2020年の年賀状レビュー


「ぼくはずっと思っているんだ。きのうになればよくなるだろうって」

よく言ってくれた、チャーリー・ブラウン。その通り!

何の根拠もないのに、明日が今日よりもよくなると信じている人がいる。「今日はダメだった、でも明日があるさ」とつぶやいてリセットした気になれるとは、ノーテンキにも程がある。

チャーリーは覚めた目で昨日、今日、明日を見ている。今日の次にもう一度昨日が来たら、少しはましにやり直せるはず。但し、後悔と反省を織り込んだ上手な学びができればの話。


問題がうまく解決できない。問題がそもそも何であるのかを簡潔に言い表せないのが原因の一つである。課題と言い換えてもいいが、課題の表現が拙いと解決すべきことが明快にあぶり出されない。発明家としてよく知られたチャールズ・ケタリングのことばに耳を傾けたい。

「問題をそつなく表現できれば、問題は半ば解決されたも同然」


専門スキルやノウハウは生活習慣と無関係ではない。仕事と生活はほぼ写像関係にあって、この二つは決して切り離せない。それゆえ、プロフェッショナルとしての能力は、生活スタイル、癖、繰り返しによって培養される。

「習慣は第二の天性なり」(ギリシアのことば)

「成果をあげることは一つの習慣である。習慣的な能力の集積である。習慣的な能力は修得に努めることが必要である」   (ピーター・ドラッカー)

いずれも「習い性と成る」ことを教えている。身についた習慣は無意識のうちに身体に浸み込む。まるで生まれつきの性質のような暗黙知の才能になる。


「人間のあらゆる過ちは、すべて焦りから来ている。周到さを早々に放棄し、もっともらしい事柄をもっともらしく仕立ててみせる性急な焦り」

フランツ・カフカのこの指摘は、様々な場面に当てはまる。焦りから結論を急いで判断すると早とちりする。早とちりは先入観として刷り込まれる。いったん刷り込まれてしまうと判断を見直すチャンスを失うのである。


近世イタリアの哲学者ジャンバッティスタ・ヴィーコは言う。

「才能(インゲニウム)は言語によって形成されるのであって、言語が才能によって形成されるわけではない」

言語が才能に先立つと考えるのが自然である。何がしかの思考と人それぞれの才能、その他ありとあらゆる資質は言語を源泉とする。才能がなくても何とかなる場面はあるだろうが、言語を放棄しては人間関係も生きることも立ち行かなくなる。


あの柿の木が庵らしくする実のたわわ    (壱)

この柿の木が庵らしくするあるじとして   (弐)

最初壱の句が作られ、その後に弐の句に書き換えられた。この変化に心境の一端が読み取れそうな気がする。壱の句では種田山頭火はまだあるじだったのだろう。しかし、脇役のはずの柿の木が弐の句では主役になる。あるじの座は柿の木に取って代わられた。「あの柿の木」が「この柿の木」に変わっているのも見逃せない。主客は転倒する、望むと望まざるとにかかわらず、やがて変わる。


「始めなんてものはない。到着した所からやりたまえ。最初君の心を惹いた所に立ち止まりたまえ。そして勉強したまえ! 少しずつ統一がとれて来るであろう。方法は興味の増すにつれて生まれて来るであろう。最初見た時は、諸君の眼は諸々の要素を解剖しようとして分離させてしまうが、それらの要素はやがて統合し、全体を構成するであろう」(ロダン)

経験の程度に応じて、分析から統合、部分要素から全体へとシフトするのは、ほぼすべての学習において真である。企画という仕事は一言で表現しようと試みてもしっくりこない。あれこれ考えた挙句、〈ことばとアイデアで画を企む過程〉に落ち着く。成否には言及しない定義だが、これで仕事の過程は実感できる。


ジュエリー工房のベテラン彫金師が言った。

「こんなものが欲しいのだけれど、作ってもらえますか? こう言われる時が一番幸せな時だ。自分にしかできない仕事を頼まれているのだからね」

固有名詞で指名される職人にはめったにお目にかかれないし、「あなたでなければいけない」と言われる存在に誰もがなれるわけではない。しかし、かけがえのない存在を目指すのはすべての仕事人にとって最大のテーマである。もちろん、そうだとしても、不特定多数に指名されようと欲を出しては幸せが逃げていく。


