食事中の話

食事よりも大切だとは思えぬ話のせいで、肝心の料理に集中できないことがある。それどころか、何を口に運んだのかさえ記憶にないという始末。実に情けない。食事の邪魔にならず、料理を盛り上げるにはどんな話がいいのだろうか?

NHK/BSの『コウケンテツの世界幸せゴハン紀行』は気に入っている番組の一つ。昨年暮れに観たのはフランス編だった。パリの食事情から始まり、オーヴェルニュの極上チーズ、ブルターニュの豊かな海の幸を目指す食の旅。

パリっ子の食事情ではポトフが紹介されていた。スープで煮込んだポトフではなく、肉と野菜を皿に盛り、そこに熱々のコンソメスープを注ぐやり方。どうやらこれが定番ポトフらしい。一般家庭での日常的な炊事と食卓のシーン。ポトフを食べ、チーズを味わい、デザートで仕上げる。夫婦が友人を招いてもてなす。今まさに振る舞われた料理で会話が盛り上がる。料理人コウケンテツとテレビ収録を意識しての会話という趣もある。しかし、招かれた客が料理に関心を示しそれを話題にするのは、ホストに対する当然の敬意の表し方なのだ。

食事を楽しみながら、食材や料理やエピソードを語り合う。それで十分、いや、それ以上何を望むのか。特に親疎が入り混じる複数の人たちと共食する場には、食の話がふさわしい。もしホストが料理以外の話を持ち出すなら、それなりに応じればいい。

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ホストでもない者が、居合わせるメンバー共通の話題になりそうもない仕事やゴルフの話を延々と続けることがある。あれはタブーだ。しかし、しゃしゃり出て喋られると無視するわけにもいかず、頷かざるをえない。頷けば気が散るので、旨さも半減してしまう。

ぼくはしつこく食を薀蓄する男だと回りの人たちに思われている。食に入っては食に従うというのが流儀というだけで、別に屁理屈をこねているつもりはない。せっかくの集まりで料理の味を満喫できないほど情けないことはない。それなら一人で食べるに限る。「生、お代わり!」と叫ぶたびに話が途切れてしまう飲み放題宴会は特に苦手である。

今出された料理のことに一切触れずに世間話ばかりする、料理の話をしたと思ったら、自分の好みに合わないなどと平気で言う、隣席の人の食事のペースや酒量に合わせない……やむなくこういう人たちと食事をしてきたが、こんな成り行きになりそうな食事会のホスト役をここ数年徐々に減らしてきた。

複数の人たちの波長にきめ細かく合わせる辛抱強さがなくなった。ならば、ホスト役として食事処に案内したり自ら料理を振る舞ったりする時には、生意気を言うようだが、ぼくの流儀に従ってもらうしかない。それが気に入らないのなら、ぼくに誘われても来なければいいだけの話である。雑談や世間話をしたければ、食後に場をカフェかバーに変えてゆっくりやればいい。

食あっての酒だとぼくは思うのだが、料理と食事の場が、たわいもない話とがぶ飲みに主役を奪われてしまったかのようである。飲み過ぎると料理を味わう舌が鈍くなる。飲み放題という宴会スタイルが料理の存在を希薄にしてしまったのは間違いない。

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proconcept

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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