色彩、すなわち色の彩

ここ数年、「情報誌の編集技術」というテーマで研修をおこなう機会がある。文章の書き方、デザイン、紙面づくりなど、必要最小限の知っておくべき技法を網羅して講義する。講義だけでは十分理解できない話なので、プロジェクターを使って事例を見せる。

パワーポイントであらかじめ作成した色合いが、研修会場に設置されているプロジェクターで忠実に再現されないことがある。それで致命的なまでに困ることはないが、稀に部屋の明るさによって文字が見えづらくなることがある。今までで一番困ったのは、繊細に再現しないと意味を成さないカラーコーディネーションの見本を使った時だ。

再現性が悪く、キーワードとして掲げた「シック」「抑制」「味わい深さ」「円熟味」などがさほど感じられない色味になってしまった。思わず、自分のノートパソコンを持ち上げて画面を見せたが、後ろの席の受講生からはパソコンの画面は見えづらい。この一枚は消化不良のスライドになった。

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パソコンの色合いを精細に再現できるプロジェクターの開発に取り組む技術者の話題を、先日のテレビで見た。デジタル技術なのだが、工芸職人の手業てわざそのものである。恐ろしく手間暇がかかる色合わせの作業だった。徹底的に凝ろうと思えば、そんなプロジェクターを自ら携えて会場入りするしかない。

デジカメでもスマホのカメラでも実物と写真には誤差がある。誤差は思いのほかいい方向に出ることがあるが、赤が奇抜に出たり青の深みが足りなかったりというのは毎度である。色の素人だが、色の再現がいかに難しいかは想像できる。

「思うに、色彩の模倣こそ最も困難な問題である。なぜならそれは、賢い者をも欺いて、見せかけと本物とを間違えさせるからである」(エル・グレコ)

光学のスペシャリストだけの悩みではない。色彩の専門家である画家にとっても終生つきまとうテーマである。と言うわけで、今後も粛々とパワーポイントを作成していくことには変わらないが、色のあやまで深入りしない程度に講義内容を収めておくのが無難なようである。

理系と文系の話

「理系おもちゃ」なるものがあるのを先日テレビで知った。女子に理系への興味を持たせるためだそうである。

人を理系タイプと文系タイプに分類するのは学問体系的な視点であり、大学で学んだ人たちに多い発想だ。大学に入ってからは学科が枝分かれする。ややこしいので、理系と文系に大雑把に分ける。中高卒の人たちはめったにそんな話を持ち出さない。少年少女は理系・文系などと自分を型にはめることはめったにない。あるとしても、「宇宙飛行士になりたい」とか「ケーキ屋さんになりたい」と言うくらい。

動物、草花、空、家々……日々使う道具の類……時事的な諸問題……どこからどこまでが理系で文系なのか。そんな線引きは現実のどこにもなく、架空の概念にほかならない。「女子に理系への興味を持たせる」と言う時の、理系とはいったい何なのか。興味や行為の境界線はどこにあるのか。

希望する学問がいわゆる文系だとしても、本家理系よりも数学が得意というケースがある。工学部だがロボットに不案内の学生がいるし、小説好きの宇宙マニアがいる。医学部出身の小説家には森鴎外、安部公房、北杜夫らがいる(文学部出身の医者は聞いたことがないので、理は文を兼ねることができそうだ)。

ぼく自身、プロ棋士に将棋を教わって、定跡が数理的であることに気づかされた(それが証拠に、定跡を天文学的にデータ処理して学習するAIに対して、昨今一流のプロ棋士でも勝ち目がなくなった)。「棋理にかなう」ということばがあるように、〈9×9の桝目の盤上〉は理系的である。だからと言って、理系が必ずしも将棋に強くて詰将棋が作れるわけではない。人間どうしなら、盤外の駆け引きや所作も関係する。こちらは文系的かもしれないが……。