できるとかできないとかの結果にこだわることをやめた瞬間、「やれば」が意味を持ち始める。

「星に手を差し伸べても、一つだって首尾よく手に入れることなどできそうもない。だが、一握りの泥にまみれることもないだろう」

レオ・バーネットのこの至言を励みとしたい。

親しみを覚える地名

名付けられたものには固有性がある。固有とは「他のものにはなく、そのものだけに特徴があること」や「他から付与されたものではなく、もとからそのものにあること」と辞書に書かれている。

ところが、他の類似したものと区別したり差異を明らかにするために、人や土地や商品名に名を付与したのが固有名詞ではないか。固有と言いながら、同姓同名は決して珍しくないし、地名も、たとえば日本橋なら東京にも大阪にもある(前者が「にほんばし」、後者が「にっぽんばし」と読みは違うが……)。

大手町や本町(ほんまち/ほんちょう)などの地名は全国に数えきれないほど存在する。しかし、そうであっても、大手町や本町の地名に人々は各地なりの固有性を感じているはずだ。長年暮らしたり働いたり、また何度か訪れたりしていれば固有の度合が強くなる。同じ町名でも、自分の街のそれには親しみを覚え、他の街のそれへの感覚は疎遠である。


数年前にNHKの『ブラタモリ』が職場と自宅の付近をロケした。職場と自宅の距離は1キロメートルほど。いつも往復する通勤路の町名が次から次へと出てきたし、タモリが自宅マンションの裏手の路地を歩いて太閤秀吉の地下水道を紹介した。聞いたことはあるが未だ見ぬ土地の名とは程遠い、生活の場の名として強く再認識した次第だ。

『書斎の宇宙』という本に収められた里見弴さとみとんの「あかき机の思出おもいで」に、大正二年十月に放浪の旅に出て大阪に落ち着くくだりがある。

大阪も道頓堀に近い繁華の地、――笠屋町三ツ寺筋みってらすじをちょっと北へ行った西側のとある路次の奥の(……)

固有名詞をつないでみると、著者がどのあたりにねぐらを定めたのか、ある程度想像できる。他にもよく知る場所が出てくる。安道具屋の多い橘通り、玉造橋南詰の店、堂島裏町、心斎橋筋の賑いから諏訪町……。最後の諏訪町すわまちになじみがないので調べてみたが、昔も今もない。周防町すおうまちの漢字間違いか著者の勘違いではないかと思われる。

同じエッセイの中に、赤坂檜町、四谷坂町、下六番町、麹町五丁目の裏通り、半蔵門の変圧所の裏手、山元町一丁目、四谷右京町などの東京の地名もいろいろ出てくる。赤坂も四谷も麹町もまったく知らないわけではないが、どうもピンとこない。地名の固有性とは、親しみを覚え、土地勘が働いて地図が浮かび、そして風情の記憶がよみがえることなのだろう。

「わからない」と「わかる」

起業してから今日で33年。「節目ですね」と言われた。何が節目なのかわからない

「創業33周年おめでとうございます。心ばかりの品です」。メッセージも行為もよくわかる

どんな材料でできているのかまったくわからない北欧のグミ。

五七五に七七を足しても俳句が短歌にならないことくらいわかる


タイ料理店にて。何と何と何を注文したのかはわかるが、何も告げられずにこれが出てきたら、わからない。豚皮のカリカリ揚げ。

わかる? ほんとうに? きみの言う『わかる』が、ぼくにはわからないなあ」
わからない? なるほど。きみの言う『わからない』が、ぼくにはわかるよ」

「アメリカには、米国の名の通りこめがあって、日本には、その英語名ジャパンにパンがあるんだ」。なぜ急にそんなことを言い出したのか、わからない。


コロナの時代にありそうな注意書き、わかる
▪共用スペースにつき、マスク着用のない会話はお控えいただきますよう、ご理解とご協力をお願いします。
▪こちら〈禁席〉です。ご協力ありがとうございます。
▪当店は非接触セルフサービス式の無声レストランです。

