市場(いちば)の話

日曜日に市場へ出掛け 糸と麻を買ってきた テュラテュラ……
月曜日にお風呂をたいて 火曜日にお風呂へ入り テュラテュラ……
水曜日にあなたとあって 木曜日は送っていった テュラテュラ……
金曜日は糸巻きもせず 土曜日はおしゃべりばかり テュラテュラ……
恋人よこれが私の一週間の仕事です テュラテュラ…… 

ずいぶんスローライフな一週間の過ごし方だ。いや、本人は仕事だと言っている。金曜日に手仕事しようと思って日曜日に買った糸は放置されたまま。風呂は週に一回だけのようだが、月曜日に沸かして火曜日に入ればすっかり冷めているに違いない。水曜日に会った恋人を木曜日に送っていったのだからお泊りだったのだろう(これは楽しいかもしれない)。土曜日の終日のおしゃべりは常人にはできそうもない。うらやましい? いやいや、こんな仕事ぶりで食っていけるとしても、退屈そうである。


リのアパートで10泊したことがある。パリ4区はマレ地区近くの立地で、隣接する12区のバスティーユ市場(Marché Bastille)まで買い出しに行った。地下鉄で二駅、歩いても15分かそこらの距離。二度足を運んで食料をしこたま調達した。バスティーユは常設ではなく、木曜日と日曜日にしか市が立たない。だから、歌詞と同じく「日曜日に市場へ」出掛けたのである。

マルシェは午前7時に始まり、午後3時頃まで商いをしている。野菜、魚介類、肉類、乳製品、香辛料、パン、惣菜、ワイン、花など何でも揃う。店は100軒を下らない。何よりも驚くのが値段である。とにかく安いのだ。特に肉が安い。日本で100グラム800円クラスの上質の赤身が150円かそこらなのだ。野菜もチーズも魚もすべてグラム売り。リーズナブルで良質の食材が手に入れば、アパートでの調理の楽しみも膨らむ。

ところで、「日曜日に市場へでかけ……」の歌詞の市場は「いちば」と読む。試しに「しじょう」と口ずさんでみればいい。拍子抜けするはずだ。「いちば」と呼ぼうが「しじょう」と呼ぼうが、意味は売り買いの場所や形態である。ニュアンスは微妙に違う。「いちば」と言えば、日々の売り買いの場所を想起する。通りに沿って、あるいは囲い込まれた施設内に常設の店が並び、そこに日々の食材や用品を求めて人が集まる。売る人と買う人が出会って、お金と商品を交換する。スーパーと違って、会話があり値段交渉がある。会話は買物の一部、いや、時には主役となる。

市場は日本では「場」という意味合いが強いが、フランス語の“marché”もイタリア語の“mercato”もラテン語の“merce”(商品)に由来する。市場を「しじょう」と呼ぶと、概念性が加わる。あるいは、「いちば」よりも規模が大きくなる。と、ここまで書いて、やっぱり築地市場、豊洲市場のことが頭をよぎる。いずれも「しじょう」と呼ぶ。売り手と買い手の多様性、大規模で特殊な取引形態、取扱い商品の種類の豊富さと量。築地市場は魚食文化を背負う、世界最大級のマルシェだ。国内よりも世界のほうが強くそのことを認証してきた。今日は「いちば」の話だったが、いずれ「しじょう」のこと、築地のことを書いてみたいと思う。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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