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論理学を指導していたことがある。論理学は理系なのか文系なのか。数日前から講談社ブルーバックスの『鳥! 驚異の知能』という本を読んでいるが、これを読んでいるからと言って、理系の証拠になるはずもない。公園で鳩と戯れて餌を与えているホームレスのおじいさんを文系と言って片づけることもできない。

一杯のコーヒーを淹れるのは生活習慣の一コマだが、本気を出して淹れようとすれば理系的知識への好奇心が欠かせない。豆の成分、焙煎の時間、挽き方、湯の温度など、より美味しく飲もうとすれば科学的でなければならない。しかし、パリの有名カフェでサルトルとボーヴォワールが論争を繰り広げた時は、文芸サロンに薫る飲み物として重宝された。

上記の『鳥……』と併読しているのが“ALL ABOUT COFFEE”コーヒーのすべてだ。ここには歴史、経済、文化、地理、技術、化学、工学のすべてが盛られている。帯文には「本書を読まずしてコーヒーを語るなかれ!」と書かれている。一杯のコーヒーに精通するためには文理両用であることが求められる。

票数と点数

ある種のコンペティションでは、審査員の採点の合計点数で最優秀を決める場合が多い。入札や評価型スポーツ(スキーのジャンプ、フィギュアスケート、体操など)は点数方式だ。スポーツの場合は個々の技術に関して細かな基準があるが、イベントや作品などのコンペでは審査員の主観的な評定に依存する。

審査員によって見方や点数の付け方は様々なので、1位と2位の採点が大差になる場合も僅差になる場合もある。全審査員の採点を単純に合計する方法では、たった一人の審査員が大差を付けてしまうと残りの審査員の採点がまったく反映されないことがある。このやり方を是正するために、採点結果から最高点と最低点を除外して合計点を算出する方法が採られる。

しかし、審査員が誰に投票するかという票数方式でもなく、また最高点・最低点除外という方式でもなく、単純に採点を合計して最高得点者を最優秀とするコンペが慣習的におこなわれている。5人の審査員によるABという二者コンペの採点結果をシミュレーションしてみよう。

審査員① A=90点 B=60
審査員② A=82点 B=85
審査員③ A=71点 B=80
審査員④ A=81点 B=83
審査員⑤ A=88点 B=89

単純合計すると、A=412点、B=397点となり、ABを上回る。審査員①の大差採点がかなりのウェイトを占めた結果だ。ちなみにABの最高点(それぞれ90点と89点)とABの最低点(それぞれ71点と60点)を除外した後の合計点は、A251点、B248点となり、これもABを上回る。ここでは除外のメリットが出ていない。いずれにせよ、票数では上記の赤色で示す通り、A1票に対し、B4票を獲得している。大差であろうと僅差であろうと、Bの方が審査員団に支持されていることになる。

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上記のような単純合計方式でおこなわれる審査を数十回依頼されてきたが、最高点・最低点除外方式に変えたとしても同じ結果になることが多い。したがって、上記のシミュレーションは例外的ではない。ただ、点数を合計してしまうと、個々の審査員の一票に託した意思は弱められる。自分の意思が合計点の中で掻き消され、極端な採点をした審査員一人の採点が結果に反映されてしまう。

と言うわけで、票数で決めたこともあるが、審査員数を偶数にしたため問題が起こった。4者コンペで2者に2票ずつというケースが生じたのである。協議しても誰も自分の1位氏名を譲らなかった。結局、全員が2位指名していた参入者で妥協せざるをえなかった。後味が悪かった。

議論を2者対抗でおこなうディベートの試合の勝敗判定は合理的である。審査員は3人、5人、7人などの奇数。審査用紙は様々な項目を点数評価するが、全員の採点を合計しない。各審査員の採点が大差であろうと僅差であろうと、各審査員は自分の採点で点数が上回ったサイドに1票を投じる。引き分け判定はなし。だから、必ず3票対0票、4票対1票、5票対2票という具合に勝敗が決着する。負けたサイドに投票しても、それは決して死に票にならない。点数と違って、票の痕跡が残るからである。自分が票を入れた側が勝とうが負けようが、潔く結果を受け入れることができるのである。合計点方式では、審査員①の存在によって「自分がいてもいなくても同じではないか」という空しさだけが残る。

