ジャンルと上位の概念

「音楽はお好きですか?」
「ええ、音楽なしの人生は考えられません」
「音楽鑑賞の会をしているのですが、どうです、覗きに来ませんか?」
「ええ、ぜひ!」

行ってみたらクラシックを聴いて語り合う会だったらしい。ところが、ひいきの音楽はジャズ。どうにも居心地が悪く、最初で最後の参加になった。音楽は音楽でもジャンル違い。音楽という上位の概念は、アート一般において絵画や書道や工芸などと区別するためのものだ。その音楽の中にはジャンルがあり、ほとんどの場合、特定のジャンルやミュージシャンが好みなのであり、音楽なら何でもこいというのは稀だ。音楽論とクラシック音楽論は別のものなのである。

上位の概念で語れば、その下に置かれるおびただしいジャンルも包括したことになる。たとえば「食べることに目がない」と言えば、どんな食材でも料理でも受け入れることを意味する。そんな人はめったにいないから、「今度食事でもいかが?」と誘うのは配慮不足、また安易に「お願いします」と返すのは思慮不足。「鍋料理はどう?」も不十分。誘うなら「すっぽんでもいかが?」と絞り込まねばいけない。


書物にもいろいろなジャンルがある。メンバーがお気に入りの本を読んで書評をしたためて発表する書評会を不定期で主宰している。一般的に書評会や読書会はあまりジャンルにこだわらない。上位の本好きでくくっているからだ。但し、ぼくの書評会では「文学は除く」としている。知り合いには文学、とりわけ詩に絞って鑑賞会や創作研究会をしている人もいる。上位の概念をぽつんと出して済むこともあれば、ジャンルまで示すほうがいい場合がある。

芸術というのは上位の概念である。それだけでは音楽か絵画か文学か工芸か映画かはわからない。すべてひっくるめて芸術と言う場合は、経済ではない、工学ではない、農林水産ではないという排他的意味合いが強い。具体的なジャンルを枚挙する必要がない。すでにお気づきのように、芸術という概念は根であり、音楽や絵画や文学などはそこから派生する枝葉なのである。

上位の概念は時を経るにつれジャンルが細分化していく。つまり、枝葉が増えていく。情報化社会では生まれたてのジャンルもすぐに広まり、好みやひいきの多様性は日々加速していく。どんなマイナーなジャンルでもそこそこのグループが形成されるのである。だから、「音楽は好きですか?」「はい、好きです」というやりとりは今ではほとんど意味を成さない。「コンサートのチケットが余ったけれど、一枚差し上げますよ」と声を掛けられても、熱心な音楽ファンなら軽はずみに「ありがとう」とは言わない。ジャンルは当然のこととして、ミュージシャンの名まで聞く。

上位の概念は認識にとって重要だが、日常生活は具体的なジャンルで営まれている。特化され深掘りされた嗜好性に基づいて語らねば、上っ面のやりとりに終わってしまうのである。

投稿者:

アバター画像

proconcept

岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です