バッハから……ブッダまで

今日のことば、あれこれ。ただ書くがまま思うがままである。他意はない。

バッハのすべて編集

『バッハのすべて』を読む。もちろん、この一冊でバッハのすべてがわかるはずもないし、わかってやるぞと思うわけではない。バッハは作曲家であり演奏家であり教育者であった。すべてに超のつく「めい」がつく。加えて、楽器、とりわけオルガンの名鑑定家としても知られていた。18世紀当時、オルガンと言えば教会。響きには北ドイツ系、オランダ系、フランス系などがあったという。オルガンは製作されるものではなく、「建造」されるものであった。そんなプロジェクトにバッハは関わってもいたのである。

「音楽は精神の中から、日常の生活の塵埃じんあいを除去する。 」
ヨハン・セバスチャン・バッハ)

三年前の今頃、パリはサン・ジェルヴェ・サン・プロテ教会。そこで最古のパイプオルガンの響きを体感した時、音楽の奇跡的な浄化作用を確信した。塵埃が積もり過ぎてしまう前に、精神、つまりは脳の自浄作用が働くように音楽サプリを摂取しておくのがよい。


柿が好きだ。昨夜も京都でほどよく熟した柿のデザートを堪能した。今夜も食後に柿を食した。酸味のある果物が苦手と思われているのだが、そんなことはない。ただ、口あたりのよいほどよく甘い果物のほうが好きだというだけのことである。それにしても、果物はえらいと思う。八木重吉にこんな短詩がある。

 果物

秋になると
果物はなにもかも忘れてしまつて
うつとりと実のつてゆくらしい


昨日花園大学に行った際に『ブッダのおしえ  「お経」のことば』という小冊子が廊下のテーブルの上に置いてあった。「自由にお持ち帰りください」とは書いていなかったが、持って帰っていけないわけがない。と言うわけで、今手元にある。

八正道はっしょうどうの話が書いてある。煩悩の根本を滅ぼして執着しゅうじゃくを離れれば苦しみがなくなる……そのために修めるべき八つの正しい道がある。

正見  (正しい見方)
正思惟    (正しい考え方)
正語        (正しいことば)
正業        (正しいおこない)
正命        (正しい生活)
正精進    (正しい努力)
正念        (正しい思い)
正定        (正しい心の統一)

実は、数年前からぼくの企画の演習の中にも取り入れている。上記の八正道を紹介した後に「八正道を九正道にしたい。あと一つ何を付け加えるか?」という演習。やさしそうだが、すでに存在している八正道との折り合いもあるから、やや骨が折れる。正食、正縁、正聴などが加わってもよさそうだ。正笑や正遊も候補に挙がるかもしれない。

日曜日のオムニバス

いつもテーマを意識して文章を書く。キーボードを叩き始めた今、特に明快なテーマはない。テーマはないが、動機はある。動機がなければ誰も文章など綴ろうとは思わない。ふと、先週の日曜日を振り返ってみることにした。そして、タイトルの欄に「オムニバス」と書き込んだ。

オムニバスと言えば『昨日・今日・明日』である。ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニの伊仏合作映画。初めてオムニバスということばを知った。「乗り合い馬車」という意味。転じて、いろんな断片話を組み合わせて一本にする物語の手法として使われるようになった。そうそう、そんな形式で今書こうとしている。余談になるが、この二人の名優の『ひまわり』はやっぱりいい映画だったと思う。

ムクドリたちの朝

その日曜日の朝はムクドリに始まった。ムクドリの一般的な生態などよく知らない。ぼくの知るムクドリ――つまり近場に棲息するムクドリ――は、いつも縄張り争いをしていて気性が激しい。ビルの空気孔を奪い合う。あなの数は限られているからそうなるのだ。向こう側のビルからぼくのマンションを見たら、同じような争奪合戦が見えるのかもしれない。

モール内の書店をぶらついた。数社の図書目録をピックアップする。当然無料。めったに行かない棚の前を通りかかる。目に飛び込んできたのが『太宰は女である』という書名。手に取らずに内心つぶやく、「その通りだ」。十代・二十代で近代・現代文学全集に収められていた小説はほとんど読んだ。だから『斜陽』や『人間失格』など太宰治の作品も読んでいる。女性に熱心な読者が多いのもわからないでもない。ぼくは無駄な時間を潰したと思っている。「太宰は女だったのか……そうかもしれない」と繰り返す。