スローフードの2月

コロナで明け暮れた2月。コロナの2月ではつまらないから、足早の2月をちょっと足早に振り返ってみる。

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節分の恵方巻は罪作り。どこかの方角に向かって巻き寿司を食らう。言われるまま、丸かぶりすると喉を詰めかねない。噛み切った断面は美しくなく、みつばだけがずるっと抜けて口元から垂れる。縁起がよくても美しくない。だからカットして上品にゆっくり食べる。

そんなふうに味わっても、売れ残った恵方巻は大量廃棄される。儲けようとして多めに作っては捨てる。早食いも過剰もよくない。不足気味のほうが健全である。何でも欲張らないのが本来の〈人間の格〉ではなかったか。

一人一本が恵方巻に贅沢感を付与する。そう言えば、板チョコは兄弟で分け合った。いつか一人で一枚を食べたいと思っていた。独り占めという願望と罪悪感。もし幼い頃に一本や一枚丸ごと手にしたら、黙々と、しかしガツガツと平らげた違いない。

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まったく話にならないのもあるが、一部のコンビニの100円コーヒーは侮れない。一部のビストロが提供するディナー後のコーヒーでは太刀打ちできない。コーヒー味のぬるいお湯なら一気飲みするしかない。前菜もメインも台無し。コンビニコーヒーのほうがゆっくり味わえる。

とは言え、うまいコンビニコーヒーにしても、紙の容器にプラスチックの蓋をするうちに喫茶店のスローな時間に及ばないことを感じる。古めかしい喫茶店の隅に座り、その店自慢のブレンドを注文する。「すする」とは言い得て妙である。ゆっくりの時間に浸ると、タイルの壁が古代ギリシア・ローマ色に見えてきたりする。しめて金450圓也。

コーヒー好きは蘊蓄する。蘊蓄などせずに一杯を堪能すればいいのに……。しかし、蘊蓄の語りは実は自分に向けられている。蘊蓄は蘊蓄者自身に気づきをもたらし、記憶を整理してくれる。聞かされる方は犠牲者かもしれないが、コーヒーをおごってもらえるという見返りのために耳を傾ける。

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イタリアで始まった〈スローフード〉。ドリンクも含む。「偽りがない、栄養がある、本物」が基本理念。早食いではこれが実感できないから、ゆっくり食べる。いろんな解釈が可能だが、好き嫌いをつべこべ言わず、なるべく旬のものをふつうに食べ、作り過ぎず残さずというふうにぼくは捉えている。そんな食事ができたスローフードの2月に感謝する。

都市との出合い

〈都市〉は多義語である。国によって多様な形成の背景がある。地方や山村の対義語だが、地方や山村に比べて人が多いからという理由だけで、都市と言えるわけではない。増田四郎によれば、「人数だけでは都市が成立している決定的な条件にはならない」(『都市』)。同著には「自分らでつくり上げた自治体」「市民、つまり都市の原理が国家の原理」などのキーセンテンスが出てくる。

「自分はこの国の国民だ」などと普段は思わない。国は見えない。見えない国でたみの一人であると感じることは稀だ。国民は抽象的な上位概念。ぼくたちは国民である前に、市民として日々暮らし働いている。都市では市民感覚が根を張っている。

10年前までよくヨーロッパへ旅していた。ぼくの旅は今住む都市から別の都市への移動だった。フランスに来た、イタリアに来た、スペインに来たなどという感覚ではなく、パリにいる、フィレンツェにいる、バルセロナにいるという感覚だった。旅とは国との出合いではなく、都市との――ひいてはその都市の人々や歴史との――出合いにほかならない。

