習作した頃 #10

 本になった少年

 

 ある村に記憶力にすぐれた少年がいた。両親は十一歳だと言っていたが、長老によれば十歳だった。名前はテル。テルは村に起こった日々の出来事はもとより、村人全員の戸籍の諸々、村に伝わる故事、動植物の名前や生態などすべてを丸暗記していた。幼い頃から昔話が好きだったので、長老の所に出掛けて行っては一字一句間違うことなくすべて記憶し諳(そら)んじることができたという。
 テルの家は裕福ではなかった。それどころか、大工の父親は大工とは名ばかりの生来の怠け者だった。父親の放蕩三昧に耐えてきた母親は、純朴だけが取柄の、これといって目立ったところのない女だった。テルは村でただ一つしかない初級学校に籍を置いていたが、弟と妹の世話や小さな畑の手伝いに日々追われてほとんど通っていなかった。
 テルの家に本は一冊もなかった。両親はテルが学問に興味があることを承知していたが、父親はそのことを好ましく思っていなかった。暇さえあれば訳の分からないことを暗誦しているテルの姿を見て、父親はよく怒鳴ったものだ。
 「いい加減にしないか! そんなものはいくら覚えても飯の種にはならん。さっさと大工見習いでもやれ!」
 安物の強い酒をあおりながら父親は罵声を浴びせかけた。テルはその父親を見て悲しくなった。しかし、決して憎むことはなく反発もしなかった。叱られると、父親の大工道具の手入れや畑仕事に取り掛かった。そうしながらも、父親に聞かれぬように、長老に教わった話をつぶやいていた。
 テルは偉い人になりたいと思っていた。そのためにどうしても本が読みたかった。耳から覚えるばかりだから、自分で文字を読んで覚えてみたいと思っていた。
 (ああ、本が欲しい。ぼくのこの目で字を読みたい)
 知識への興味はつのるばかりだった。

 ある日のこと。母親の用事で隣りの町に使いに行くことになった。何度か行き来したことのある単調な光景が続く一本道である。往復だけで半日もかかる道のりで、十歳そこそこの少年にはきついはずだったが、テルの目にはいつもあらゆるものが珍しく映っていた。小金持ちの主人宅で用事を終えて帰ろうとしたテルに、主人は駄賃として10エルシス硬貨を二枚くれた。小遣いなどほとんどもらったことのないテルに硬貨は輝いて見えた。
 「いいかい、テル。お前が正直者だということは知っている。だけどな、親父には一枚だけ渡せばよい。もう一枚は内緒だ。お前の好きなものを町で買って帰ればいいぞ」と主人は言った。
 きちんと礼を言ってテルは往来に出た。10エルシスで母親に生地を、弟と妹に菓子を買って帰ろうと思った。いつも用事が終わるとまっしぐらに村へ帰るテルだが、まだ日が高いので、町の知らない場所をほんの少し歩いてみることにした。村とは違っていろんな店が立ち並んでいる。ふと、本屋の看板が目に入った。恐いものに近づくようにしてテルは本屋の店先に立ち、中を覗き込んだ。二枚の10エルシス硬貨の輝き以上にまぶしい光景だった。知恵の泉が湧いているように思えた。
 (本だぁ。本がいっぱいあるぞ!)
 テルは我を忘れていた。店に引き込まれ貪るように背表紙に触り始めた。薄汚れた小さな丸い手で一冊の本を引っ張り出してページをめくる。アルファベットは読めたし直感で単語も理解できたが、なにしろ適当に選んだ本だから知らない言葉だらけだった。しかし、いま本を手にしている喜びは至上のものであった。
 その本を元に戻し、テルは他の本の背表紙を追った。高い位置に置かれていた一冊の本に目が止まり、その本を背伸びして手に取り、夢中になって読みふけった。十分に意味がわかるはずもなかったが、もし店主が声を掛けなかったら日暮れまで読み続けたに違いない。
 「坊主、えらく気に入ったようだな」と店主が言った。
 テルは立ち読みを咎められるのではないかと身構えた。それでも、その本を元に戻せない。本の重みがずっしりと手に伝わってくる。その本を買って帰り、父親に隠れて読んでいる姿さえ浮かんできた。
 「この本が欲しいんだけど、これはいくら?」とテルは尋ねた。ポケットに手を入れ10エルシス硬貨が二枚あるのを確かめた。
 白髪頭の店主は眼鏡を外してテルが差し出した本を見て言った。
 「ほほう、まだ10歳かそこらなのに大したもんだ。でもなあ、この本は少年には無理だ。あと5、6年経たないとわからんだろうな。ちょっと待ちなさい」
 そう言うと、店主は椅子から立ち上がり奥の書棚の方へ歩き始めた。テルは店主の背中に向かって叫んだ。
 「これがいい! これが読みたいんだから!」
 テルの必死の声と真剣な目つきに店主は苦笑いをした。しかたがないかという表情を浮かべた。
 「そうかい。お前さん、いい心意気だ。名前は何と言う?」と言って椅子に座り直した。
 「テル。テルだよ」とテルは告げた。
 「それはそうと、テル、この本はお前さんの小遣いじゃ買えんだろう」と店主は言った。
 「大丈夫さ。お金はあるから」とテルは胸を張った。
 「そうか。25エルシスだが、20にしてあげよう」と店主は言った。
 「20!? それは……」と言いかけたテルに、店主が「ほらね、この本は値が張るんだから」とつぶやいた。
 「20は無理だよ。20は持ってるけど、10しか使えないから」とテルはみるみるうちに悲しい表情になった。
 「いいかい、テル、10だとあっしに儲けはないよ……」
 店主はそう言いながら、今にも泣き出しそうなテルの落胆ぶりを見逃さなかった。
 ひっそりとした本屋の中で店主とテルが黙ったまま向き合っている光景は、往来から眺めるとちょっと奇妙な巡り合わせに見えただろう。テルはポケットの中の10エルシス硬貨を汗ばんだ手で握りしめながら言葉を失い、店主はどうしたものかと思案して黙るしかなかった。やがて店主は自分に向かってつぶやくように静かな口調で話し始めた。
 「テル、いいだろう、10だけ置いて行きな。この本はお前さんのものだ。さあ、いいから……。だけどな、本というのは見てくれや拾い読みするだけじゃわかるもんじゃない。どこで手に入れた金か知らないが、お前さんの思うほどためにならんかもしれん。むだ遣いになるかもしれん。持って帰って何日もかけて読めばいい。気に入らなければついでの時に返しにきなさい。その時には10エルシスも返してあげよう。もし気に入ったら、残りの10をあっしにめぐんでやってくれや」
 テルは何度も礼を言った。大きな声でありがとうを繰り返した。
 日暮れまでに帰らないと母親が心配する。テルは一目散に一本道を脇目もふらずに走った。生地のことも菓子のことも忘れていた。生地と菓子の代わりになった本を大事そうに小脇に抱えて、テルは駆けた。