「ビストロソウル」という、コンセプトのよくわからない韓国居酒屋がある。ドアに手書きポスターが貼ってあり、「キムチ、お持ち帰りできま~す!!」と書かれている。「できま~す」というゆる~い表現にダブル感嘆符(別名「二つ雨だれ」)がミスマッチなのである。店に入ったことはないが、ハートマークでよいのではないか。

彼は理性があるのに理性を発揮できないで苦しんでいる。彼は常識と良識の違いを知らない。常識というのは世間一般に属するものである。世間だから、納得するしないにかかわらず、気にしなければならない。良識とは人としての理性に基づくものである。常識に迎合するのではなく、己の理性と良識に自信を持てばいいのだ……こんなメールを送った。

二十代の終わりに一年間無職だった。その頃に書いた短編小説がどっさりと出てきた。数編読んでみたが、まあ普通の文才と言わざるをえない。大半が未完である。根気がなかった。

古いノートのノスタルジー

1977年+1983年ノート セピア.jpgぼくがオフィスで使っているデスクは、かなり幅広の両袖机。左右の袖にそれぞれ三段の引き出しがある。数カ月前から右袖上段の引き出しの鍵穴が具合悪く、鍵を回して開け閉めするのに力をかけねばならなくなった。そして、ついに抜き差しもままならない状態に到った。左袖の鍵と錠はスムーズに開け閉めできるので、右袖に入れていた重要な書類や内容物を左袖の引き出しに移すことにした。

予期した通り、片付けや整理につきもののノスタルジーが襲ってきた。古い手紙や写真、メモの類をかなり大雑把に放り込んでいて、右から左へ、左から右へとモノを移し替えるたびに、見たり読んだりして懐かしんでしまうのだ。そして、紛失したはずの1977年~1983年頃(26歳~32歳)のノートを何冊か発見するに及んで片付けが長引いてしまった。突然過去がよみがえるというのも困ったものである。

学校教育に表向きは順応したものの、小生意気なアンチテーゼに縛られていたせいか、ほとんどノートをとらなかった。大学に入ってディベートに出合い、相手が高速でまくしたてる論点のことごとくを記憶することなど到底無理なので、記録することを余儀なくされた。そして、これが習慣形成されてきて次第に自分が考えていることや思いつくことをメモするようになった。十九歳の頃のことである。その頃から書き綴った大学ノートが数冊残っていて、小難しいことを肩肘張った文体で綴ったエッセイや、今読み返すと気恥ずかしくなるような短編小説や詩を書きなぐっている。


1977年のノートには二十代の残りをいかに知的鍛錬するかという構想図とコンテンツが記してあった。大きなテーマとして、(1) コミュニケーション、(2) 要素化と概念化、(3) 雑学とユーモア、(4) 観察・発想、(5) 評論・批評の五つを挙げている。これらを自分のヒューマンスキルとして鍛えていこうという決意の表明だ。遠い昔とはいえ、自分で書いたのだからまったく覚えがないわけではない。そして、今もほとんど同じテーマを追っている自分の粘り強さを自賛すると同時に、もしかするとあまり成長していないのではないかと半分落胆もする。当時は確率や統計、それにシステムやメソッドに強い関心があったが、今ではさっぱり魅かれない。違いはそれくらいかもしれない。

稚拙ながらも、実にいろんなことを考えて綴っている。根拠のない自論を展開するばかりで、ほとんどエビデンスが見当たらない。ずいぶん本を読んでいた時代と重なるのだが、抜き書きには熱心ではなかったようだ。ところが、1980年代に入ると、エビデンス量が増えてくる。雑誌や書物からそっくりそのまま抜き書きしているページが長々と続く。明らかにノートの方法が変わっているのだが、どんな心境の変化があったのかまで辿ることはできない。

