パラフレーズ考

ことばを言い換えることを〈パラフレーズ〉という。差別語や忌み嫌うことばを別のことばに置き換えたり遠回しに言ったりする。もちろん、文章を練る時にも別の類語表現をあれこれと試してみる。これもパラフレーズ。

かねがね「帰国子女」という四字熟語に奇妙な印象を抱いていた。とある会合でコンプライアンスの専門家と話した折り、「できれば使わない、いや、できればではなく、使うべきではない」と氏は主張した。コンプライアンスのことはよくわからない。ぼくの場合、好ましくないという以前に、限定的にしか使えない概念用語と捉えていた。

生まれがロサンゼルスで、中学生になって両親と共に日本に「やって来た」。両親にとっては日本に「帰国」だが、その子にとっては初めての渡日であり「入国」になる。つまり、入国子女。その子は現在日本の高校に通っている。英語はネイティブだが、日本語は少々たどたどしい。一般的にはこういう子を帰国子女と呼ぶ。

この子は男子だが、子女と呼ばれる。間違いではない。帰国子女とは帰国した息子や娘である。保護者が国外に赴任する際に小学生の子を連れて行き、一定期間滞在した後に日本に帰国して中学に通わせる。そういう学齢期の男女が帰国子女だ。しかし、生まれが国外なのに帰国子女と言うのに違和感を覚える。行って帰ってきたのではなく、そもそも行っていないのだから。


帰国子女に代えて帰国学生と言っても、古風な言い回しの子女(男女)を性別を明かさない学生に変えただけで、帰国という問題は解決しない。日本を出国して外国で暮らした後に再入国したのなら帰国だが、海外生まれの子はどうするのか。入国学生と呼ぶのか。それだと日本人とは限らないし、留学生はみな入国学生である。

帰ってきただの、やって来ただのという点に意識過剰になることはないのかもしれない。ともあれ、帰国学生にしても使う場面は極端に限られる。成長して社会人になり会社勤めをする。そのバイリンガル社員に対して「きみは、たしか帰国学生だったね」と過去形でしか使えそうにない。

現在形として使うなら「海外生活経験のある学生です」とでも言っておくか。いや、こう言い換えても、あちら生まれであることが表現されていない。帰国子女を苦しまぎれに無理やり訳した英語を見つけた。英訳と言うよりも説明である。“School children who have returned from abroad”がそれ。いちいちこう言うのはかなり面倒だし、“returned”と言うのだからやっぱり「行った」を前提としている。

なぜ帰ってきたことに軸足を置くのかがわからない。外国生まれの帰国子女を的確に表すのは難しい。上位概念の四字熟語で括るのは諦めて、そのつど「ロサンゼルス生まれの日本人」「パリで生まれて中学時代に日本に来た日本人」などと言うしかなさそうだ。なお、コンパクトな“returnee children”という表現もあるが、これも行って帰ってきている。何だか“refugee”(難民)みたいで、響きもよくない。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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