 大工道具の手入れと畑仕事は相変わらず毎日の日課だった。ほんのちょっとした合間を見つけてテルはこっそりと本を読んだ。隅から隅まで何度も読んだ。知らない言葉は長老に教えてもらった。読まない時は本を納屋に隠していた。駄賃の残りの10エルシスを渡してからは父親は機嫌を損ねることは少なくなったが、万が一本を見つけられたら、ひどいことになるとテルは恐れていた。
 十日ほど過ぎた頃にはテルは本に書いてあることはすべて覚え諳んじることができた。テルの暗唱ぶりに感心した長老はご褒美に5エルシスの小遣いをくれた。この5エルシスとこれまで自分でこつこと貯めた5エルシスで10になる。テルは隣り町に行くことにした。母親に隣り町に使いに行く用事がないか尋ねた。うまい具合に、母親はテルに用事を頼もうと思っていた矢先だった。テルはポケットに二枚の5エルシス硬貨を入れ、本を大切に小脇に抱えて出掛けていった。
 本屋に入ると本の匂いがした。テルはこの前と同じように心の昂ぶりを覚えた。
「おじさん、ぼくだよ、覚えてる?」とテルは店主に声を掛け、「約束した10エルシスを持ってきたよ」と誇らしげに言った。
 店主は笑顔もなく、ただ眼鏡の奥のやさしい眼差しだけを光らせた。テルは息を飲んだ。しばらくして、店主は脇に抱えた本に目をやり口元をほころばせて言った。
 「たしかテルだったかな……。お前さん、その本を全部読んだのかい? おもしろかったかい?」
 「全部読んで、全部覚えたよ」とテルは口を一文字にして胸を張った。
 「全部覚えた……。そうか、なんて賢い子なんだ、お前さんは。たまげた」と店主はつぶやいた。そして、続けた。
 「それなら、もうその本はお役御免だな。すべて覚えて暗唱できるんなら、もう本などなくてもいいだろう。頭の中に本が入ってしまったんだからな」
 そう言うと、店主は引き出しから10エルシスを取り出して、テルの手に握らせた。
 「この前にお前さんが払った10だ。今持ってきた10は受け取らない。その代わり、すっかり覚えてしまったその本を置いていきな」と店主は言った。本を受け取った店主は背後の書棚に向かい、一冊の本を取り出して埃をぬぐった。
 「お前さんにはたまげたよ。うんと本を読めばいい。この本を持っていきなさい。また覚えたら返しにくればいい」と店主は言った。
 テルは目を輝かせて本を受け取った。「読んでいいの?」としか言えなかった。その本をしっかり小脇に抱えて踊り跳ねるように帰って行った。母親の用事のことは忘れてしまっていた。
帰り道、テルは「頭の中に本が入った、頭の中に本が入った」と何度もつぶやいた。

 テルのこんな日々はその後何年も続いた。店主は代金を受け取らずにテルに本をあてがい続けた。テルはすっかり大きくなっていた。読んだ本は百冊に達しただろう。そのすべてを覚えていた。十歳の頃に読んだ本さえも一字一句間違いなく暗唱できた。文字通り百冊の本が頭の中に入ったのである。
本になった青年
 本を読み耽った数年間、テルは家族以外の誰ともほとんど会話をすることがなかった。テルの少年期の日々は本とともにあった。世間から離れ本の中に閉じこもっていた。テルの世界は本そのものであった。もちろん誰の目にもテルは人間の姿に見えていたが、すでにテルは人間ではなかった。世間をまったく知らない、考えることのできない本そのものと化していた。

岡野勝志 作 〈1970年代の短編習作帖より〉

習作した頃 #9

  記憶の断片

 

想い出したくないが、つい想い出してしまう《こと》がある。惚(とぼ)けようとする記憶を嘲笑いながら、それは現れる。

想い出そうとして麗(うるわ)しげに想い出せる《こと》は意外にも無機的である。その《こと》の自覚の内に生まれる感情の機微はマンネリズムだ。

想い出すことができず、また、想い出せない対象にもなりえぬ《こと》は未だ知りえぬ《こと》かもしれない。

想い出そうとして想い出せない《こと》があり、その《こと》はもどかしさを刺激しながら、嗤(わら)う、逃げる、消える。

記憶の断片

疲弊の粒が身体のあちこちで犇(ひし)めき合っていた。
いずれ擦り砕かれて乾いた粉になり、路地を通り抜けるのが精一杯の微風によって吹き飛ばされるに違いなかった。
それでも、アスファルトの割れ目にのめり込みそうな空虚な重量感が何となく愛おしかった。

別に走り通してきたわけではない。
よそ見をしたりふざけたりぼんやりしたりして遊歩してきたのだから、感傷的になる理由はなかった。
真夜中でもない限り、歩いた道は歩いて引き返せばいい。
それどころか、おさらいをしながら、時折り知ったかぶりの表情を露わにして帰り道を辿ることもできるだろう。

視界を遮る異物はどれもこれもが親しみのある顔をしていた。
怪しげなほど包容力が漲っていて、知らず知らずのうちに吸い寄せられていくようだった。
閉ざされた視界のなかで想像力が掻き立てられ、異物で遮断されている光景が紙風船のようにぎこちなく膨らんで競り上がってきた。
おそらく何百回もさまよい佇んだ街……記憶箱の扉が擦り切れるほどせっせと運び入れた無数の夕暮れ……あと一つくらい付け足してもどうということはない。

薄い闇色の空と国道の地表が混ざり合い、その中を夥(おびただ)しい灯りが浮き沈みしながら重なり、また離れる。
わずかな隙間を縫ってヘッドライトの鋭角な光が疾走する。建物群が翳り始める。
せわしげに警笛が弾む。許された空間を奪い、貪るように車体が余白を埋めていく。
あらゆるものが縺(もつ)れる、解(ほど)ける、そしてまた縺れる、解ける……神経を切り刻むような緻密な変化と律動に暗示をかけられて、足の動きは加速を得たらしかった。

不意を突いてメトロのポケットから雪崩れるように人の波がはみ出してきた。
水の中にインクを一滴たらしたように滲み広がっていく。
不思議であり神秘的でさえある。
この国道の下をメトロが走っている。
メトロは秩序の象徴そのものだ。
真面目くさった表情をして地下で機能しているのは驚嘆に値する。

地上では、舗道や信号機や様々の装置を駆使して必死に人間と車輛の動きを制御しようとしている。
躍起になればなるほど気紛(きまぐ)れが背反行為をもたらす。
誰もがわずかな隙を狙って付け入る隙ありと目論んでいる。

地下では大小様々の付属の空間が、ある時は通路の役目を果たし、またある時には待合所に化けてみたりする。だが、朝夕の混沌をものの見事に捌いて機能不全に到らせない。
まるでけもの道が了解されているかのように、人が行き交う。
見事な調和を繰り広げながら、人が脈々と行き交う。
だが、つねに危殆(きたい)に瀕している存在であることを人は忘れてしまった。
砕けて断片になった記憶は想い出す力を失っている。