海外雑誌の要約的翻訳もかなりある。たとえば、1983117日のNewsweekの「初歩的ミスを冒すプログラマー」という記事がその一つ。

「コンピュータの専門家が陥る落とし穴を露呈したのが、『アルファベット入門』プログラム。最初に出てくるスクリーンメッセージは『こんにちは。きみの名前をタイプしてください』というもの」。
アルファベットを綴ってからアルファベットを習い始めるという本末取り違えのナンセンスだが、この種のネタは今もお気に入りのツボである。
以上、たわいもない過去ノートを懐かしんで綴った小文である。ただ、点メモの断片をページを繰って一冊分読んでみると、そこに過去から今につながる関心や考え方の線が見えてくる。ノスタルジーだけに留まらない、固有の小さな遺産になっているような気がする。現在を見るだけでは得られないインスピレーションも少なからず湧いた。ノート、侮るべからず、である。

断片メモの拾い読み

okano note web.jpgのサムネール画像愛読書は何か、どのジャンルの本をよく読むのかと若い人たちに訊かれることがある。意地悪する気はないが、「ない!」と即答する。「ない!」と答えた上で、「本ではないけれども、ノートならよく読む」と付け加える。きょとんとした顔に向かって「ぼく自身のノート。それが愛読帳」と追い打ちをかけると、たいていきょとん顔が怪訝な顔に変化する。

自分で書き綴ったノートを自分で読むのはナルシズムだろうか。無論ノーである。そこには自己耽溺する余裕などは微塵もなく、それどころか、眉間にしわ寄せるほど必死な作業なのである。過去の自分と今の自分が対峙する真剣勝負だ。何を大げさなと思われるかもしれないが、他人が書いた文章を読む気楽さに比べると重苦しく、かつ気恥ずかしいものである。
記憶力には自信があるほうだが、記憶を確かにする前に記録がある。ノートは脳の出張所みたいなものだから、そこに記録してページを繰って掻き混ぜてやると、こなれてきて相互参照がうまくいくようになる。これは加齢に伴う脳の劣化という、自然の摂理にあらがう有力な対処法だと思う。一つの話題やテーマについて少なくとも400字ほど書くようにしている。これを「線のメモ」と呼んでおく。

同時に、二、三行の断片メモを巻末にあれこれと書いていて、時々拾い読みしてヒントを探す。こちらは「点のメモ」である。線のメモには主題らしきものがあって筋も通っている。しかし、いざという時にはなかなか想起できない。メモを書く時点で思考の輪郭や表現の工夫には役立っているものの、即座に役立つ類のものではない。これに対して、点のメモは見出しプラスアルファ程度で、大したコンテンツがあるわけではない。けれども、これがインデックス効果を発揮してくれる。思い浮かべやすいのは、数語や一行の文章のほうなのだ。
ふと目にし耳にしたことをメモする。思いついたことをメモする。ジョークなどの創作ネタもある。たとえばこんな調子である。
 
・ メロディは思い浮かばないが題名を知っていれば曲を検索できる。メロディを口ずさめても題名を知らなければ検索はできない。
・ 「今度いっぺん飲みに行きましょう。近いうちに電話します」と言ったくせに電話をしてくる人間は十人に一人もいない。
・ 週末だけ農業に従事する女性を「農L(ノーエル)」と呼ぶらしい。
・ 友達が増えると顧客が減る。
・ ブランドとは余計なことを言ったり示したりしなくてもいい「力」である。
・ 牛肉ステーキに見立てた豆腐ステーキを食べることを「ベジタリアンのやせ我慢」と言う。
BS放送でトナカイ料理が紹介されていた。レシピが尋常ではないほど詳しかった。トナカイの肉はどこで買えるのだろうか。
AKB48AKO47(赤穂四十七義士)のパロディだという説がある。
外部情報とぼくの脳と手による合作だから、ページを隔てて点のメモと線のメモはどこかでつながっている。ノートを書き、それを読む。それは面倒で決して楽ではないが、こうしているかぎり、知は一敗地にまみれるようには劣化しないはずである。

一番つながりの怪

車を運転しない。所有していて運転しないのではない。車を持っていないのである。もっと正確に言うと、運転免許を取得したことがないのである。別にアンチオートモービリズム(反自動車主義?)の思想家でも運動家でもない。人生において何百分の一かの偶然によって縁がなかっただけの話である。

