「可能性」について考えてみた

〈可能性〉という表現は悩ましい。誰かが「可能性がある」と言っても、どの程度なのかがわからない。降水確率のように数値化できるものでもない(いや、降水確率のパーセンテージにしても、たとえば30%40%の違いを感知しているわけでもない)。『新明解』は可能性を次のように解説している。

未知の事柄の実現について、(絶対不可能だと判断するだけの根拠を欠き)ある程度(十分に)可能だと予測される状態にあるととらえられること。

悩んだ痕跡が窺える定義だ。「不可能」が基準になっている点に注目したい。絶対不可能と言い切れないなら可能と言える、というわけである。可能は、「できる!」と胸を張れるような状態ではなく、むしろ「できそうもないが、絶対できないとは言い切れない」というニュアンスに近い。不可能は可能から派生したはずだが、可能の度合をはかるにあたってひとまず不可能を持ち出さねばならない。

やまとことばに可能ということばはなかった。明治以降に生まれた和製漢語だ。可能は“possible”で、不可能は“impossible”。対義語の関係にある。ところで、『アリス・イン・ワンダーランド――時間の旅』の一場面で、チェシャ猫が“unpossible”という表現を使った。辞書には載っていない。字幕では「非可能」と訳されていた。

可能性

絶望的に可能でないことを不可能(impossible)とするなら、非可能(unpossible)はどんな意味になるのか。人間らしいが“human”で、冷酷で非人間的なのが“inhuman”、しかし、“unhuman”は人間らしくない、つまり、“human”とは関係のない、という意味だ。幸せな(happy)の対義語は“unhappy”だが、これは絶望的な不幸ではない。「ハッピーな気分じゃない」というほどの意味だろう。以上のことから、非可能(unpossible)は、可能でもなく不可能でもなく、もっと言えば、可能性云々とは無関係な状態と考えられる。


閑話休題。「可能性がある」とは、ほとんどの場合、一縷の望みがあるという程度の状態なのである。そうあって欲しいという願いに近いかもしれない。英語では可能性を“possibility”(<possible)という。しかし、もう一つ、英語学習者があまり使わない“probability”(<probable)という似た表現がある。これも可能性のことだが、区別するために〈蓋然性がいぜんせい〉と訳す。もし、「できる確率の大きさ」を期待したいのなら、こちらのほうを使うのが妥当である。起こる確率は“probable”のほうが“possible”よりも大きい。

“Sure, it is possible, but how probable is it?”という表現を大学生の頃に覚えた。「なるほど、それは理屈上は可能。しかし、はたして実際にできる確率はどうなんでしょう?」という意味。「度合もわからない漠然とした可能」に対して、“probable”は「ありそうなこと、できることの確からしさ」を問題にする。だから、できることを前提にした話をする時は、可能性よりも蓋然性のほうが適切なのである。

ダイヤル番号がわからない金庫を開けるのは、一握りの金庫破りにとっては可能(possible)だが、ふつうは不可能(impossible)である。しかし、たとえ鍵がかかっていても木製のドアなら、金庫に比べて開けることができそうである(probable)。理論上の可能性と現実に起こりうる蓋然性の違いである。授業中に“possible”“probable”の違いを説明した夏目漱石のエピソードがある。「吾輩がここで逆立ちをすることは可能(possible)である。しかし、そんなことをするはずもない(not probable)」。切れ味のある説明だ。

今日も酷い暑さである。目の前のペットボトルの水を頭から浴びることはできる(possible)が、そんなことをするはずがない(not probable)。しかし、帰宅した直後にシャワーを浴びるのは大いにありそうである(probable)。可能性の議論や考察よりも、蓋然性のほうに関心を向けたい。口先だけで「できる」とほざいても何事も解決しない。気を紛らわせるだけに終わる。できることの確からしさをしっかりと考えなければならない時代である。

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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