イタリア紀行1 「セレニッシマの不便」

ヴェネツィアⅠ

ネットからダウンロードした地図のコピーを穴が開くほど見、住所のメモと案内表示を何度確認しても、目指すホテルに辿りつける希望は湧いてこない。これが噂のヴェネツィアの迷路か。ヴァポレットという水上バスで運河を通り抜け、サンマルコ広場手前の船着き場ヴァッラレッソから徒歩にしてわずか56分の所。目と鼻の先のように思えて、これが容易ではない。何人もの通行人に尋ねてようやくホテルに着いた。

着いた場所は本館。宿泊するのは別館のほうらしい。本館からは中国人系のボーイが連れて行ってくれた。小柄な彼は大きくて重い旅行カバンを二つ、ひょいと左右の手に一つずつ持つと、一度も地面に置くことなく軽やかに歩を進めた。遠く感じたが、たぶん5分ほどだっただろう。何度も小運河をまたぐ階段を上り下りし、運河沿いの小道を通り抜ける。いわゆるバリアフリーな箇所などどこにもない。やっぱり迷路だ。

二度目のヴェネツィアは5年半ぶりだ。和辻哲郎は『イタリア古寺巡礼』の末尾で、「ヴェネチアには色彩がある」と印象を語っている。1927年にしたためた手紙を編集した紀行文だ。「色彩がある」の解釈は難解だが、”セレニッシマ(Serenissima)”という愛称をもつヴェネツィアの色彩は一にも二にも青だろう。このことばは“sereno”の最上級で「晴朗きわまる」を意味する。

多くのツアー観光客はここか島外のメストレで一泊する。たしかに観光だけならば半日あれば名所を廻れる。それならば前回体験済みだ。同じホテルで四泊すれば、ほんの少しくらい「住民」の視点に立ってセレニッシマを満喫できるかも、と目論んだ。

ここには自動車は一台もない。自動車どころかハイテクめいたものが一切見当たらない。いま「満喫」と言ってみたが、実はそれは、不便と共存する「快適」のことなのである。

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橋の上から俯瞰した典型的な運河の風景。近代化した船以外は、百年どころか16世紀の頃から何も変わっていないのだろう。
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空の色や光の加減、眺める角度によって運河の青は微妙に移ろう。何度見ても同じ運河なのだが、印象はそのつど変わるのだ。
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サンマルコ広場前のラグーナ(潟)は、高潮になると1メートル以上水面が上昇して広場はすっかり水浸しになる。
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黄昏時? この写真を見れば誰しもそう思う。実は、早朝のサンマルコ広場である。夜明けに浮かび上がるシルエットも格別だ。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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