「車がなくて困ったことはないか?」とよく聞かれてきたが、車がないこと、つまり「車の欠乏」が常態であるから困りようがない。いや、困っていることを想像することすらできない。だってそうだろう、無酸素で生きることができる人間に「酸素がなくて困ったことはないか?」と聞いているようなものではないか。但し、「車があれば……」と想像できないほどアタマは固くない。「もし手元に自由になる百万円があれば……」を仮想するのと同じ程度に「もし車があれば……」と仮想することはできる。

と言うわけで、真性の車オンチである。車オンチではあるが、広告やマーケティングのお手伝いも少々しているので、仕事柄テレビコマーシャルはよく見るし、その中に自動車も含まれる。だが、傾向としては、他商品に比べると淡白な見方になっているのは否めない。メーカー名も車種も覚える気がないので、コマーシャルの構成やプロットも流すようにしか見ていない。だから、狂言師の野村萬斎がいい声でホンダのフィットを持ち上げているのを耳にしても、「ふ~ん」という無関心ぶりであった。


ところが、先日、数度にわたってじっくり見てしまったのである。そして、見てしまった結果、「これはダメでしょう、ホンダさん!?」とつぶやいたのである。「たとえばケーキだと、一番売れてるケーキがやっぱり一番おいしいはず」という命題はどうにもいただけない(広告コピーに命題とはなんと大げさなと言うなかれ。英語では“selling proposition”、「売りの命題」と言う)。

販売至上主義やナンバーワンがどうのこうのと道徳論を持ち出すつもりなどない。一番は二番よりもいいことくらいわかっている。言いたいのは、「一番売れてるケーキ」が何を意味しているか不明であること。ケーキの種類なのか、特定パティシエが創作するケーキなのか、お店やベーカリーを暗示しているのか、さっぱりわからない。仮にイチゴショートが一番売れているのなら、それが一番うまいということになる。そして、秋には栗たっぷりのモンブランにおいしさ一位の座を奪われるというわけだ。

次に問題なのは、あることの一番が自動的に別のことの一番になるという、無茶苦茶な論法である。一番売れてる◯◯は一番流通上手、一番宣伝上手、一番安い……など何とでも言えるではないか。ケーキだから「おいしい」がぴったり嵌っているように見えるが、「一番売れてる本」なら「一番何」と言うのだろうか。一番売れてる本がやっぱり一番おもしろいはず? 一番ためになるはず? 一番話題性があるはず? 一番読みやすいはず? どれでもオーケー、自由に選べる。命題はまったく証明されていない。たかがコマーシャルだけれど、そう言って終われない後味の悪さがある。

「一番売れるケーキが一番おいしいはず」という仮説を持ち出した手前、この広告は「日本で一番売れているフィットが10周年。これまたおいしそう」で締めくくらざるをえなくなった。いや、ケーキを持ち出したのだから、「一番おいしいつながり」以外に終わりようがない。おいしいケーキは想像がつくが、おいしい車にぼくの味覚は反応しない。狂言が好きだし、従妹もホンダアメリカにいるので大目に見たいが、わざわざケーキをモチーフに使った意味が響いてこない。ケーキと車がどうにもフィットしないのである。

一年前の今頃

かつて、温故知新の「ふるき昔」が一年前などということはなかっただろう。昔と言えば、「むかしむかし、あるところに……」という物語の出だしが思い浮かぶが、この昔は「ずっと昔」のことであった。どのくらい昔であるか。時代を特定するのは野暮だが、理屈抜きで何百年も前のことを語っているはずである。登場する人物は、昭和や大正や明治のおじいさんやおばあさんでないことは間違いない。

かつての昔は間延びしていた。時間はゆっくりと過ぎた。何世代にもわたって人々はまったく同じ家で育ち、同じ慣習のもとで暮らし、同じ風景を見て育った。なにしろ新聞も電話もインターネットもなかった時代だから、大半の情報はうわさ話だったろうし、仮にニュース性の高い異変が生じたとしても、知らなければ知らないで済んだのである。ところが、現代においてぼくたちが言う「昔」はそんな時間的な遠過去を意味しない。なにしろ一年前がすでにだいぶ前の過去になっている。もしかすると現代の半年や一年は中世の頃の百年に匹敵しているのかもしれないのである。

こんな思いはいつもよぎるが、ドタバタ政治劇を見ていて愛想が尽き果てたので、久しぶりに一年前のノートを繰ってみたのである。昨年64日、「異質性と多様性」と題して次のように書いた。

