無力を微力に

パリ――。またもや残忍な同時多発テロがこの街と市民を襲った。ネット時代が事件を忘却させるスピードを加速させていることを憂い、1021日に本ブログにそのことを次のように書いた。「今年1月のシャルド・エブリ襲撃テロ事件などは喉元過ぎれば熱さ忘れるの典型になっている。あの事件の生々しさは、当事者以外のどれほどの人の記憶に残っているのか」襲撃事件からわずか10ヵ月、そこから遠からぬ場所で惨事が起こった。

シャルド・エブリの一件はぼくの周辺でもマスコミでもさほど話題に上らず、遠い過去の事件になりかけていた。ぼくにはずっと重くのしかかっていた。四年前に事件現場近くのアパートに十日余り滞在していた経緯もあり、写真アルバムの思い出以上に強く刻印されていた。人にはそれぞれの価値観があり、それが考え方や記憶の想起の仕組みを司っている。だから、思い出さないからといって咎めることはできない。しかし、あの一件は、悲喜こもごもの小事に触れたついでに思い出すべき同時代体験であったはずだ。

一文を書いてから、2001911日のアメリカの同時多発テロにまつわる当時の新聞の切り抜きを拾い読みしていた。その中に、ミスタービーン役の英国の著名なコメディアン、ローワン・アトキンソンがタイムズ紙に投稿した記事があった。英国政府が準備している反テロ法案の中に宗教的憎しみを煽るのを禁じる内容があることに懸念を示した上で、彼はおおむね次のような意見を述べた。

「宗教者をパロディにするのが私の大事な仕事だ……宗教も含めて笑いの対象にならないものなどない……(諷刺の)良し悪しは、法ではなく、観客や聴衆の判断に任せるべきである……」。

笑いも皮肉も、そしてことばも危険要因を孕んでいることは承知している。しかし、テロという危機に対抗する術は諷刺や言論しかない。特に弱者にとっては。


仕事に自分の無力を感じることがある。無力感のうちに「どうにもならない」という絶望と「もしかしてどうにかなるかもしれない」という希望が混在する。とは言え、所詮、自分と仕事の話である。大した問題ではない。絶望的だと思っても、いくばくかの希望で救われている。無力ながらも仕事の傍にいるのは恵まれている証である。だが、蛮行が繰り返されるパルミラ遺跡の報道に接するたび、仕事に対する無力感などとは次元の違う悲愴と絶望に苛まれる。そこに自分はいない。何もすることができない。考えることはできても指先一つ動かすことすらできない。こういう暴挙には正義による根こそぎ征伐以外に方法がないのではないかと、つい愚案に傾く。遺跡と命、どちらが尊いかなどという議論は無意味である。尊さの尺度は絶対だ。そこに比較級や最上級による一番、二番などという格付けは生れない。

サンマルタン運河近く

パリ――。四年前の11月、ぼくはそこにいた。取るに足りないトラブルやハプニングに何度か遭遇したが、日々平穏無事に街歩きを満喫していた。今回の一連の事件現場から一筋、二筋西の通りはよく歩いた。追悼のために市民が集まっているレピュブリック広場には何度も足を運んだ。秋深まったサンマルタン運河沿いの散策はのどかなひとときだった。

その安らぎと対照的な惨劇にことばを失う。相変わらず一部の人類は平和や幸福よりも破滅を好む。独りで悶々とすれば集団心理に溺れて洗脳される。我にこだわって偏見を正当化し、目の前の怒りに発作的に反応してしまう。我と我の衝突を回避する知恵は、世界という舞台で実践する前に、日々の生活の中で身に付けておかなければならないのだろう。

一個の人間は無力である。遺跡が破壊され罪なき人々が無作為にテロの標的になり被害に遭っても、悲劇の傍観者以上にはなれない自分はただ佇むばかり。事件の後に祈りを捧げる。事件が二度と起きないことを願う。シャルド・エブリの時もそうした。祈り願う以外にいったい何ができるのか。自分と事件を厳しく一対一で対峙させても心の平安はやって来ない。勇気も湧かない。いや、むしろ一人であるからこそ祈り願うしかないのだろう。

では、ぼくは何ができるのか。ぼくには、今こうしているように、書くことしかできない。深慮遠謀せずに書く。ぼくごときが書く文章を読んでくれるのは一握りの人たちある。しかし、この際、少数であるか大勢であるかは問うべきではない。誰かに自分の考え――主として理不尽な狂乱行為に対する批判――を伝えることが、弱者を自覚する人間が無力に独りで闘わない方法なのである。「なんだ、ただの机上の評論ではないか」というそしりを恐れない。誰に何と言われようと、黙って祈るだけのもどかしさと決別して、書くことによって自分と社会との関わりを無力から微力に変えたいと思う。

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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