ホルモンの噛めども切れない歯ごたえにいつ飲み込めばいいのかわからない

「明後日までに完了のこと」というメモの、明後日がわからない、そもそも何をするのかがわからない

アイヌをテーマにした映画を観た後に、岩波文庫の『アイヌ神謡集』を読んだ。見開きの左頁にローマ字表記したアイヌ語、右頁に翻訳された日本語。どの行どうしを照合すればいいのかほとんどわからない

少年は鞄を踏んづけた

今は亡きご本人が、数年前にぼくに語った少年時代の話。


少年は地方都市の裕福な家庭で育った。父は地元で顔のきく人だった。父系か母系か聞き逃したが、祖父母は戦争が始まる前、海外で暮らしていたようだ。時代は終戦直後、話し手自身が小学校に入学した頃である。

小学校に通う時の必需品と言えばランドセルや鞄。終戦直後に皆が皆ランドセルを背負ったかどうか知らない。ともあれ、ランドセルの児童が多かった中で、少年が親から与えられたのは鞄だった。しかし、自分のは「標準」ではなかった。つまり、同級生たちが持っているのとは違っていた。背負うのではなく、手に携えて通学した。

いじめられたり仲間はずれにされたりしたわけではないが、少年は鞄がまったく気に入らなかった。ランドセルにしたいという希望も親に告げたが、その鞄はランドセルよりも高価で丈夫なんだからたいせつに使いなさいと言われるばかり。少年はわけのわからない柄の入った手提げの鞄が嫌でしかたがない。早く壊れてほしいと毎日願っていた。


学校と家の往復、わずか数十分持つだけだから、願いに魔法がかからないかぎり壊れるはずがない。乱暴に扱えば早く壊れると少年は考え、帰り道に公園の遊具の高い場所から落としたり、取っ手を引っ張ったりした。ついにある日、地面に投げつけて両足で踏んづける暴挙に出た。そして、傷みがひどくなり使えなくなるようにと、来る日も来る日も繰り返し繰り返し容赦なく踏んづけた。

とは言え、小さな子どもが全体重をかけて踏んでもたかが知れている。鞄はびくともしなかった。その鞄はそれほど丈夫だったらしい。結局その先、高学年になっても使い続けた、いや、使い続けるしかなかった。当時その鞄は珍しく(だからこそ嫌だったのだが)、持っている人を見かけたことは一度もなかったらしい。

やがて少年は成人して働き始め、中年になった。その頃になると、地方都市にもファッション化の波が来た。話がそのくだりになったところで、少年、いや、すでに七十半ば過ぎの知人は次のように話を結んだ。

「ある日、自分が幼い頃に持っていたのと同じ柄の鞄を見たんだよ。三十歳前後のおしゃれな女性が持っていた。早速その柄のことを誰か知らないか職場で聞いてみたよ。念のために調べてもみた。綴りはLouis Vuitton、そう、あのルイヴィトンだった。たまげたなあ。7歳男児が毎日公園でルイヴィトンを踏んづけていたんだ。

丸覚えの苦、棒読みの愚

待合室でコーヒーを飲んでいた。税理士先生が入ってきた。「こんにちは」「あ、どーも」と交わした後、先生が隣に座った。手書きした紙を手にしている。

「余裕ですねぇ。もう覚えましたか?」
「覚えるって、何を?」
「今日は主賓のスピーチでしょ?」
「らしいです。先生もトリのスピーチじゃなかったですか?」
手にした紙を示して、「まだ全部覚えてないんですよ。早く着いていたんですがね、さっきまでトイレにこもっていました。もう完璧ですか?」
「ぼく、スピーチは覚えないです。覚えないどころか、原稿もないですし……。だいたい何を喋るかくらいは決めていますが、一字一句考えていないし、行き当たりばったりです」

「へぇ~」と先生は驚いてみせたが、その場で適当に喋るとはいい加減な……というような顔つきだった。「ギャラをもらって喋る仕事に比べたら、今日は祝儀をはずんで喋るので気楽なもんです」と冗談を言っておいた。