米国の二大政党は多民族・多文化国家の中で維持されてきた。異質性・多様性ゆえに、二項のみに集約されている。ところが、同質性の高いわが国では多様性が謳歌される。これまで評論家や政治家自身がさんざん〈自民党 vs 民主党〉の二大政党時代を予見し待望してきたが、いっこうにそんな気配はない。現代日本人は発想も思想も似たり寄ったりなのである。つまり、大同だからこそ小異を求めたがるのであり、気がつけば小党がさらに乱立する状況になっている。同一組織内にあっても派閥やグループをつくりたがる。ほんの微かな〈温度差〉だけを求めて群れをつくる。虚心坦懐とは無縁の、小心者ばかりなのである。


ついでに20105月現在のエビデンスを書き写してある。衆参合わせて、民主党423名、自由民主党188名、公明党42名、日本共産党16名、社会民主党12名、国民新党9名、みんなの党6名、新党改革6名、たちあがれ日本5名、新党日本1名、沖縄社会大衆党1名、新党大地1名、幸福実現党1名。以上。笑ってしまった。民主党が解体していれば、もっと増えることになったかもしれない。いや、一寸先は闇だ。何が起こっても不思議ではない。もしかすると、大連立の一党独裁だってありえる。そうなると、同質的で均一的な、日本人にぴったりの政党が出来上がる。名づけて「金太郎飴政党」。

昨年65日のノートにはこうある。

ぼくは変革については前向きであり好意的である。知人の誰かに変化を認めたら、「変わったね」と言ってあげるが、これは褒め言葉である。決して「変わり果てたね」を意味しない。しかし、政治家に期待するのは、〈変える〉という他動詞的行為ではなく、まずは〈変わる〉という自動詞的行為である。自分以外の対象を変えようと力まずに、軽やかに自分が変わってみるべきではないか。組織の再編の前に、己の再編をやってみるべきなのだ。

おまけ。67日のノート。

新任首相は、政治家を志すためにとにかく名簿を作らねばならなかったようで、方々を歩き回りコツコツと活動を積み重ねたという。ファーストレディ伸子夫人はこう言う。
「菅には看板も地盤もなかった。私は自分が売らねばならない〈商品〉のことをよく知らねばならなかった。他の人よりもどこが”まし”か――そのことを伝えることができなければならない」
 

嗚呼、菅直人と伸子夫人に幸あれ!

政治家は「他人よりまし」を競っているのか。これなら楽な世界だと思う。ビジネスの世界は「まし」程度なら消えてしまうのだから。ぼくだって看板が欲しい。地盤も欲しい。しかし、偽ってはいけない。売り物がナンバーワンである必要はない。しかし、「まし」で済ませてはいけない。胸を張れるレベルまで高めた売り物と巡り合って幸福になってくれる人々が必ずいる――これこそが信念である。信念とは、揺蕩たゆたえども貫くべきものである。

記憶の掃除と棚卸し

誰もが記憶の倉庫を所有している。それを掃除したり棚卸ししたりすれば、アタマの働きが回復できると思われる。ディスクのクリーンアップやデフラグみたいなものである。気分転換程度の掃除や棚卸しでいいから一ヵ月に一回程度お薦めする。少なくとも効能の概念的根拠は、『論語』に出てくる〈温故知新〉としておこう。先人の学問や昔の事柄を学び直して再考してみれば、新たな発想や今日的な意義が見い出せることを教えている。原典では「そうすれば、師にふさわしい人物になれるだろう」と続く。

温故を「ふるきをたずねて」と読み下すが、温にはもちろん「あたためる」という意味が潜んでいる。また、故は自分の記憶であってもよい。つまり、自分のアタマを時々チェックしてみれば、そこに「おやっ」と思える記憶が見つかって、気分一新して気づかなかった知が甦ってくるかもしれないのである。現在の小さな断片をきっかけにして過去につながっているシナプス回路を遡ってみると、脳が歓喜し始めるのがわかる。


一昨日『アートによる知への誘い』というタイトルで文章を書いた。その後、「誘い」という一語がするするっと5年前に吸い込まれていった。まるで不思議の国のアリスが穴に落ちていった時のように。当時、ユーモア論について研究していて、笑いのツボを語りに内蔵させるコツについて話したりしていた。講演は『愉快コンセプトへの誘い』だった。ここでの「誘い」は当然「いざない」と読む。みんなそう読むだろうと思っていたから、ルビなど振らずに、講演タイトルと簡単なレジュメを主催者に送った。