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ホテルやアパートに泊まる。窓の外に目をやる。街歩きの前に、窓外の光景へのまなざしは欠かせない。都市に投宿すれば、美しい自然が窓外に広がることはない。承知の上だからそれを残念がることもない。広場の様子をじっと眺める。広場が見えなければ裏通りに視線を落とす。都市では建物が主役の趣がありそうだが、行き交う人々と歴史という遠景こそが絵図のテーマになる。

新しい都市と出合うたびに、自分のまちが対比される。見知らぬ都市の人々や歴史に触れるたびに、自分とまちの過去の残像が見えることがある。

「新しい都市まちに着くたびに、旅人はすでにあったことさえ忘れていた自分の過去をまた一つ再発見する。もはや自分ではなくなっている、あるいはもう自分の所有ではなくなっているものの違和感が、所有されざる異郷の土地の入口で旅人を待ち受けている。」(イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』)

旅で一番よく気づかされるもの、それは忘れてしまった自分とまちの過去である。このことは、自分のまちで旅人を受け入れる時にも当てはまる。ぼくのまちでは、大勢の外国人旅行者の〈不在〉によって、つい最近までの賑わいが遠い過去のように思い出され、架空の人の群れが想像の中で浮かび上がる。入口で旅人を待ち受けようとも、しばらくは待ちぼうけが続きそうな気配がある。

ディベート総決算

半世紀近くディベート教育に携わってきた。本業でもなく趣味でもなく。敢えて言えば、機会創出と普及活動。普及と言ってもたかが知れている。「ギリシア・ローマ時代から引き継がれてきた対話の手法があるので、一度は見たり経験してみたら?」という、ささやかな動機づけというところだろうか。

以前は、入門者のためにディベートを討論と位置づけていた。しかし、討論だとディスカッションや交渉との違いが鮮明にならないので、〈異種意見間交流〉という造語で説明したこともある(余計わかりづらくなった)。1990年代はちょっとしたブームになり、全国の講演や研修に招かれ報酬も手にした。本も書いたし、ディベート交流協会も立ち上げて定例活動もおこなった。残念ながら、今はディベート寒冷期に入っていると思われる。

世紀が変わってからは、討論ではなく、言語トレーニングの一方法として細々とプチ勉強会をしたり行政の研修に赴いたりしてきた。ある論題を巡って、賛成する側と反対する側を交互にロールプレイして議論するのがディベート。予期せぬ方向に議論が展開すると即興色が濃くなる。口頭でおこなうから、ことば遣いの精度は紙に書くよりもかなり低いのはやむをえない。先日実施されたディベート大会では、意味不明瞭な表現が飛び交い、たった一つのことばで議論の質が落ちる場面が少なくなかった。

阪神・淡路大震災25年メモリアル 〈防災・社会貢献ディベート大会〉のひとこま。

ある概念や思いを伝える表現オプションはいくらでもある。適切な用語を選んで明快に伝えるのはやさしくないが、表現の言い換えパラフレーズをいろいろ試みてようやくわかってくる。普段は自分の主張を述べるから、表現が変化しにくい。ところが、賛成と反対の両方の立場で議論するディベートでは、表現が多様化する。

ディベートはことばの可能性に気づく眺望点になりうる。社会には様々なテーマの是非や功罪がある。相反する概念を踏まえて論じれば、是と功のみ、非と罪のみを常套句で語るのと違って、斬新なことば遣いが生まれやすい。立証する時のことばと検証する時のことばが変わるのだ。ディベートの1試合や2試合の経験ではいかんともしがたいが、場数を踏むにつれ、ことばのセンシティビティが磨かれていく。