……
上から下から

おまえを支える絆の糸が
落ちてくるのを聞くがよい
(アポリネール「雨がふる」)

岡野勝志 作 〈1970年代の習作帖より〉

習作した頃 #8

 四行連詩 《内と外》

きみがきみの存在を知ったのはいつだったか
きみの存在がきみを知るずっと後のことだった
貝の身が殻の存在を心得ているからといって
包んでいる中身を殻が知っているとはかぎらない

怠惰はおそらくきみを知り尽くしていた
きみという安住の殻にさえ守られていれば
分裂と合成を繰り返して生き延びられるということを
きみが怠惰の存在に気づく前に怠惰は知っていた

夢はきみによって求められていることを知っている
夢はそのうえで逃げ回りあるいは現れる
未熟なきみはつい最近になって初めて知った
夢が蠢きながらきみの内にあるということを

林檎の実はそれを包んでいる皮のことを知っている
熟し始めると実が鮮やかに色づくことも知っている
けれども林檎の皮が甘い実の味を知っているとはかぎらない
皮であることを知らない皮に実の正体がわかるはずもない

きみたちはきみたちの回りに世界があることを知っている
渺茫びょうぼうたる世界の移ろいの内にきみたちはいる
けれども世界がきみたちを必要としている確証はない
それどころか世界はきみたちの存在にさえ気づいていない

内と外


《1970年代の習作ノートから》

習作した頃 #7

 そこにある顔

 

 ぼくの手元の辞書には、見出しとその語釈がこんなふうに書かれていた。

 げんそう【幻想】 非現実的なことをあたかも夢のように心に抱くこと。
 きのう【機能】 目的に応じてある働きを発揮すること。

 ¶

 「幻想的だ」と彼が言った。
 「やっぱりそう形容すべきなのかね」とぼくが応じた。
 平然とそう応じたけれど、アルファベットをZからAへと逆に辿るみたいに混乱していた。あるいは、不慣れな方程式の解をとっさにでっち上げるような感じだった。正直なところ、ぼくには彼の言う「幻想的」という意味がよく呑み込めなかったのである。
 「きみの言う幻想には機能が含まれているのかい?」
 ちょっと間の抜けた問いであることはわかっていた。瞬時に真意や本質を摑めないときによくやる、時間稼ぎの問いというやつだ。それを投げ掛けた。
 「機能は結果さ。幻想を感じる者の目の置き方次第というわけ。つまり、幻想の解釈の仕方で機能が決まるのだよ」
さすがだと思った。彼のこの説明は薄明りの中に焦点を結んでくれた。何となく彼の意味していることがわかりかけてきた。そんな気がしたのである。

☑顔 ぼくたちの目の前にはガラスを隔てて顔がある。ずいぶん前から知る人ぞ知る、かなり有名な顔である。
 その顔は間違いなく生きている顔なのだが、当局の厳重な監視が行き届いていて、触れることはできない。触れるどころか、眺めるだけでも大変なことなのだ。ガラスの向こうのそこにある顔を見るには一年前から予約が必要だ。鑑賞するには――鑑賞と言うべきなんだろうか、観賞なんだろうか、拝観と呼んでいる人もいるようだが――世界一級のオペラ楽団の最上級席のチケットに相当する予約金を支払わねばならない。ぼくは二度目で、彼は今回が初めてだった。
 前回の鑑賞直後に、そこにある顔の印象を、ごく直感的ではあるけれど、できるかぎり詳細に彼に説明したのを覚えている。

 《顔はね、全体に乾いた土のような感じだよ。時折赤茶けた鼻と唇がぴくぴくと動くんだ。数えたらきりがないほどの皺が深くくっきりと刻まれている。古新聞をくしゃくしゃに丸め黄土色の絵の具を塗りたくり、何日も直射日光に晒したような形さ。髪は十種類くらいの色で毛染めされていて、今にも抜け落ちそうなんだけど、ぱさぱさと不揃いに両眼と両耳を覆っている。その眼はいつも光っていて、見る角度によっては、赤い三角形になったり、緑色の線になったり、青い円になったりする。耳は眼の位置よりも高い所にくっついていて、軽く押しつぶされたマッチ箱みたいなんだ》

 「おおよそきみの描いた通りだな。非常に幻想的だよ」と彼は言った。
 ぼくたちはもう十五分以上も顔をじっと見つめている。嫌と言うほど見つめているが、顔は大きな変化を示さないし、示す兆候も現わさない。部分的には皮膚が息をつくように膨れたり鼻が微かに動いたりするのだが、首は決して動かない。
 「幻想的だよ。まったく。でも機能的じゃないから、単純な幻想だ。それはそうと、後頭部も見たいものだね」とぼくは言った。
 ぼくの話が耳に入っていないのだろうか、彼はまるで絵を描く時によくやる、親指や人差し指で構図を取っている。
 「この顔は不精なんだろうね。ここに置いておくには適材じゃないね。したがって、ぼくらのいるここも適所じゃない」と独り言のようにぼくはつぶやいた。
 彼はまだ黙っていた。ぼくの言っていることをあまり聞いていないなと思った瞬間、
 「ぼくはきみと違って、こいつは幻想的かつ機能的だと思うんだ。なぜそう思うか、理由を聞きたいかい?」と彼は口を開いた。
 「ぜひ。鑑賞時間も余すところあと五分だし、早足でお願いするよ」とぼくは応じた。

 《きみの話を聞き、きみに誘われて、今日ぼくはきみに同伴したのだけれど、正直言って、期待以上の顔だった。内心、半端じゃないほど感動もしたよ。ところで、この顔は幻想的だ。なぜなら、強制的に配置されていてもなおかつ機能的だから。振り向くのが面倒だからと言って後頭部に顔を据え付けることができないように、一般的には機能と配置の関係においては配置が優先するもんなんだよ。きみは適材適所というふうに言ったけれど、適材を適所に配置するのは不可能だ。適材適所はもともと機能優先の考え方であり、実際のところ、配置がおこなわれた瞬間、機能は何らかの麻痺状態に陥ってしまうものだからね。それに……》

 彼はまだ喋り残しているようだったが、係員の時間切れの合図で話すのをやめた。若干残念そうな素振りを見せたが、ぼくはさほどでもなかった。むしろ少しうんざりし始めていた。
 出口に向かって動き始める直前に見納めの視線を顔に投げた。その時、そこにある顔がいきなり振り向いた。そう、確かに振り向いた。そこにある顔が、まったく変わりのないそこにある顔をこちらに向けた。
 「見たかい?」とぼくは彼に言った。興奮はしていたが、声は震えていなかった。
 「振り向いても振り向かなくても同じなんだ。あの顔は窮屈な状況を強制されているにもかかわらず、機能という点では完璧さ。幻想的だよ、まったく」と彼は静かにつぶやいた。
 係員がしかめっ面をして退出するように再び促した。ぼくたちはその場を去って出入り口に向かった。そこには入場を待つ次のグループが列をつくっていた。
 その後、顔はますます評判になった。しかし、なおも、彼が言うところの幻想的であり機能的であり続けたのだろう。ぼくたちはもう鑑賞予約をするつもりはなかったし、事実しなかった。その代わりに、ぼくと彼は会うたびに顔のことを話題にしてはあり余る時間を潰したのである。