講演当日、会場に着いてしばらくしてから、タイトルに何か違和感を覚えた。ぼくが持参した手元にあるレジュメの表紙とどこか違っている。目をパチクリさせてもう一度バナーの演目を見た。そこには『愉快コンセプトへのお誘い』とあった。「いざない」が「おさそい」に変更されていたのである。次第はこうだ。レジュメを受け取った担当者は、誘いを「さそい」と読んだ。これを少し横柄だと感じた。この感覚は正しい。そこで思案した挙句、丁寧な表現にするべく「お」を付けて「お誘い」とし、本人は「おさそい」と読んだのである。たまたま「愉快コンセプト」とケンカしなかったのが何より。これが『交渉術へのお誘い』になっていたら、たぶん合わなかった。それどころか、お茶会気分になっていたはずである。


「誘い」ということばからもう一つ別の情報が記憶庫で見つかった。土曜日に鑑賞してきたクレーが発端になって、これまた5年ほど前だと思うが、別の展覧会を思い出した。通りがかりにその展覧会開催を知り、強く「いざなわれ、さそわれた」。この時に『クレー ART BOX  線と色彩』(日本パウル・クレー協会編)という小さな画集を買った。クレーは好きな画家の五指に入る。たしか安野光雅はクレーを「色の魔術師」と称した。ところが、ぼくはクレーの作品の大半を凡作だと思っている。ほんとうに気に入っている絵は全作品の数パーセントにすぎない。しかし、それでいいのである。極端に言えば、芸術家は「たまらない一作」を完成させてくれれば、あとはどうでもいい。そして、その一作だけでこよなく愛せるのである。


Fabio Concato.jpgどういうわけか、クレーの記憶の隣にファビオ・コンカート(Fabio Concato)がいる。これは記憶の構造だけに留まらず、現実もそんな構造になっている。リビングルームの一カ所にクレーのポストカードを6枚飾ってあり、そこからほんの数十センチメートルのところにCD600枚ほど収納できる棚がある。そこに10年前にミラノで買ったコンカートのCDがある。あるはずだった。しかし、ここしばらく聴いていない。見つからなかったからである。一枚一枚何度探しても見つからなかった。

それが昨日見つかった。まったく予期しなかった場所で。別個に仕分けしていた数十枚のCD群の中で見つかった。腹ペコ少年のようにバラードを聴いた。メロディーが記憶に響く。音楽は記憶庫の棚卸しに絶好である。おびただしいイメージを背負っているからだろう。バラード系のカンツォーネに興味があるなら、YouTubeでコンカートが聴ける。このジャケットの一枚しか持っていないが、この一枚で十分堪能している。

付箋紙メモの行き先

いろいろと自問していることがおびただしい。問われていることも多数、ここに依頼されているテーマが上乗せされて、少々収拾がつかなくなっている。かと言って、忙しくなったり慌ただしくなったり気が急いたりしているわけではない。ただ、何と言うか、散漫としていて焦点を絞り切れない感覚に陥っている。こういう感じを「付箋紙がいっぱい貼ってある状態」とぼくは呼んでいる。

「付箋紙がいっぱい貼ってある状態」に良いも悪いもない。その状態は価値判断と無縁の現象にすぎない。もし無理にでも意味を見い出そうとするなら、どちらかと言えば好ましくないことが一点だけある。それは、ここまで書いてきてもなお、頭の中は一行メモの付箋紙で溢れ返っていて、何を書こうとしているのか未だに定まっていないことだ。カオスの中からカオスをなだめる術は生まれてこない。カオスの状態は外部からの強い刺激か、あるいは外部に対する執拗な働きかけによってのみ秩序へと向かう。

考えたい・深めたい・広げたいテーマが山ほどあって、思考・深耕・展開への意欲も指向性も強いのだが、何から手をつけて何と何を関連づけていくかがよく見えない。誰もが身に覚えがあるはず。抱えているすべてのテーマについて、浅瀬で逍遥している時間が延々と続くのだ。繰り返すが、それでもここに良し悪しなどない。なぜなら、一寸先は闇かもしれないが、視界の開けた眺望点かもしれないからである。


