深まる秋の記憶

明日から3日間の連休。予定は特にない。秋深まる気配に心身を晒すような休暇にしてみようと思わなかったわけではない。しかし、「行楽シーズン到来」という世間一般の常套句が脳裏をかすめた瞬間、尻込みしてしまった。

今住む街の周辺にも、手招きせずとも秋は向こうからやって来る。眺めるのは同じ光景だが、初秋から晩秋へと模様は変わる。他の季節に比べて、秋の風情のグラデーションは豊かだ。たとえその場が都会であっても。と言う次第で、近場を散策すれば十分ではないかと、半分前向きに、だが半分面倒臭がりながら、結局、例年と同じ過ごし方に落ち着きそうである。

オフィスから歩いてすぐの場所に天満橋が架かり、その下を大川が西へと流れている。天満橋の下流にある次の橋が天神橋。二つの橋の距離はわずか350メートル。橋を渡った対岸には、ちょっとした遊歩道があり、川に沿って歩くと樹木の色合いが秋ならではの装いを演出している。もうかなり色づいているだろうと想像するばかりで、夏が過ぎてからはまだ歩いていない。


こんなことを思いめぐらしているうちに、記憶の扉が開いて過去に誘われた。場所はパリのヴァンセンヌの森。広大な森の端っこに一瞬佇んだに過ぎないが、撮り収めた数枚の写真の光景が、タブレットのアルバムを検索する前に忽然と現れたのである。

ヴァンセンヌの森(Bois de Vincennes)。それは201111月だった。今の時期よりももう少し秋深まった頃。緯度の高いパリのこと、日本の感覚ではすでに冬だった。それが証拠に写真に映るぼくの衣装はしっかりと乾いた寒さに備えている。約10日間借りたアパルトマンはパリ4区のマレ地区、メトロの最寄り駅はサン・セバスチャン・フロワサール。あのバスティーユやヴォージュ広場やピカソ美術館も徒歩圏内という好立地だった。

その日は青い空が広がる絶好の日和。窓外の景色を堪能しない手はないから、メトロではなく迷わずにバスを選んだ。広い道路の閑散としたエリアにバスが停車する。そこから、自分なりには森に入って歩いたつもりだが、後で地図で確認すると入口あたりをほんの少し逍遥した程度だった。ともあれ、静謐の空気が充満していた。色があるのにモノトーンに見せる風景が印象深い。朝靄のあの光の記憶は今もなお鮮明である。

心身が浄化されて帰りのバスに乗り込んだ。バスに乗る直前に歩いた通りの名称がジャンヌ・ダルクと来れば、忘れようとしても忘れるはずがない。秋は記憶の扉が開きやすい季節なのだろう。「記憶は精神の番人である」というシェークスピアのことばが思い浮かんだ。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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