 一つ付け加えておかなければならないことがある。ぼくはその後の彼との対話で調子よく話を合わせていたが、実は幻想についても機能についても実はあまりよくわからなくなっていた。それで、あの愛用の辞書の該当箇所に取り消し線を引いた。こんなふうに。

 げんそう【幻想】 非現実的なことをあたかも夢のように心に抱くこと。
 きのう【機能】 目的に応じてある働きを発揮すること。

 そして、別の見出しの語釈に取り消し線を引き、新たに書き加えた。

 かお【顔】 個を認識するための重要な役割を担う、目・口・鼻のある面(つら)。
        → 幻想的かつ機能的な一個の表象。


岡野勝志 作 〈1970年代の短編習作帖より〉

習作した頃 #6

寸前のインタビュー

 

直前のインタビュー そこは小さな病院の待合室だった。彼の前には数人の患者がいる。あいにく時間潰しの自前の材料を用意してこなかった。マガジンラックから適当に一冊の小冊子を手に取る。なぜこんな小冊子がここにあるのか不思議に思った。適当にめくったページにインタビュー記事らしきものを見つけた。「生き残りについて」という見出しに次ぐ本文は、導入文もなくいきなり記者の質問から始まっている。

 聞き手  「生き残ることの難しさに比べれば、死ぬくじを引き当てるのはとても簡単である」という説があります。 何ヵ月も死に喘ぎながら砂漠を横断し、ついに辿り着いたオアシスでサバイバルの喜びを噛みしめる。手にしたグラス一杯の水。口に含めば甘露の味わい。そのうまさを貪るように飲み干そうとした瞬間、水が勢い余って舌の上を一気に滑って誤嚥。生命力の強さと隣り合わせの関係にあるあっけない死。A教授、生と死について、いかがお考えですか?

 A教授  たしかにそうだね。生き残ることは難しく死ぬことはやさしいというのは正しい説だと思うよ。わたし自身が数年前に加害者の立場でそれに近い経験をしたんだから。

 聞き手  加害者? 興味津々です。その経験、よろしければぜひお聞かせいただきたいです。

 A教授  いいとも。あれはたしか十月のことだったように思う。床に就く半時間ほど前までは心地よい気温だったんだが、布団にもぐると同時に秋風が止んだ。月も変わって夜気は冷たくなってはいたけれど、九月と十月は半世紀ぶりの異常気象とかでね。猛烈な熱気の余燼が部屋の隅々にまで充満していて、カーテンも本棚も、机も椅子も、枕元の電気スタンドも灰皿も、メモ帳も万年筆も、すべてが焼け跡から掘り出されたばかりのように余熱を発散していた。
わたしはね、翌日の大学院ゼミ用に講義のメモを取っていたんだ。『戦場における生死境界理論の実証的研究のための比較予備基礎論』というような講義内容でね。いや、うろ覚えで怪しいけれど、まあ、そんな感じの名前だった。 突然、一匹の蚊がメモに集中しているわたしを目がけて攻撃してきた。いや、大した奴じゃないがね、耳元でうるさくされるのには閉口したよ。布団に入ってうつむいていたが、さすがに耐えられなくなってね、身体をひねってあおむけになった。うつむいていたわたしをあおむけにしたんだから、そのテクニックは認めざるをえない。
「きみ、礼儀をわきまえたまえ」とその蚊に言ってやった。そして、礼儀さえわきまえれば、きみの言い分を聞いてやってもいいと付け足した。すると、その蚊はブーンと唸りながら語り始めたんだ。 ……八月の酷暑を無事乗り越えて、閉じたままの戸棚へ隙間から入り込み、奥のほうでじっと身を潜めていました。並大抵の辛抱ではありませんでした。戸棚の戸が夕方に開いたので出てきました。ある種の生き残り兵です……。 驚いたね。奴、胸を張っているんだからね。でも、わたしにとってはどうでもいいことでね。そうだろ、講義の準備で頭が一杯だったし、それにとても疲れていたから。
実を言うと、わたしは記憶力があまり良くないんだ。記憶が悪いというのがどんな感じかわかるかね。脳の襞が粗めの紙やすりみたいにざらついていて情報の引っ掛かりが悪いなどと世間では言われているが、そうではない。記憶の悪さというのは、ぷつんと糸が切れるような感触が断続的に生じるのだよ。 いま思い起こすと、その時も床に就いてからどこかの時点で記憶の糸が何本も切れていたに違いない。
蚊が語り始める何分か何十秒か前のわたしは、たぶん講義の準備に疲れていた上に秋風がふいに止んだので夢うつつとなっていた。 それで結論なんだが、蚊の言い分を聞いた後、わたしは両腕をこうして広げて、いや、このくらい (注1) かな、とにかく腕を広げて、顔面上を低空飛行する、並大抵でない苦労を背負ったその生き残り兵をぴしゃりと力一杯にやったんだ。墜落したかどうか定かじゃなかった。ただ、左手の中指の付け根あたりに昆虫の足のようなものがくっついていたから、おそらく、少なくとも負傷させることができたと思っている。それから……

 聞き手  その蚊がどうなったのか、気にならなかったのですか?

 A教授  気にならなかったかって? べつに……。むしろ、なぜ気にしなきゃいけないか聞きたいくらいだね。いいかい、生き抜いてきた事実を誇った奴の現在が、死んだ状態であろうと生きている状態であろうとあまり関係ないんじゃないかな。気になるなら、それこそきみが冒頭で引用した説に救いを求めるしかない。曰く、「生き残ることの難しさに比べれば、死ぬくじを引き当てるのはとても簡単である」。(注2) 

(注1) A教授は最初広げた幅よりも20センチくらい狭めた。
(注2) このインタビューはA教授がドラッグストアで殺虫剤スプレーを購入する直前におこなわれたものである。

 唐突な終わり方だなあと彼は気になった。マガジンラックにこの一冊を戻すついでに、続く号数を探してみた。そして、それが見つかった時、彼は口元が緩むのを自覚した。まったく同じ体裁のインタビュー記事があり、そこには「無作為抽出」という見出しがあった。

 聞き手  蚊は生き残ろうとし、生き残ったことで存在を全うした、しかし、その行末が生の延長であろうと死という帰結であろうと大した問題ではない、というのがA教授の見解でした。さて、評論家のBさんにお伺いしたいのは、A教授に語りかけた蚊の辿った道についてどう考察されるかということです。いかがでしょうか?

