多義語と万能語

英語の動詞で多義語の最たる単語はおそらく“get”である。手元の辞書には他動詞、自動詞合わせて24もの意味がある。ちょっと待てよ。日本語で表現すると24通りの表現に置き換わるのに、英語圏の人たちは”get“という一通りの表現で押し通しているではないか。彼らは”get“が他の単語と結び付いて文脈の中で変化する意味を経験的に感知する。膨大な英文を読んだり聴いているうちに繊細な意味を読み分け聴き分けることができるようになった。何か別のことばにいちいち置き換えなくても分かる。これをニュアンスが分かると言う。

英語を外国語として学ぶぼくたちの場合も、大量の実例を「コーパス」として累積していけばネイティブ並みのニュアンス感知力が身に付く。理解という点ではこれで何の不自由もない。しかし、そのニュアンスを英語を知らない人たちと共有しようとすれば、日本語に置き換えなければならなくなる。ここに翻訳という仕事の苦労が生じるのだ。ネイティブが”get“からそのつどニュアンスを感じればいいところで、翻訳者はそのニュアンスの違いを日本語で表わさなければならない。ゆえに、24通りもの日本語表現が英和辞典に掲載されることになる。


party

ハロウィンのパーティーと(英語で)言う時の「パーティー」は一義ではない。ためしに英語の辞書で“party”を引いてみる。どんな辞書にもおおむね四つの意味が挙げられているはずだ。〈1.パーティー 2.政党 3.団体(一行、一団) 4.(誰々の)相手;(第三者的な)人たちや関係者〉。 ざっとこんなところである。たとえば、ハロウィンのパーティーの「パーティー」が、1.のお祝いをする会か2.の行列集団であるかは詳しく状況を知らないと判断できない。

英語の“party”は多義語なのである。おもしろいことに、日本語の食事会、懇親会、コンパ、飲み会、二次会などはすべて“party”でまかなえる。この意味で万能語でもある。どうしてももっと具体的に表現したいのなら、 party”というふうに「~」をトッピングすればいい。「~」の箇所にはcocktailteawelcomeなどを入れればよく、日本語の「~会」と同じような役割を果たしてくれる。ぼくたちはパーティーということばからハレの大規模なものを連想しがちだが、英語では、小はそれこそ三人の女子会でもいいし、大は2.の政党主催による何千人規模のホテルでの新年会でもいいのである。

ついでに、“party”の語源を遡ってみよう。予想通りラテン語に辿り着いた。現代イタリア語で「出発する」を意味する“partire”と同じ綴りの古語は元々「分ける」であった。ここからイタリア語の“partito”(政党)と“parte”(部分)が派生した。ラテン語の語幹である“pars/partis”はちゃんと英語の“party”において「分けたもの」「分かれたもの」という痕跡を残している。

ここでふと思い出す。沢口靖子が友人を自宅に招くパーティーシーンのコマーシャルである。おもてなしの食事はクラッカーのリッツ。そのリッツにいろいろな食材をトッピングする。お呼ばれして行ったら、すべてリッツ! たとえその上に贅沢なキャビアやフォアグラが乗せられていても、ぼくならがっかりする。あのコマーシャルを見るたび、少々呆れ、少々小馬鹿にしていた。

しかし、もうお分かりだろう。あれでいいのである。なぜなら、“party”とは本来「分ける」ことなのだ。分けるのだから、小ぢんまりと分けてもよく、分けるものがクラッカーでもローストビーフでもいいのだ。自宅での数人だけの女子会であってみれば、たとえリッツ攻めに遭わせても友人に文句を言われる筋合いはない。リッツを万能食材として扱っているように、多義語も万能語なのである。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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