とある結婚式の直前の会話の様子。あれからまもなく四半世紀になるが、スピーチ役を引き受ける今の人たちもやっぱり丸暗記しているのだろうか。


たった一度きりのその日の結婚式のスピーチのために、何日もかけて内容を練って原稿を書き、当日の出番までに丸暗記する。こんな苦労をするくらいならスピーチなど受けなければいいのにと思う。冒頭のスピーチならともかく、トリのスピーチだと最初から最後までドキドキが続く。

いざ話し始めたら覚えたことが思い出せない……頭が真っ白になり始める……ことばに詰まる……。こんな無様なスピーチをするくらいなら、半分酔っ払って即興で喋っているほうがよほどましだ。書いた原稿を覚えたから忘れるのであり「思い出せない」という現象が生じる。だから、スピーチなど準備しなければいいのだ。

丸暗記した内容を正しく再現するのは大変である。落語家や講談師はそれが仕事だが、覚えたての頃はいかにも「再現している」という感じが強い。やがて場数をこなしているうちに、いま・ここで即興的に演じているような雰囲気が出てくる。つまり、芸が板についてくる。しかし、親族か知り合いの結婚式の場で披露するのは芸ではない。祝辞である。月並みであれ少々捻ったスピーチであれ、もっと気楽にできるはず。

丸暗記が苦手なら小さなカンニングペーパーもやむをえないが、原稿の丸読みだけはやめたほうがいい。絶対にいけないのは、他人が書いた原稿の棒読みだ。平気でこれができる職業は等しく儀式色が強い。何も持たずにえらく上手だなあと思う時は、たいてい透明板に映し出されたプロンプターを演技っぽく読んでいる。

パワーポイントの普及によって、スライドを追っていけば丸暗記の必要もなく棒読み感もなく話せるようになった。格下講師と格上講師の格差が縮減した。スライドの準備に時間はかかるが、丸暗記の苦から解放され棒読みの愚を冒さずに済んでいる。しかし、現代のパワポ講師たちは「フリップ芸人」と化したかのようである。フリップ芸人なら少しはおもしろおかしくやればいいのに……。手ぶらとユーモアと即興の喋りの時代を懐かしく思う。

仕事の合間に

ああ、また凝り過ぎてしまった。「過剰よりも不足、複雑よりも単純」を創意工夫の根本に置いているつもりなのに……。

仕事に直接役立つ「中心付近」から入るよりも、「周縁」をうろうろして時間を費やすほうがいい。即効は望めないが、先々でじわじわと効いてくる。これも一つの経験則。

「悲観的に過ぎず、また楽観的に過ぎず」というような節まわしで二項対比していると、やがて二項は対立したり寄り添ったりする。結局、「どっちでもいいのではないか」に落ち着く。諦念と言えば格好いいが、無責任でもある。

「今の時代に合った働き方を!」とテレワークを肯定する人たちがいるが、いったいその働き方とは何なのか? 「今の時代に合った働き方」の前提にテレワークやリモートを置いているのだから、これは同語反復にほかならない。つまり、わかっていない。

何十回もここに来ている。映画鑑賞に来るのだが、シネマの入っている建物の裏手に足を踏み入れたことはなかった。早く着いたので裏手に回ってみた。大都会では絶対にありえないはずの里山風景を、この大都会・梅田で目にした。

人生は自分が生きるのは大変だが、映画館で見れば他人事で済む。いつもそう思うが、スウェーデン映画『ホモ・サピエンスの涙』を観て、強くそう思った。

しばらく会っていない人から手紙が届いた。この時期――しかも今年のこの時期ゆえ――しみじみ感が募る。お気楽には暮らせないのだ。仕事をやめて家にいる。現役時代はちっとも自分が見えなかったが、今は自分ばかりが見えてしかたがないそうだ。
ぼくが仕事を続けているのは――今も少しは出番があるからだが――何よりも自分から目をそらせる時間が増えるからである。自分が見えすぎるとナルシズムに陥る。そして、ナルシズムに捕まると、つまらないことを考えたり悩みの種を蒔いたりすることが多くなる。

働き始めてから今に到るまで、いつまで仕事をするのか一度も考えたことがないし、仕事をしていない自分を想像したこともない。

ネットか本か体験か

仕事が順調に進み、今日のように午後3時頃に終わると隣の部屋を覗く。“Spin_off”と名を付けた書斎兼図書室兼勉強部屋だ。56千冊収蔵してあり、しかも分類して書棚に並べたのはほかならぬこのぼくだから、どこに何があるかはほとんどわかっている。気まぐれに本を手に取る。