秩序へ向かう一つの方法は、一枚の付箋紙だけを偶発的に取り上げて、他を見えないところに格納してしまうことである。今日のところ、こうして手元に残ったのが「事業の目的、顧客の創造」というメモである。ピーター・ドラッカーのあまりにも有名な次の箇所が、この付箋紙メモの発端になっている。

If we want to know what a business is we have to start with its purpose. And its purpose must lie outside of the business itself. In fact, it must be in society since a business enterprise is an organ of society. There is only one valid definition of business purpose: to create a customer. (……)
「事業とは何かを知ろうとすれば、まず事業目的が出発点になる。しかも、事業目的は事業それ自体の外部に見出さねばならない。実際、企業は社会の一器官であるから、事業目的は社会にあってしかるべきだ。唯一妥当な事業目的の定義は顧客の創造である」(拙訳)

事業目的が顧客の創造であり、それがすべてで最終目的であるという議論を、いろんな機会に耳にしてきた。しかし、目的と手段がある時、なぜ目的のほうが手段よりも重要なのかを説明できた人はいない。このドラッカーの説を引く人たちは、事業目的が顧客の創造にあるのだから「それが一番重要だ」と、あまりにも短絡的なのである。人生の最高善であり最終目的を「幸福」だとする時、その幸福に近づく行程や手段を重要度で下位に見立ててよいのか。ノーである。上記の文章から三、四段落後に書かれている次の文章と併せて考えてみる必要がある。

Because it is its purpose to create a customer, any business enterprise has two――and only two――basic functions: marketing and innovation.
「事業の目的は顧客の創造であるから、いかなる企業も二つの、たった二つの基本的な機能を持つことになる。すなわち、マーケティングとイノベーションである」(拙訳)

マーケティングとイノベーションという機能によって顧客の創造へと向かう……これが事業なのだというわけである。一点注目せねばならないのは、顧客の創造の「顧客」が原文では“a customer”と「一顧客」になっている点である。決して集合名詞ではない。ドラッカーに与するかそうでないかの前に、きちんと解釈だけはしておきたいものだ。この先いくら書いても一晩で答えが出るわけでもないのでここでピリオド。続きはいずれ取り上げるが、ビジネスマンなら暇な折りに一考する価値があると思う。


脳内が収拾不能になったら、とりあえず上記のように書いてみることである。何もしないよりもきっと少しは見晴らしがよくなるはずだから。

雑学・雑文の味方

半月ほど前に「断章」について書いた。何かについて手始めに考えをしたためる手頃さと手軽さに肩入れした。著述を生業とする人々にとって断章は文字によるスケッチの役割を果たす。ノートに書き込んだ文章は再構成され推敲されて本になり、やがてメシの種になる。但し、ほとんどの書物は見込みで刷られ、他の一般消費財と同様に売れたり売れなかったりする。だから、メシが食えない場合もある。

断章と言えば聞こえはいいが、ぼくがノートに書いているのは雑文と呼ぶにふさわしい。断章よりもさらに気楽である。書くことは億劫ではないが、しかるべき専門書を読み、ふんだんに字句を引用して論文をまとめるのは好まない。おおよそ特定分野を体系的に学ぶほど退屈なことはないと思っている。ここにスペシャリスト批判の意図はない。ぼくにはできない、向いていない、その気になれないという吐露にほかならない。

本はよく読むが、変則読書家であるから一冊完読することが稀だ。最初のページから読み始めるが、しばらくするとページ番号にこだわらず、おもしろそうな章へと跳び、気に入った項目を中心に読む。あるいは、よく知らない事柄について知的刺激を受ければ、今度は徹底的かつ集中的に読む。こんな気まぐれな性分だから、学者になれるはずはないし、なろうとも思わなかった。大学の特別講座で何度か講義した経験もあるが、学問的視点で話せないことを痛感した。小器用に知を齧る技だけは持ち合わせているので、学問を志していたら、間違いなく曲学阿世の徒か詭弁師に堕ちていただろう。