 評論家B まず、ぼくから問題提起をしたいと思います。電灯に群がる蚊を両手でやる時に人が選ぶだろうか? ということです。これはあくまでも推測ですが、A教授の一件が起こった時には枕元の電気スタンドが点いていたはずです。蚊にとっては何がしかの動機があったというよりも、一種の本性的行動だったはずです。
ところで、蚊は一般的には血生臭さを連想させる害虫とされていますね。ごく少数の一部の人たちを除いて、蚊を愛玩昆虫として飼うことはないわけです。蚊は害虫であるがゆえに、両手や殺虫剤でやる時に、やる順番はあまり関係ないでしょう。蚊であればやられるに足る資格を有しているんですから。やられた蚊からすれば選ばれたということになりますが、やった人間側――この場合はA教授――からすれば、選ぶなどという気も余裕もなく、作為もなく任意に抽出したというしかありません。
だってそうでしょう。このインタビューにしてもね、ぼくは今から選挙キャンペーンの街頭インタビューに出掛けるところだったのですが、あなたが突然マイクを突き出してきて、ぼくが逆にインタビューされている。あなたの疑問文らしき発言があって、立ち止めを食ったぼくは驚いた表情も見せずに、まるでこっそりと用意していた文章があるかのように答えています。もっとも、ぼくは選ばれるということに慣れっこですから平然と受け答えできているのでしょう。一般の方ならとてもこういう具合にはいかないはずです。 自分の身の上にいつ降りかかるかもしれない無作為抽出のことを考えると、不安に襲われてうかうかと街に出れなくなったりする。哲学的に言えばですね、生も死も――俯瞰している側からすればね――どっちに転ぼうと無作為抽出にほかならないわけなのです。

 インタビュー記事はここで終わっているわけではない。しかし、診療窓口で名前が呼ばれた。彼は小冊子を閉じてマガジンラックに戻した。別につまらないともおもしろいとも思って読んでいたわけではない。それでも、彼はほんのわずかな未練を残しながら、診療室のドアをノックした。 待合室に戻った彼は、小冊子の続きを読むどころか、小冊子を読んでいたことすらすっかり忘れていた。病状の経過を医師に告げられて落ち込んでいたのだった。

岡野勝志 作 〈1970年代の短編習作帖より〉

習作した頃 #5

断章的創作ノートⅠ

 

 彼はアスファルトの割れ目に自由な時間を探していた。群れの色で塗り潰された時間に自分の色が入り込む余地はなかった。彼の領域内で一分一秒ですら消化するのはもはや不可能だった。群れがこのことを特に意図したわけではない。彼にとっては知らず知らずのうちの脱色化だったのである。

仕掛けられた罠だけが陥穽とは限らない。
色が褪せるのは人為によるだけではない。


伝書鳩 伝書鳩の帰巣性のような秩序が必要だからと言って、ぼくたちにそれを押し付けるのはどうなんだろう。人間がいつまでも動物としての帰巣性に執着しなければならないなんて、ちょっぴり怪しい気がする。

  善悪を抜きにしよう。人間がやっとこさここまで来れたのは、たぶん帰巣性に抵抗したからなんだ。帰巣性に逆らいはしたけれど、帰巣性を全否定せずに模擬秩序の束縛的ルールの外へひたすら逃げようとしたのさ。ただ、そのようなささやかな良識を表現し行為したのは少数派だった。ほとんどの人間はそうしなかった。それでも、少数派の良識が発揮されなかったら、今の世の中はもっと惨めになっていたはずだ。

 王様が「おれは王様だぞ!」と明けても暮れても叫んでいる。そんなこと、何度も言われなくても、暗黙のうちに王様の存在を感じていると言うのに……。

 きみもまるで王様みたいだ。自分を語ることになぜきみはこうも熱心なんだろう。もういいじゃないか、きみはきみなのだから。どんなきみなのか、あまりよく知らないけどね。


 真理を語ろうとする人間の回りに小さな嘘つきが何人かいたら……。
小さな嘘の背後には、まるで真理のように燦然と輝く大きな嘘がある。

 結末がストーリーの最終部分を占める必要などない。終幕に全エネルギーを注ぐためにいたずらに紙数を埋め合わせるのでもなければ、爆発を楽しむために導火線に火を点けるわけでもない。

 一頁ごとに丹精を尽くすべきであって、つねに磁場へと向かう針先を揃え並べておくことに意味を見い出すべきだろう。一定の方位を向いた針を繋ぎ合わせてみれば、その結果としてテーマが浮かび上がるというわけだ。クライマックスだけを書くのなら、別段物語性の形式に依存しなくてもいい。短詩でも断片メモでも何だっていいのである。

《1970年代創作ノートからの抜き書き》

習作した頃 #4

  占拠

 

 深夜、物音に気づいた。機械の擦れ合うような音だった。時折り小さな部品を勢いよくぶつけ合っているような音が紛れ込む。その音がひときわ強く聴覚を刺激した。
まず「軽量の金属製品を町内の誰かが運んでいるのだろう」と推理した。しばらくして、その推理が気配と食い違っているように感じたので、夜逃げだろうか? と推理した。いや、馬鹿げている。突拍子もない思い巡らしに苦笑してしまった。もしかすると、泥棒か? とすると、ちょっと厄介だと思ったが、とっさに身を起そうとしない自分に不条理なまでに安堵している。察するほど危険が迫っていないことを自身の落ち着きぶりが証しているかのようだ。
時計は零時四十三分を示していた。こんな時刻に何事かと怪訝に思うばかりで、頭も気持ちも冷めていた。もし泥棒の仕業ならこの時刻の営みは常識的だろうが、音を立てるのは未熟者に違いないと思ったりした。
占拠 形のない空想が頭をよぎり始める。焦点の定まらぬ視線の先には影すら見えない。ただ音が聞こえるだけである。視覚は意味を失い、聴覚が上滑りする。この時点で、無視を決め込むにはやや神経が昂ぶりかけていた。それでも、身体は鈍感なままで動きたがらない。窓を開けて外の様子を窺えばよかったのだろうが、それをしなかった。依然として音は止んでいなかったが、いずれ止むに違いないと自分に言い聞かせ、少々昂ぶっている神経を宥(なだ)めようと努めた。
読みかけの推理小説が余すところあと二、三十ページだ。ちょうどクライマックスに差し掛かっているところでもある。愉しみを放棄してまでわざわざ聴覚を研ぎ澄ますことはない。そう考えると、気にするほどの音でもないような気がしてきた。読みかけの箇所に戻り、前の段落をざっと読み直してから先に進んだ。
それでもなお、小説と並行して、無視しえない現実の筋書きを別の回路で追いかけようとしているのに気づく。
(もうパジャマに着替えたしなあ……一度ベッドに潜ってしまうと朝まで身体を起こす気にはなれないんだ……)
こうなると、頼りは三軒隣りの爺さんしかいない。朽ちたような瞼をこすりながら寝間着姿で外へ出て大声で怒鳴りつけてくれる望みはある。耳は遠いが、爺さんは皺だらけの皮膚で音を聴く。あの年季の入った集音装置がいつまでも物音を聞き流すはずがない。
いや、ちょっと待てよ。爺さんは末娘の所へ出掛けていて、自宅にはいないかもしれない。そう言えば、この二、三日見掛けていない。きっとそうだ。爺さんは不在なんだと早々と見切る。爺さんに期待できなければ、喫茶店の女房あたりはどうだろうか。あの女なら血の気も多いし、町内のささいないざこざにも口を挟むのだから、この異様な物音を聞き捨てるはずはない。(お節介な耳と冗漫な口と贅肉を型にはめたらああいう女が出来上がる……)
爺さんの入れ墨のような顔の皺、喫茶店の女房の豊満な体躯を思い浮かべているうちに、物音が聞こえなくなっていた。いや、実は依然として消えてはいなかったのかもしれないが、気がつけば本に戻っていた。小説の筋書きに不安、緊張、愉快、興奮と一通りの感情の起伏を乗り越えて、とうとう読み終えた。最後のページに深く荒い鼻息を吹きかけた時には、すでに物音は止んでいた。時計の短針は四十五度近く動いていた。
全神経を外部と小説に向けていたから、部屋と自分への感覚は麻痺状態に陥っていた。いま物音からも小説からも解き放たれて、ようやく我に返った。
気がつくと、部屋には得体の知れない金属のような物体が現れていた。不思議なほど恐怖心を抱かない。それどころか、懐かしささえ覚えながら物体に近づき右手を差し伸べてみた。しかし、触ることができない。指が、手の甲が、手首が突き抜けてしまう。そうか、これは幻影か……そして、物音は幻聴だったのか……かと言って、そう感じている自分は幻なんかじゃない。朝方に目が覚めたら幻は終わっているだろう。いや、終わっていてほしい。いつまでも続いたらたまったもんじゃない。ぐったりするほど疲れていた。そして眠りに落ちた。