ものを書いたり読んだりしていれば、これが詭弁だ、あれは詭弁でないということがよくわかる。ところが、音声は消えるから、話したり聞いたりする時は、妥当な論理か屁理屈かを見分けにくくなる。ことばを現場の代理メディアとする議論では、実態とことばには誤差や筋違いの意味が生まれ、誇張や曲解がつきまとう。ことばはつねに詭弁と隣り合わせなのである。わかりにくいことばを言い換えようとした結果、詭弁に傾くこともある。実社会の論争では正義も悪も、ことばを使うかぎり、詭弁を免れない。

なお、『ディベート総決算』と題したのはほかでもない。聴衆の一人として観戦することはあっても、今後はディベートの指導・審査にピリオドを打つという意味である。

書き始めてからの話

200865日に最初のブログ記事を書いてから11年と約8ヵ月。おおむね3日に1回のペースの更新。先週1,499回に達し、今1,500回目となる記事を書こうとしている。

今日の記事の着地点はまだ見えていない。書き始めてからの話であり、書き終わってからでないと話にならない。節目の1,500回に何を書くかなどと気負うこともない。何かを書けば、それが1,500回目になるだけだと、案外行き当たりばったりである。

テーマがはっきり決まってから書くこともあるが、ほとんどの場合、気になる小さな事実やわずか一行のメッセージをきっかけにして冒頭の一行をひとまず書きおこす。今しがた歩いた足跡を振り返るように、書いては読み返す。ことばが何がしかの記憶を呼び覚ましてくれれば、その記憶を飛び石伝いにして書き進めていく。愉快に書こうとか、啓発的に書こうとか、文章を凝ろうなどと目論むことはほとんどない。ほぼ道なり。

小難しい話は、自分でも分かっていないことがあるから、右往左往したり迂回したりしながら、気づけばことば遣いも小難しくなっている。話題が軽めの方向に傾きかけると表現も軽くなる。自分の思惑以上に、記憶や素材の色や雰囲気が出る。自然に話がまとまって一安心することもあれば、着地しないまま不自然にペンをくこともある。

「ペンを擱く」と書いたが、実際にペンで文章をしたためる。文章は何度か読み直して推敲してからキーボードで打ち込む。フォントの体裁にしてからも文章を調整したり段落を組み換えたりする。こう書くとえらく大そうなことをしているようだが、そうでもない。時間をかけても才能以上の出来にはならないから、作業を切り上げてブログの公開ボタンをクリックする。

話のほとんどは書くにつれて決まってくるが、とにかく書き始めなければ話は始まらない。何を書くかではなく、書きながら話題を探す。そんな書き方と話題を決めてから書くのとではどんな違いがあるか。実は、自分でもよくわからない。いずれにせよ、書かないよりも書くほうが考えもはっきりするし、記憶もよみがえりやすいことだけは疑いようがない。

こんなふうにして、今日1,500回目に達しようとしている。自分のために書いてきて、よろしければご笑覧くださいというスタンスはずっと変わっていない。いつまで書き続けるのか、これまたわからない。どんな展開を経てどんな末尾で終わらせるのかと、書く前から案じてもしかたがない。最初の一文を始める意欲さえ失わなければ、これからも何とか続けられそうな予感がする。

「人があれもこれも成し得ると考える限り、何一つ成し得る決心はつかない」というスピノザのことばを思い出す。ブログ以外にしたいことはいろいろある。しかし、欲張ってもしかたがない。ここ十数年、仕事以外に途切れなく続けてきたのはこの〈オカノノート〉以外にない。せめて一つに絞って成し得ようとするなら、これしかない。

語句の断章(27)言及

第七版が手元にないので第六版で間に合わせて紐解く。『広辞苑』では【言及】を「(その事柄に)言い及ぼすこと」と定義している。「言及とは言い及ぼすこと」という記述は堂々たる同語反復トートロジー。「悪人は悪い人だ」という類に同じ。言及に言及していない。