ワインの輸入元からDMが来た。この時期の宣伝は決まってボジョレーヌーヴォーである。おすすめが15本、値段はいろいろ。「34本に絞っておけば衝動的にネットから注文するかもしれないのに……」と思う。ところで、あの発音、Beaujolais nouveau”はフランス人でも人によって違うとワイン通に聞いた。その時はネットで手っ取り早く調べた。男女何人かの発音が聞けた。本ではそうはいかないし、実際に複数のフランス人に会って確かめる機会はありそうにない。

ボジョレーヌーヴォーから連想して書名になった『ダジャレヌーヴォー――新しい駄洒落』という本があり、以前おもしろおかしく読んだ。その一冊が隣の部屋にあるはずなので、ユーモアとジョークの棚を探したが、ない。こういう時は「誰かが持ち出したに違いない」と性悪説的になりがちだが、「これおもしろいよ」と自分から言って誰かに持ち帰らせる可能性のほうが大きい。

「ユーモアセンスがないもので……」と恥ずかしがる人がいたので、「下手なダジャレでいいではないか」と励ましたことがある。誰かのダジャレに「寒ぅ~」と小馬鹿にする連中がいるが、そういう連中にかぎってたいていおもしろいことが言えない。川柳を作ったことがある。

ダジャレだと馬鹿にするならきみ作れ  粋眼


さっさと調べるにはネットが便利、不要不急なら本でいい。ただ、ネットや本がインスピレーションのきっかけになるとはかぎらない。思い出したり何かが浮かんだりするソースとしては体験や観察も有力なのである。この時期のよく晴れた日にいつも浮かぶイメージがあり、そのイメージにはいつもよく似た感覚が注釈のようにくっついてくる。

非の打ち所がない青空、公園の木漏れ日びより。樹々と枝葉の影を楽しむ、ついでに自分の影も。近くの川岸の水も気も光もよどまずに流れる。自分が慌ただしくせわしくしていると流れは見えない。自分がじっとする時間のうちに移ろいが感じられる。

いつぞや昭和が匂う場末の喫茶店に入り、昼前でもぎりぎりオーケーのモーニングサービスを注文した。コーヒーとトーストとゆで卵。サラダやハムのない、ふつうのモーニング。今時珍しいモーニングの古典だった。

モーニングサービスとは、朝にコーヒーを注文した人への「おまけ」。以前本で調べ、ついさっきもネットでチェックしてみた。最初はピーナツやゆで卵だったらしい。実際、幼い頃に父に連れられて喫茶店に入り、ピーナッツやゆで卵が出てきたのを目撃している。父によれば「タバコ2本という時もあった」らしい。ネットにも本にもタバコのモーニングサービスの記載はなかった。はたして父は「タバコ2本」と言ったのか、それともぼくの聞き間違いだったのか……。わからない。確かなことがある。喫茶店でぼくがいつも飲んでいたのがミルクセーキだったこと。

食べ物の知識と食べる経験

それまで見たことなかったが、初めて出されて食べた。子どもはこういう経験を積みながら自分の食性を養っていく。他方、すでにいろいろ食べてきて食性も固まった成人の場合、初耳で初見の料理を経験する機会は徐々に減る。稀に遭遇しても、料理の名前も使った素材も告げられずに、初めて見る一皿を前にして逡巡するだろう。口に運ぶにはかなりの度胸がいる。異国での場面なら覚悟すらいる。

食べられると聞いたことはあるが、食べたことがない。そんな料理に出くわすと、人は拒絶と受容の岐路に立つ。拒絶すれば食わず嫌いのままで終わる。それはそれで別に困ることはない。受容すれば未体験ゾーンに入れるが、吉と出るか凶と出るかは食べてみないとわからない。

たとえば古生代から棲息している脊椎動物のヌタウナギ。ある店で「当地の希少食材」と勧められ、その串焼きを賞味した。味よりも味と呼ぶにふさわしかった。別の店では「今日は珍しいのが入っていますよ」と告げられ、二つ返事でオーケーした。出てきたのはイノシシの睾丸をスライスした刺身。大トロとフォアグラを併せたような味だった。いずれの経験もしておいてよかったと思っている。