 読了した本は傍らに置かれたままだった。虚構の文字世界に生まれた『占拠』と題された作品は、いま現実の世界に寄生し始めたようだった。朝方になっても、また次の日も、さらに何日も寄生状態は続いた。ある日、寄生が終わった。寄生の終わりは別の状況――占拠――の始まりだった。そして、来る日も来る日も視聴覚的存在として部屋を支配し続けた。

岡野勝志 作 〈1970年代の短編習作帖より〉

習作した頃 #3

 神々の論争

 

 神々と人々、人々と他の生き物たちを分け隔てているのは何であるか、実はよくわかっていない。神、人間、他の生き物という序列に確定的な根拠など何もない。神は人間よりもはるかに優れているという定説があるが、人間と他の生き物とは紙一重の差だと言われることもある。
神々の世界には時間の観念がない。したがって過去も未来もないから、歴史が存在するはずはなく、つねに現在のみが進行している。人間の尺度でははるか太古の話のようであっても、神々の世界では出来事も神話も普遍である。

城府 蠅が神話世界の城市に棲みついて神々を大いに悩ませていた。神殿にまで神出鬼没しては耳障りな翅音を立てた。神々のことである、およそ大抵のことは神通力で何とか対処できたのだが、この小生意気な蠅どもには功を奏さず、それどころか、蠅どもは神々の焦り疲れるのを嘲笑うかのごとく自在に生を謳歌していた。わが物顔で振る舞う蠅は天下の一大懸案となった。ある満月の夜、壱の神は策を練らねばならぬとついに決断し、重鎮の神々を本城に招集した。
 「われらが城市は湿潤温暖の気候にあるがゆえ、生命にとっては好都合なようで、近頃蠅どもがおびただしく発生しておる。汝らの力も及ばず、大いに閉口していると聞いた。さて、そこでだ。ひとつ列席の神々に尋常ならぬ智慧を絞っていただきたくお集まり願った次第である。何か妙案はないものかのう」
 弐の神が顎髭を丁寧に撫でながら口火を切った。
 「心配無用。いや、実を申すと、かねてより案を練っておったところだ。殺生すれば容易に済む話なのだが、殺生はわれわれの本意であるはずもない。だが、双方――すなわち、われらと蠅ども――を同時に救う手立てがあるのだ。僭越ながら、この妙案は壱の神の御趣意に背くものではないと自負……」
 話を言い終えぬうちに、焦れた参の神が割り込んだ。
 「もうよい、わかった。早うその先を言わんか!」
 「御意。一刻を争っている時に余計な前口上は控えていただきたいものだ」と四の神も語気を強くして続けた。
 「まあ、そう急ぎなさるな。昨日今日始まった難儀でもなかろう。そもそもこのように蠅どもが繁殖したのも、参の神、汝の方に因があることを忘れなさるな」と、弐の神が反論した。
 小魚が一斉に川面に現れたかのようにざわめきが起こった。
 「弐の神よ。言を慎みなされ。過ぎたる事をぶり返すのは潔くない。今宵の集まりはそのような咎め立てを云々することではない!」と、参の神の派閥に属する五の神が追い討ちをかけた。あちらこちらがいっそう騒然としてきた。たまりかねたように六の神が制しようとした。
 「見苦しいではないか。少々気を鎮めたらいかがじゃ。皆の心の内は分からぬでもない。だが、弐の神の一案を聞かずして、この有様では話にならぬ。壱の神よ、ぜひともこの場を取り収めていただきたい」

 ところで、弐の神が言うところの「参の神の因」というのはこうである。蠅が湧き始めた頃、神々の間では早々に退治せよという意見と殺生に反対する意見が出た。殺生反対派を牽引したのが参の神であった。殺生せずとも、蠅は天井知らずのようには増殖しない……放っておいても大事には到らぬと、参の神は殺生派の神々を説得した。しかしながら、参の神の思惑とは異なり、蠅は増え続けた。その繁殖ぶりは神事に支障を来すに到った。見かねた壱の神が力を合わせて策を練ろうというのが、この集まりの趣旨であった。

 さて、上気した顔をお互いに見合わせて神々は口々に異論や不満を吐き始めた。ほどなく堂々巡りが飽和してざわめきは徐々に消えて小声になり、やがて沈黙の時間が続いた。誰から合図するともなく、皆が壱の神の方に視線を向け始めた。
 壱の神は大きく息を吸って、溜息を吐いた。深く刻み込まれた額の皺に掌を当てがって、しばらく黙っていた。皆の視線は熱を帯びて壱の神の口元に注がれた。それに応じるように壱の神はゆっくりと口を開いた。
 「汝らよ。未だ聞きもしていない弐の神の腹案とやらがあるが、もうそれをもなかったことにしてはもらえぬか。と言うのも、先程からわしの耳元で数匹の蠅が唸っておる。この耳障りな音は何かを訴える声に相違ない。そう思い、汝らが静かになった直後から耳を傾けていたのだ。蠅も生き物だ。心があるようだ。驚いたことに、われらが神言を操るほどの賢さだ」
 堂内はこれ以上ないと言うほど静まり返った。壱の神は続けた。
 「これより先は世々代々に亘って神々に随い全身全霊で手を擦り合わせて生きていくゆえ、ぜひとも過ぎたるをおゆるしくだされと申しておる」
 神々は恥じらうように項垂うなだれた。目線を落としたまま、両手を合わせて膝の上に置いた。互いに見られぬよう用心しながら、右手は右の太腿の上で、左手は左の太腿の上で、それぞれ微かに手を前へ後ろへと動かし始めた。神々の動作はまるで蠅のようであった。

