが諷刺詩人ユウェナリスだった。ユウェナリスと言えば、あの「健全なる肉体に健全なる精神が宿る」の名言でおなじみだ。この名言は曲解されたまま今に引き継がれている。ユウェナリスの真意は「願わくば、健やかな身体に健やかな魂が宿るように」である。つまり、逆説だった。それはそうだろう。パンと娯楽を無条件で当てがわれていれば健全なる精神が芽生えるはずもない。真昼間から風呂に入って飯を食ってゲームに熱中する日々を送っていると、善良なる市民と言えどもやがて愚民化するのは目に見えている。権力者にとって愚民は扱いやすい。これは今の時代も変わらない。行政サービスに生を丸ごと預けるような生き方は健全なる市民精神に反するのである。

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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