ところで、トカゲやカラスなどは「聞いたことも見たこともあるが、食べたことはない」という対象である。「食べたことがないもの」には食べ物だけでなく、食べ物以外の、煉瓦やホッチキスなども含まれる。「聞いたことも見たこともあるが、食べたことはない」対象は無数だろう。つまり、聞いて知っていることは広くて多く、見ることの対象はそれよりも減り、さらに経験する対象になるとうんと少なくなる。食に関する蘊蓄の情報量は膨大だが、経験の量などはたかが知れている。

何でも食べるからえらいのではない。何でも食べるのは食性が広いということにすぎない。一般的に、人間以外の動物は食性が狭い。つまり、普段の食性ゾーンからかけ離れたものには――興味を示すにしても――めったに口にしない。比較的食性が広いクマなどはドングリが少ない年には人里にやってきて、食べられそうなものなら手当たり次第に口にする。どちらかと言うと、好き嫌いのない人間に近い。しかし、食性が狭いサバンナの猛獣は、食べ慣れた獲物が少なくなると途端に危機に瀕する。

食べるものも食性だが、食べる方法も食性である。たとえば肉を食べる人の食性にはナイフとフォークがつきものだし、草を食べる象の食性には長い鼻がなくてはならない。小学生の頃にセキセイインコを飼っていた。家族で丸一日出掛けるので、餌入れに餌をたっぷり入れた。戻ってきたらつがい・・・で餓死していた。餌入れに餌は3分の1ほど残っていたし、鳥かごの底には餌がいっぱい落ちていた。その餌の層をベッドにしたような恰好で息絶えていた。セキセイインコのくちばしでは底に落ちた餌をついばめないのだ。

飲み放題付きのコース料理の忘年会。メインがラム肉だったが、ある女性が苦手と言い出した。別料金で彼女だけ牛肉ステーキに変更した。これに先立って、飲み放題に赤ワインが入っていなかったので、彼女はこれも別料金で注文していた。グルメの話をよくしていた人だが、食性が狭くて経験値に乏しい人の食談義は浅い。食性が狭いからと言って一方的に批判するつもりはないが、確実に言えることが一つある。「何でも食べるほうが安くつき、あれがダメこれがダメと好き嫌いが多いと高くつく」。

アドレスと場の情報

住所と立地、場所と景観、地域と歴史などについて、依頼されてコラムを書いている。一編をだいたい500600字でまとめる。ここ半月ばかり一日二編のペースだが、書くほどに〈場〉という概念が気になる。名称で示される場もそうだが、トポス的な〈ありか〉という意味についても考えさせられる。

都道府県、市区町村、丁目番地号などの名称と数字を見れば、〈ありか〉はピンポイントで判明するが、このアドレスからは場の特徴、周辺環境、さらには歴史的沿革やエピソードなどの情報はわからない。「わらび餅のうまい店がある」とか「自民党支持者が多い」などという情報は――もし知りたければ――アドレス以外の情報を調べるしかない。その気になれば、Googleだけでほぼ何でも検索でき、ほぼある程度のことがわかる。

「何を言ってる? 地名から由来がある程度わかるではないか」と言うむきもあるが、いやいや、地名からは生半可な類推しかできない。地名に「川」が含まれていても川があるとはかぎらないし、「江」が含まれていても海や湾が近くにあるとはかぎらない。「津」を含む地名は大昔が海だったというケースがほとんどで、今は海から遠く離れた高台にあって、津よりはむしろ丘と呼ぶにふさわしかったりする。


町名に「湯」を含んだまちに住んだことがあるが、湯は湧き出していなかった。銭湯はあったが、銭湯があるからと言っていちいち「湯」をつけるはずがない。そんなことをすれば、日本全国、「湯」のみならず、「酒」「米」「魚」のつく地名が溢れる。酒屋も米屋も魚屋もどこにでもあるのだから。今住む町には「泉」がつくが、あたりに泉は湧いておらず、泉の広場も見当たらない。但し、文献をひも解けば、一千年前までは泉が湧いていたなどという事実に突き当たる可能性はある。しかし、それはアドレスからわかる事実ではない。

