無個性の助長

かつてのような業容の拡大は望むべくもなく、ここ数年、ぼくの会社ではアルバイトを除いて正社員採用から遠ざかっている。人材募集していた頃も、企画という、わかったようでよくわからない職種柄、採用時に適性を見定めるのが難しかった。あまり期待しなかった人材が活躍することもあれば、大いに期待したのに残念な結果しか残せなかった人もいる。

海外広報に従事していたサラリーマン時代、英語圏のコピーライター採用人事も兼ねたことがある。採用基準はかなりアバウトで、協調性と英文力があるかという点だけだった。日本人に英文力を評価されるのはさぞかし心中穏やかでない応募者もいたに違いない。面接者であるぼくが彼らのように英文を綴れるかと問われれば、さすがにネイティブには適わない。しかし、英文の質とセンスの良し悪しは評価できたので、役目は果たせたと思う。

さて、厚労省が採用面接時の指針を定めている。具体的には次のような情報の聴き取りは控えるべきというガイドラインである。

① 本人に責任がない情報:本籍・出生地に関すること、家族に関すること(職業、続柄、健康、地位、学歴、収入、資産など)、住宅状況に関すること(間取り、部屋数、住宅の種類、近隣の施設など)、生活環境・家庭環境に関すること(女性の結婚・出産などを含む)
② 思想の自由に反する情報:支持政党に関すること、宗教・思想に関すること、人生観・生活信条に関すること、労働組合・学生運動・消費者運動に関すること、購読新聞・購読雑誌・愛読書などに関すること、尊敬する人物に関すること

では、これ以外に何を聞けばいいのかとなると、難しい判断を迫られる。企画適性を見定めるには、言語と雑学への大いなる好奇心やどのような習慣形成に励んでいるかを知らねばならない。①はともかく、②の人生観や生活信条、どんな本を読んでいるかについて尋ねるか、あるいは自分の考えを小文をしたためてもらわないと、まったく採用の判断材料を欠くことになる。


採用面接で「本人の能力・技量に直接関わらない事柄」を尋ねないという指針である。そういう事柄を採否に影響させずに公平無私な評価を下そうとすれば、材料はきわめて少なくなってしまう。趣味についてはヒアリング指針外だが、趣味を一歩突っ込んで聞いていくと人生観や生活信条、思想も垣間見える。いや、しっかりした人物なら、人生観・生活信条・思想あってこその趣味のはずだ。指針では本人の最終学歴に触れることはご法度ではない。どこの大学を出たかが聞けて、愛読書が聞けないのは一種の偏見ではないか。

指針で示された事柄に触れないで面接するには、高度でなくてもいいが、特殊なスキルが求められる。調子に乗って舌を滑らせないスキル。すなわち、ありきたりのことを聞く能力。そのありきたりのことが、ぼくには思い浮かばない。仮に指針外の話題を見つけても、話を深めて意見交換していけば、いずれ指針の項目のいずれかに抵触するのは想像に難くない。結局、安全策として常識テストをするか、当社についての所感や仕事に対する思いを聴き取るくらいしかないのである。

ロボット

人の個性は生きてきた環境と思想によって形成されている。そのことを棚上げすれば、応募者はみな無機的で無個性で画一的な存在になる。まさに十人一色。それならロボットを面接するようなものだ。AIロボットのような人材なら、インテリジェンスの高い人を選ぶ。では、そのインテリジェンスの高さをどんな基準で判断すればいいか、これまた悩ましい。どうやら問われているのは面接官の能力のほうではないのか。①と②の指針に怯える無個性な面接官なら、無個性な応募者と型通りに対面して任務終了と相成るだろう。

人間存在とはあらゆる環境・経験・知識・技量などの総体であり、言語によって訴求でき他人に知ってもらえるものである。それらの情報を当面回避したとしても、採用後にも封じ込め続けられるだろうか。きみはどんな本を読んでる? お父さんてどんな人だった? 一番影響を受けた歴史上の人物は? などの会話も交わせない職場なら、AIロボットと協働するほうがよほどましである。もっとも、そのロボットにさえ、生い立ちを隠すために製造メーカー名は刻印されていないかもしれないが……。

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proconcept

岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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