パスカルはこういう定義はけしからんと言った。

「用語の定義にあたっては、十分に知られているかすでに説明されている(用語以外の)ことばだけを使うこと」

定義しようとしている用語“W”を、WまたはWの一部で説明してはいけない。【言及】の定義文に言及を使ってはいけないし、「言」や「及」も使ってはいけない。ちなみに、『新明解』は「段段に話を進めて行って、結局その事を話題にすること」と記述している。必ずしも明解ではないが、『広辞苑』よりは良心的だ。パスカルの法則を守ろうとした努力の跡が窺える。

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「言及の有無について」という一文を書いたことがある。「あることが言及されたことだけに当てはまり、言及されていないことには当てはまらないなどと都合よく考えてはいけない」という趣旨の話だった。たとえば次の文章。

「部屋にある金魚鉢で二匹の金魚が飼われている」

この文章の書き手は明らかに金魚に言及している。正しい観察であるなら、金魚は二匹である。だからと言って、「金魚鉢にはメダカはいない」と早とちりしてはいけない。この一文からわかることは、メダカがいたかいなかったではなく、書き手がメダカに言及していないということだけである。

何の確証もないのに、金魚鉢も一つだと決めつける(英語では一つか複数かはわかるが、日本語では明示しないことが多い)。金魚鉢も二つかもしれないが、書き手は一つの金魚鉢だけに言及した。その金魚鉢の形状や色などには言及せず、二匹の金魚だけに触れた。そういうことである。

「今、デスクの上には分厚い手帳がある」。こう言うぼくはデスクトップPCやキーボードに言及していない。目に入るもののすべてをことごとく一気に描写することなどできないのである。もっと言えば、デスクの上にないものなど無尽蔵に存在するのだから、いちいち「何々はない」などと言っている暇はない。

214日、午前11時現在、デスクの上にはバレンタインデーのチョコレートはない」。しかし、鞄の中に入っていないとは言っていないのである。

〈読み〉について

「読む」という、何の変哲もない、何度も使ってきた用語の意味をはたして読めて・・・いるだろうか。〈読み〉とは何と関わろうとする行為なのか? わかったようでよくわからない。一度たりともじっくり考えたことはない。

推測したことが的中することを「読みが当たる」と言い、的中しないと「読みが外れる」と言う。読みは「当たったり外れたりする」。

ある局面で見通しが楽観的に過ぎる時を「読みが甘い」と言い、見通しがよくて変化を感知できれば「読みが深い」と言う。読みは「甘くなったり深くなったりする」。

一直線で探ろうとすると「読みを誤り」かねない。だから、いろんな岐路でいろんな方向から「読みを重ねる」。読みは「誤る、誤らないためには重ねる」。

人は読みを当て、読みを外す。甘い読みに後悔し、深い読みに満足する。読みを慎重に重ねる一方で、単純に読みを誤ってしまう。本、空気、風、他人、場、状況、将来、心、思惑、作戦、手の内、時流、展開、関係、行間、意図、雲行き……すべてにおいて読みの精度を高めようとし、その難しさに苦渋しては読めない自分を嘆く。

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「いったい何を読もうとしているのか?」

ひとまず当面の対象を読もうとする。しかし、その先まで読んでいるのか。仮に読んでいるとしても、読んでどこに到ろうとしているのか。たとえば、程度はさておき、本は読める。しかし、本を読む行き先はどこなのか。あるいは、手の内を読んでどうしようというのか。その手の内は相手の手の内であって、自分の手の内ではない。相手の手の内への読みがなければ、自分の手の内の読みようがない。

「なぜ読もうとしているのか?」

対象を乗り越えるためではないか。乗り越え、克服し、対象が帰属している環境に適応しようとして読むのではないか。読むという、一見受動的な行為は、他の生物と同じように、人間にとっても環境適応のための積極的な生き様なのに違いない。

イタリア現代陶芸の巨匠、ニーノ・カルーソの造形展を鑑賞した。一切の予備知識を持たず、作品の解説もろくに読まずに作品だけを眺めた。途中から、これは「神話世界の再生ではないか」と感じ、そこに読みを入れてみたら、展覧会のテーマ〈記憶と空間の造形〉とつながった。しかし、まったく釈然としない。まだまだ環境適応を意識した読みになっていないのである。