 神々と蠅には聖なることにかけては雲泥の差がある。しかし、事を顧みて自省の念にかられる時の動作は酷似している。神と蠅の位置取りにしてこうであるから、神と人間の差などは、あるようで実際は無いに等しい。当たり前だろう。一応神が神を模して人間を作ったという説が有力なのであるから、似ていないはずがない。今も人間世界では論議や審判をおこなう前に「神に誓う」習わしがある。これは神とそっくりのやり方をするという誓いにほかならない。

岡野勝志 作 〈1970年代の短編習作帖より〉

習作した頃 #2

犬と猫の夜語り犬と猫の夜語よがた

 

 

 世には犬をうとましく思ふ者があり、猫を毛嫌いする連中もゐる。人といふのは身勝手なもので、己の度量と器量の無さを棚に上げてゐるくせに、やれ犬はこれこれ猫はかれこれだと、些細な欠点に目くじらを立てては大仰に騒ぎ立てる。これ即ち当世の習はしのやうである。
 占い師に犬は貴家の相には合はぬ、八卦見に猫は不吉なりなどと告げられると、主人は手のひらを返して昨日の友を今日の敵のやうに扱ひ、何事をもはばかることなく平気な顔をして見捨ててしまふ。飼ひ主に手を噛まれた挙句、住み家を失つた犬猫諸君は、もの悲しげな鳴き声を交わしながら、朝な夕な一つ処に身を寄せ合つてゐるさうな。

 雲行きの怪しいある日の夕暮れ時、淋しい表情を浮かべた新入りの犬君に向かつて猫嬢がささやいた。
 「あなたもお気の毒なお方ね。わたくしたちは、ついこの前まであれほど幸せさうなあなたを見て羨ましく思つてゐたのですもの。」
「世の常なのでせう。若主人が妻をめとられ、お仕えする方が一人増えたと喜んでゐたら、その嫁は大変な犬嫌ひ。猫なら愛らしいが、犬はどうにもかうにも好きになれぬと主人に泣きついた。その一言で、数年来お供してきたぼくは追ひ出されてこの有様。情けなくて涙も出なかつたといふ次第。」
「わたくしもさうだつたのです。うちの主人は一人暮らしのご隠居さん。それはそれはわたくしをよく世話してくれましたわ。ところが、先日、家に泥棒が押し入つた折り、わたくしときたら見てゐるだけでどうにもできなかつた。隠居さん、帰つてきてびつくり仰天。後生大事にしてゐた掛け軸が盗られてゐたのです。それからといふもの、猫は役立たずだ、犬なら吠えて用心になつたのにと八つ当たり。放り出されはしなかつたけれど、居たたまれず家を後にしたのです。」
「可哀さうに……。」 犬君は目を合はせることができずうつむいた。
ちやうどその時、空が突然真つ暗になり大粒の雨が降り始めた。雨は激しく軒先を叩き耳をつんざいた。互ひの声は土砂降りの雨音に掻き消されて聞き取れない。犬君と猫嬢は語り継ぐ言葉を失ひ、黙つてそれぞれの昔を懐かしんでゐた。

 雨が小降りになるのを見計らつて、猫嬢が口を開いた。
「ねえ、捨てる神に拾ふ神と云ふぢやありませんか。あなたとわたくし、互ひの古巣を取り換へるのはいかがでせう。」
「取り換へる……。」 犬君、意味を解せず、不思議さうに猫嬢の顔を見つめた。
「さう、何となく迷つた振りをして庭へ入り込むのですよ。どう転ぶかわからないけれど、もしかするとうまく行くかもしれないわ。だけど下心を見抜かれないやう用心は必要です。」
「なるほど。猫嫌ひになつた隠居さんちへぼくが行き、犬嫌ひのうちの若主人ちへあなたが行く。これはやつてみる値打ちがありさうです。」
「雨宿りを装ふには願つてもない吉日。では早速……」と言ふや否や、猫嬢は路地の塀を身軽に乗り越へて屋根向かうへと消えた。犬君も表通りに出て隠居の家の方へと駆け出した。

 その日から幾日かが過ぎた。犬君も猫嬢も首尾よく後がまに居座つて幸せに暮らし始めた様子である。

 さらに幾日かが過ぎた晴れた日の夕刻。猫を腕に抱へた女と犬を連れた老人が路地で出くわした。互ひの生き物に一瞥をくれて、おのおの心中冷ややかに呟いた。
《まあまあ、うちの捨て犬を連れて町ん中をお歩きだなんて……。物好きな方もおありだこと。》
《ほほう、あの薄情猫か。小汚いのを大事さうに抱いてゐるわい。ほどなく泥棒に空巣狙いされやう。》
犬君も猫嬢も飼ひ主二人の想ひを見透かしたのは言ふまでもない。犬君、夕闇の満月に向かつて「わおぅぅぅん」と誇らしげに吠へ、猫嬢、甘い声で「みやぁぁぁお」と鳴いて応へた。

岡野勝志 作 〈1970年代の短編習作帖より〉

習作した頃 #1

渦(うず)


 彼は古書店でフランス語の短編小説集を手にした。そして、本をめくっているうちに偶然この一編を見つけた。自ら体験した現実が小説になっているのを知って彼は驚愕し打ち震え、その震えはしばらく止まらなかった。著者は彼には聞き覚えのない名前だった。
 『トゥールビヨン公園』と題された原作。題材となったエピソードはトゥールビヨンの街の人々にはよく知られていた。しかし、二人称で展開されるこの小説が書かれてからは誰も実話だと思わなくなった。やがて市民たちは、これは実話ではなく作り話なのだと自らに言い聞かせるようになったという。

 トゥールビヨンの街には楕円形をした公園がある。樹林が繁り花壇がよく手入れされ、ベンチも十分に据え付けられている。週末や日曜日には、小市民的生活に充足している人々がやってくる。誰もが幸せそうに見える。そう、きっと幸せに違いない。確信はないけれど、たぶん幸せだろう。でも、時々つらいことや嫌なこともあるはず。いや、もしかすると幸せそうな顔をした不幸な人がいるのかもしれない。

