ひげの話

ひげを漢字に変換すると、髭、髯、鬚の三つが出てくる。どれを使ってもよいのだろうと思っていたが、念のために調べた辞書には、髭は口ひげに、髯は頬ひげに、鬚はあごひげに使うと書いてある。よく似たことばがあるのは、それぞれに他とは違う意味や用途があるということだ。ともあれ、いずれも難字だから書くのは面倒、しかも読んでもらえなければ意味がないので、「ひげ」か「ヒゲ」としておくのがよさそうだ。

昨年暮れまで一緒に仕事をしていたスタッフはひげが濃く、休みの日に二日剃らずに放置しておくと、髭・髯・鬚が生え揃って顔の80パーセントが青黒くなると言っていた。彼からすればぼくなどは薄いのだろうが、一週間ほどあればひげをたくわえることはできる。二十代前半に約2年間、三十代から四十代にまたいで34年間生やしていた。現在の「第三世代」はかれこれ78年になるだろうか。

このご時世でもひげがご法度の職業やコミュニティがある。幸い、ひげが理由で仕事を拒絶されたことはない。仕事の依頼があったものの、しばらくして断りがあったケースは何度かある。もしかすると、ひげのせいだったかもしれないが、知る由はない。古今東西、ざくっと言えば、ひげは「威信の象徴」だった。ヨーロッパに「ひげがすべてならヤギでも牧師」という諺がある。そうそう、「ひげは哲学者をつくらない」というのもあった。人は見かけによらない。ひげを生やしているからと言って偉くなんかないぞと言うことだろう。言われなくてもわかっている。手持ちぶさたな時になにげなく文具をいじったりするように、所在なさそうな顔になにげなく印をつけているようなものだ。

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もう四半世紀も前の話。久々に会った学生時代の友人がひげをアラブ系の男のように立派にたくわえていた。彼は大手電機メーカーに勤めていて、数年間のサウジアラビア駐在から帰国したばかりだった。今の事情は知らないが、当時は中近東に駐在する日本人は国内での直前研修の間にひげを伸ばし、ひげをたくわえてから現地に赴任した。友人のように数日もあれば体裁が整う人はいい。しかし、欧米人やインド人、アラブ人に比べれば日本男子のひげは薄いから、生やしたくても生えない悩みの駐在員もいたに違いない。

ひげを生やして何が変化するのか。いろいろあるのだろうが、あまり気にならない。ただ一つ、大きな変化に気づいている。それはひげの剃り方である。ひげを満面生やしていても、頭髪と同じように手入れしなければならない。口ひげとあごひげだけの顔にも細やかな手入れが必要なのである。生えぎわに沿ってカミソリをあて、生やしているひげ以外の部分を毎朝剃らねばならない。生やしていない時にはカミソリとシェービングクリームを適当に買って使っていた。しかし、生やすようになると、きわを剃るトリマー付きのカミソリが変わった。そして、クリームも変わった。どう変わったか。高級なものになったのである。

%e3%82%b7%e3%82%a7%e3%83%bc%e3%83%93%e3%83%b3%e3%82%b0%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%a0ひげを生やしていなければ、極端な話、花王石鹸でもいい。今使っているのは写真のシェービングクリーム。英国製だ。なんと2000円もする。ピーナツ一粒分を指で取り、手のひらの上で水でなじませて伸ばしてやると細かな泡になる。きわがきれいに剃れるばかりでなく、剃り心地がとてもいいのである。毎朝、ていねいに56分かける。そのわずかな時間はリフレッシュのひと時だ。至福の時間などと言うと大げさかもしれないが、一日の始まりに欠かせないルーティーンになっている。そうだ、ひげを生やしているのは威信のためなどではなく、このプライムタイムのためなのだ。

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proconcept

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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