聞き間違いがよく起こる日本語

シャレがつくりやすいという点では日本語は他言語を圧倒している。ダジャレでいいのなら、無尽蔵だ。この間も、「悩んでいましたが、海岸かいがん開眼かいがんしました」というのを耳にした。寒さをこらえればいくらでも作れる。

言うまでもなく同音異義語が多いからである。日本語どうしのみならず、日英の異文化ダジャレすら可能だ。「こんにちはという笑顔の挨拶に気をつけよう。これがホントのハロー注意報」なんていうのは朝飯前。

 「育児休暇は何日?」という問いに対して、「さんぜん さんびゃく ごじゅうにち」というような答えがあって、「えっ、十年も?」という、ウソのような話があった。もちろん3,350日ではなく、「産前350日」のことである。このような話しことば特有の聞き間違いは日常茶飯事だろう。では、書けば誤解が起こりにくいかと言えば、そうともかぎらない。なにしろ漢字にはいろんな読み方があるのだ。 

「今秋」と書くのはいいけれど、「こんしゅう」とは言わないほうがよい。頻度の高い「今週」と聞き違えてしまうからである。あるお店が「こんしゅう姉妹店がオープンします」と言うから楽しみにしていたら、二ヵ月先だったという具合。話しことばでは「今年の秋」または「二ヵ月後の10月になると」と文脈の足し算が必要なのだ。


ぼくの母親は78歳だ。耳はまったく衰えず、それどころか地獄耳に近いかもしれない。大阪人特有の短気で早とちりなところはあるが、歳の割にはアタマの回転もいい。その母親との電話での会話を大阪弁で再現してみよう。

「もしもし」とぼく。
「誰? 良則か? えっ、あ、勝志かいな。元気にしてんのんか?」(良則とは弟だ)
「元気やけど、最近出張が多いわ。明日から金沢に出掛けるし……」
この瞬間、おそらくそれほど近くにはいない父親に向かって、母親は叫ぶように告げる。
「お父さん、勝志からや! 明日からカナダに行くて」(ぼくの耳には「かなざわ」と聞こえている)。父親が電話口近くに来る。
「えらい遠いとこに行くんやな。何日間や?」と、父親が母親に聞いている。この時点で母親は通訳状態だ。
「何日行くんかって、お父さん聞いてはるで」と母親。
「一泊二日。明日行って、明後日帰ってくる」と返事。
「ええっ、ほんまかいな! (父親に向かって)カナダに行ってすぐ帰ってくるんやて」
「大変やなあ、二日でカナダ往復は」と父親が小声でコメントしている。
「カナダは何時間かかるのん?」と母親。
「大阪から2時間半くらいかな」
「へぇ~、えらい速いなあ~。 飛行機やな?」
「いや、特急やで」と言いつつ、この時点で、両親が金沢への出張で不自然なほど驚いている空気を感知した。
「ちょっと待って、カ、ナ、ダと違うで。石川県のか、な、ざ、わ。兼六園のあるところ、ホタルイカ、加賀百万石!」と、北米と北陸の相違を説明した。

「な~んや」で終わったけれど、結構エネルギーのいるコミュニケーションだった。伝達側のぼくが、ぶっきらぼうに「かなざわ」と言わずに、最初から「北陸、石川県、金沢」という文脈で話すべきだったのだ。

笑いで済めば救われる。問題なのは、同音異義のみならず様々な状況で意味誤解や疎通不全が頻繁に発生していることだ。饒舌・冗長にならない程度に、もう一言説明しておこうという意識を持ちたい。  

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

「聞き間違いがよく起こる日本語」への2件のフィードバック

  1. おかんネタ、大好きです。今後も期待します。
    聞き違いもありますが、読み違いで最近おもしろい話があります。
    息子と阪神戦をテレビで見ていた時、話題に入りたい嫁はんが
    リン・ウエンツを見て「タイプやわーはやし・いすけ」と平然と言う。
    笑って訂正しようとする息子を眼で制して「男前やろーはやし・いすけ」と合わすと「なんで背中にRINて書いてんの?」「あだ名やがな。バレーの高橋みゆきもSHINて書いてるやろ」・・・今も嫁は林威助は日本人のはやし・いすけと思っています。
    フランスのお友達の桑嶋さんその通りでした。今はもうやめてますが、クラブ凡という麻雀やさんです。うちの並びで90m西です。

  2. このコメントをもらった今日、その桑嶋さんからパリ滞在中に撮ってもらったぼくの写真が届いた。やっぱりご近所だったようで。
    奥さんの「はやしいすけ」は許容範囲でしょう。日本人にだって同姓同名はありそう。ぼくの学生時代には毛沢東を「けざわひがし」と呼んだ御仁がいたくらいだから、この読み違えは可愛いもんです。ただ「かっとばせ?、はやしいすけ」では応援しにくい。
    大阪人以外の人にはわかりにくいだろうが、大阪では誰かが「うちのオカンは……」と切り出した瞬間、だいたい笑う準備をしておくものである。そして期待に違わず、たいていプッと吹いてしまうオチがついている。

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