家やマンションを買ったり借りたりする、あるいはどこかに旅してホテルやアパートに泊まる。住まいや行き先のアドレスは、だいたいではなく〈ありか〉がわかるように表記されていなければならない。しかし、実際のところ、ぼくたちの関心は、築何年とか間取りとかエクステリアの様子とかに始まり、大まかな〈場〉のステータスや評判、周辺環境やアクセスに至るまでの、アドレスにはない情報に向けられる。中心点としてのアドレスよりも周縁のほうが意味を持つ。歴史やエピソードは周縁的情報の類だ。

ところで、アドレスには、日本のように「県、市、区、町、丁目番地」と大概念から小概念へと降順的に並べる型と、アメリカのように「番地、町、市や群、州」と小概念から大概念へと昇順的に並べる型がある。前者には〈ありか〉の的を絞っていくプロセスが窺え、後者には〈ありか〉から始まってそれを定義していくプロセスが感じられる。今日のところはこれ以上深入りしないが、アイデンティティや帰属に対する考え方の違いだと思っている。

味覚の秋と料理の名前

日に45回受話器を取る。ディスプレイに表示される番号は0900800120で始まるものがほとんど。電話相手はテレワーク中の得意先担当者か、知り合いの営業マンか、身元不明の売り込みのいずれか。相手がテレワークだと仕事は予定通りに進まないし、どこの会社も訪問ができず電話セールスに頼っているようだが、成果が上がっているとは思えない。

旅行であれ食事であれ“Go to”で出掛けて、人が元気溌剌になり経済が回復しているようには見えず、おそらくリスクにピリピリしながらの旅であり食事なのではないか。味覚の秋、食欲の秋と言うけれど、今年は何をいただいても――ぼくに関する限り――小躍りするほどの感慨はなく、食べ方は地味で、楽しみも中くらいというところだ。それでも、週末にはなるべく出掛けて外食し、一人か身内だけでなじみの飲食店をささやかに応援している。


昨日の昼、ダイニングカフェで少々迷ってから鉄皿ナポリタンを注文した。具だくさんでお得感のある一品だったが、ソーシャルディスタンスに配慮した不自然な空席に落ち着かず、料理を前にしても味覚が即座に反応しない。飛沫の注意癖がついたせいでソースがはねるのを恐がりながら、頬張らずにそろりと口に運ぶ。フォークを操る動作が滑稽なほど慎重すぎるではないか。

イタリア料理店のテラス席でダイナミックにパスタを頬張った数年前の光景を思い出す。トマトソースがはねて思いっ切り白いシャツが滲んだ。不揃いの手打ち麺を使った「マッケローナ・トマトラグー・リコッタサラータ」のソース。具だくさんでは極太麺の値打ちがなくなる。これは、具ではなく、シンプルに麺に狙いを絞るパスタだ。とにかくトマトソースが均等によく絡む。食感は手打ち麺らしくもっちり。チーズにリコッタサラータを使うと南イタリア風になるから不思議である。

マッケローナ・トマトラグー・リコッタサラータは長い名前だ。よく似た材料を使えば料理の名前も必然似てくる。トッピングした食材を名前に足して差異化するのが一般的。炒飯にレタスを加えて「レタス炒飯」、あんをかけて「あんかけレタス炒飯」、エビを足して「あんかけエビ入りレタス炒飯」……どんどん長くなる。言うまでもなく、名前の長さとおいしさには因果関係はない。料理名の長さと美味が比例するなら、「じっくりコトコト煮込んだスープ」が一番うまいスープということになる。

ジビエの季節が近づいてきた。半月前に少し早めにマタギ料理の店に寄った。牛肉専門の店ならいちいち「牛肉の」などと言わなくてもいいが、猪、エゾ鹿、イノブタ、兎、鴨、熊、羊と多種類を使うから、そのつど肉の名と部位の名がつくので長い名前の料理メニューが並ぶ。赤ワインを合わせた前菜の一つが生肉料理だった。その名も「馬肉の赤身とコーネ、エゾ鹿肉、イノブタのなめろう」。