寄贈本と思い出と

最近、故人の遺志により蔵書の一部、およそ200を寄贈していただいた。

初めての出会いは故人Y氏が47歳でぼくが35だった。当時ぼくは広報・販促の小さな会社のサラリーマン。Y氏は香川県に本社を置く大手企業の子会社の次長として親会社の広報を担われていた。ある企業を介しての縁だった。委託されたミッションは海外向けのアニュアルレポートの英文コピーライティングとエディトリアルデザインである。

気性は穏やかとは思えず、時折り苛立って少々ぶっきらぼうなことば遣いをする人だった。初対面ではぼくが信頼できるかどうか品定めしている様子だった。実力の程を試すような質問が本題の会話の随所に投げ掛けられた。若かったので体をかわすようなことはせず、自然流に答えようと努めた。任務は精度を落とさぬように慎重に執り行い、満足していただけた。

ぼくは翌年退職して起業した。「前の勤務先であの仕事を引き継げる人材はいない。今年もお願いしたい」と連絡があった。仕事の当てもなく起業したので、ありがたい話だった。以来、その案件以外に諸々の仕事を出していただき、お付き合いは十年以上になった。クライアントの都合や社会状況に応じて仕事の縁はやがて途切れるが、途切れてから――Y氏が現役を退かれてから――それまでの仕事関係をリセットして、新しい交際が始まった。

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たまたま香川で別件の仕事が発生し、毎年赴くようになった。連絡しては前泊日の昼や夜に会うようになった。最初出会った頃にぼくを値踏みするような口調やまなざしはすでに消え、早口ではあるが穏やかに物語る人に変わっていた。年に一回、会って何を話していたのかと言うと、本と読書のことばかり。談義は3時間、4時間と続いた。「岡野さん、シェークスピアはおもしろいねぇ……」と切り出すと、もう止まらない。シェークスピア講座に通っている話、DVD全巻で観劇した印象、ある作品の名場面の精細な描写……

シェークスピアが終われば小林秀雄、その次はドストエフスキーという調子。もちろん、Y氏が話し手でぼくが聞き手というわけではない。ぼくも最近読了した本の書評をする。「よくいろんなものを読んでいるなあ。おぬしの知見には感心する」などと褒めてくださる。「いやいや、読んだふりですよ。Yさんほどには熱心な読書人ではありません」と応じる。謙遜ではなく、本心からそう思っていた。なにしろ手に入れた本は一冊残らず完読されていたのだから。ぼくのなまくら読みとは次元が違う。

定年を機に、ビジネス本やハウツー本をすべて処分し、小説や詩、思想や哲学をのめり込むように、貪るように読んでおられた。ぼくの読書観がきっかけの一つになったとおっしゃったが過分のお褒めである。201712月、酸素吸入装置を引っ張ってホテルまで来られ、干物専門の居酒屋でほとんど箸をつけず、ちびちびワインを含みながら、本や近況の話を交わした。翌201812月の出張時は病状悪化で会うことはままならず。出張から帰った一週間後に訃報が届いた。

亡くなる3週間前に、力を振り絞ってしたためたような筆致の手紙をいただいた。「書籍の寄贈の件、後日、ジャンルにとらわれずセレクトして、僅かですが贈りたいと思っております……ご厚情に感謝するとともに、今回の欠席、お詫びいたします……今後もご交際のほどよろしくお願いします」。結局、その「今後」はなかった。

昨年12月、奥さまから連絡をいただいた。蔵書の寄贈のことが気になっていたが、一年間ぼんやりして何も手つかずだった、云々。まもなく一回忌というタイミングで自宅を訪問し、お言葉に甘えて読書談義に出てきた作者の本を選ばせていただいた。書棚五段分。オフィスの図書室で所蔵している。