浅いが、知の守備範囲は手広いと思うし、好奇心は人一倍旺盛だ。浅いということは、やっぱり体系学習が苦手ということだろう。体系的であるためには深堀する根気が不可欠だ。ぼくにも根気や集中力はあるが、専門の中心部を深くえぐろうとすると疲弊してしまう。逆に、中心から周縁へ、さらに隣接へ、やがて無関係なジャンルへと延伸していくと嬉々として愉快になる。いつも反省するのだが、じっと一つのことを集中的にやり遂げる執着心が決定的に欠けているようだ。

肉汁たっぷりのステーキは口を開いて大きく齧って頬張るが、知識のほうは小さく齧る。小さく齧るから不足を感じる。すると、不足を補おうとして(同じ知識ではなく)別の知識を齧りたくなる。こんな危なっかしい「多品種少量学習」ばかりしてきた。しかし、年季というものは確実に利息をつけてくれるもので、広く浅く散りばめられた小さな知どうしの間に回路ができてきた。この回路が考えることに役立ってくれる。ちっぽけな雑学思考の回路かもしれないが、これが雑文と相性がいいようである。

今年ぼくは五冊目のノートを書いていて、年内にほどよく最終ページを迎えそうである。現在のノートに書いてある事柄は百数十ページ分あってもだいたい覚えている。けれども、三冊前や四冊前になると、まるで他人が書いたノートを読むような新鮮なページにも出合う。時間のできる年の暮れに雑文を読み返すと、なまった頭にはほどよい刺激になってくれるのである。

ちょうど一年前

ちょうど昨日の今頃、ちょうど一週間前、去年の今頃……というふうに人は振り返る。明日へも思いを馳せるのだが、明日はなかなか見えてこない。確実なのは過ぎし日々だ。それゆえ、記憶に残っている過去は回顧しやすい。但し、記憶にない過去は過去ではない。過去とは記憶の中に存在するものだからである。日記や写真は手元にある現在にほかならない。

テレビ番組のように「三十年前の今日」というタイムスリップはあまりないが、最近の区切りのよい一ヵ月前や一年前ならよく振り返る。今年に入ってから現在五冊目のノートを使っている。ノートの真ん中を過ぎればそのノート内に一ヵ月前の記載が見つかる。しかし、新しいノートを使い始めて一ヵ月未満の間は、一ヵ月前に遡るために直前のノートを見なければならない。というわけで、ぼくはたいてい直前ノートと現在進行形ノートの二冊を鞄に入れている。

ノートにメモした内容のおよそ8割は未公開である。つまり、残りの2割をネタにして研修テキストを編集したり本ブログで記事を書いたりしている。ちょうど一年前のノートには「星座占い」と「決めランチ」について走り書きをしていて、いずれもブログで取り上げた。星座占いの奇異については数日前にもノートに書いた。師走になると占い批評の気分が高まってくるのだろうか。


ちょうどではないが、昨年の127日に年賀状のことを書いている。苦労話に近いが、今年も11月初旬からあれこれと考えてきた。昨年よりも遅めの14日に書き終えた。苦労と言っても、書くのに困るわけではない。書き始めたら、推敲も含めて2時間で終わる。えっ、2時間も!? と思われるかもしれないが、なにしろ原稿用紙にして5枚半だからやむをえない。それよりも何よりも、今年はどんなテーマにするか、どんな項目を取り上げるかに思案し苦心するのである。

ご縁ある方々はその年賀状を楽しみにしていただくとして、ここでは昨年書いて今年の正月にお届けした謹賀新年2010.pdfをご覧いただこう。この年賀状の劈頭でぼくは「何か変だ」と書いた。たしかに未だに何か変な気分が続いている。リーマンショックから醒めたようで、まだ変を引きずっている。猛暑も変だったが、政権交代しても相変わらず変なのである。何もかも変なのは、変な日本にいるせいだろうか。皮肉も揶揄も空しい。

ぼくたちにできること。それは変を察知することだろう。そして、自分の力量と相談しながら活動範囲内で精一杯異変に対処することに違いない。一年はあっという間に過ぎる。一ヵ月や一日はなおさらである。喉元過ぎるとすぐに何でも忘れてしまう、世界でも稀な国民性。時折り、過去を顧みて、あれはどうなったのか、あれから現在まで何がどう変わったのかを自問自答してみるべきだと思う。未来を洞察するために。