 ところで、きみは仕事を嫌悪し始めていた。小手先の作業はさほどでもなかったが、大きな負荷がかかる職務には耐えがたくなっていた。単調で平凡な仕事で十分だった。そのように雇い主に申し出ればよかったが、心の中で訴えるばかりで、口には出さなかった。仕事が嫌になり始めると、私生活がおもしろくなくなってきた。きみに家庭があったわけではない。私生活とは個人生活にほかならなかった。ともあれ、白紙であることが許されない、色塗られた時間の刻一刻が大きな負担になってきた。
こうして、きみはもはやこれまでのきみではなくなった。知人や友人と会うのが嫌になった。読書が嫌になった。大好きなカフェに行くのも嫌になった。話すのが嫌になったし、あくびをすることすら嫌になった。指を動かすことも、まばたきすることも嫌になった。
そして、いま、ついに生きることもなんだか嫌なことだと思い始めている。
しかし、いろんなことが嫌になったからといって、生きることだけは嫌になってはいけないだろう……むろん生活の中の小さな不快すら許せないけれど、嫌な気分を自覚できているのは生きている証だし、何から何まで懐疑しても、その懐疑している自分だけは疑いようがない……なんて、まるでルネ・デカルトのようだ……でも、我思うゆえに我ありという具合にはいかない……。独りであれこれ悩んでもはじまらない、こんな時はたぶん誰かに意見を求めるべきなのだろう……こんなふうにきみは考えている。
それでも、顔見知りに相談する気は起こらない。きみは、知り合いが本音で語ってくれるとまったく思わない。むしろ、見知らぬ人たちのほうがよほどいいはずだと思い、相談を持ちかける場所をトゥールビヨン公園にしようと決めるのである。
 きみはトゥールビヨン公園の入口にやって来る。大勢の人たちが目に入ってくる。子ども連れの夫婦、ボール遊びに興じる少年たち、鳩にパンくずを与えている老人、巡回中の警察官、静かな樹林の方へ歩いていく若い男女、早足で歩く学生、ベンチに座って散歩人を眺める遊び人……。きみは無作為に相談相手を選ぶことにする。

 大きめのベレー帽を深めにかぶった中年男がいる。ベンチの端に腰掛けて雑誌を読んでいる。
「こんにちは。いきなりで恐縮ですが、なぜ生きなければならないんでしょう?」ときみは尋ねる。
男は面倒臭そうに雑誌から目を離し、帽子を髪の生え際のほうへと突き上げた。
「それは、あなたね、雑誌を読むためだよ。死んでしまったら、このトゥールビヨン公園で雑誌を読めないからね」
男はあっさりとそう言ってのける。
「ありがとうございます。とても……」
きみが礼を言い終えないうちに男は雑誌に目を戻し、くすぐられたような笑いにのめり込んでいく。鳩が二羽、きみの足元に近づく。きみは無視する。

 次にきみはバラの花壇づたいに樹林の中へ入ろうとしている若い男女の後を小走りに追う。
「こんにちは。失礼ですが、なぜ生き続けなければならないんでしょうか?」
とっさの質問に女が身構えて素早く男の背中へ逃げる。男は険しい目つきできみをきっと睨みつけ、威嚇するように胸を張る。
「恋のためだよ、恋の。恋のために生き続けるのさ。あんたにはわからないだろうけど……」
女が舌なめずりして喉で笑い、男は手首を振って、きみにどこかへ去れと合図をする。
「どうも……」
きみが軽く下げた頭を元に戻すと、二人はこれ見よがしに腕を組み直して樹林の奥へと消えていく。梢を微かに揺するそよ風がきみにも吹いてくる。だが、きみの感覚は反応しない。

 しばらく歩いていくと、仔犬を連れた婦人に出くわす。飼犬だけを見るためにかけている眼鏡の輪郭で、その女が他人に無関心であることがわかる。しかし、質問をしてまずいわけはないだろうときみは思う。
「こんにちは。散歩中のところお邪魔して恐れ入ります。なぜ生きることはたいせつなんでしょうか?」
女はきみを無視し、鎖を引っ張る飼犬の尻尾に目をやる。なおもきみは同じ質問を繰り返す。女は絶望的なため息をつき、ヒステリックに語気を荒げる。
「できるかぎり人間から離れて、犬と暮らすためにたいせつなのさ。あんたみたいな野暮な男を憎むためにも生きなきゃならないんだよ。わかったかい!?」
そう言うなり、女は声のトーンを淫らに落として続ける。
「それとは関係ないけどさ、あんたね……くだらない男に抱かれるよりは、ふふ、犬を抱くほうがよほど快楽的なんだよ」
女が喋っているあいだに仔犬は花壇に入り込もうとしている。仔犬の後を追いながら女は叫ぶ。
「ひとりで逃げないでおくれ、あたしも一緒だよ!」
仔犬が甲高く鳴く。しかし、きみにはその鳴き声はほとんど聞こえていない。

 こうしてきみはトゥールビヨン公園で休日を過ごす人たちに次から次へと同じ質問を繰り返していく。そのつど反応は様々だが、誰もがなぜ生きるのかについて明快に語る。きみは不思議な気分になっている。これといったたいした理由もないくせに、なぜ精一杯生きるのかを誰もが追求しているんだ……きみはそう思い、ほんの少しだが、励まされたような気がし始めている。

 トゥールビヨン公園の光景を振り返り、緑と人々を覆っている透き通った青い空を確かめ、さほど強くない陽光に後押しされるようにして、きみは出口付近へ戻ってくる。小さな雲がやけに目立つ。
そこにはきみと年格好の似た、表情の暗い男性が立っている。だだっ広いトゥールビヨン公園を見渡しているが、焦点の落ち着き場所が見つからないらしい。男性の視線がちょうどきみのいる場所で止まる。虚ろな目がきみに焦点を合わせると、男性はゆっくりと歩み寄ってくる。そして、おどおどした声を絞り出してきみに話しかける。
「お急ぎのご様子ですが、いいでしょうか。一つ質問があるのです。なぜ生きなければいけないんでしょうか?」
不意をつく問いにきみは一瞬困惑する。だが、もうすっかり言い慣れた問いなので、すぐに冷静さを取り戻す。しかし、いざ答えようとしても、言葉が口をついて出てこない。言い慣れはしているが、聞くのは初めてで、しかもその問いには一度も答えたことがないからである。
長く考えては相手が気の毒だと思い、きみはさほど深く考えず、しかし少しよどみながら告げる。
「なぜ生きる……その必要性……と言うことでしょうか……。そうですねぇ……特に……ないのかもしれない……」

渦 軽いつぶやきのつもりだったが、男性には衝撃を与えたらしかった。なぜなら、消え入りそうな声で「やっぱり、そうでしたか」と言うなり、男性は突然きみの目の前で、小さな、けれども、力のある渦に変化したからである。その渦はどうやら男性のこらえ続けてきた溜息のようであった。きみはあまりの急激な変化に驚き、反射的に地面に伏せなければならなかった。それほどその渦は激しく巻き上げ始めていた。
渦はますます大きく膨らみ、たちまちのうちにトゥールビヨン公園の出口付近から楕円形の中心方向へと広がり吹き荒れた。ぐるぐると回転しながら、そこに居合わせている人たちの溜息を吸収し、決して衰えることなく地面を烈しく撫で続けた。
 だが、見た目ほど渦は破壊的ではなかった。きみはその渦の中でしばらく身を伏せていた。きみの皮膚感覚は、そこが静寂で平和な世界であることを冷静にわきまえていた。鳩がせわしなく地面をつつき、渦の風で梢がざわめき、そして犬が相変わらず甲高く鳴いていた。

岡野勝志 作 〈1970年代の短編習作帖より〉