語句の断章(14) 業界用語

どの世界にもその世界内でよく知られる共通言語がある。それを業界用語という。専門用語と業界用語には重なりがあるのだろうが、專門ではなく敢えて「業界」と呼ぶことに注目したい。時に「ギョーカイ」と表記されるように、專門よりも軽くて俗っぽいニュアンスが込められる。

ぼくは二十代のほとんどを語学研究業界で過ごし、その後広告宣伝業界に転身した。今は企画と相談と教育に従事しているが、警察や芸能のギョーカイ度に比べれば、コミュニティ特有の用語も少なく、さほどギョーカイっぽくない。ちなみにウィキペディアの業界用語の項目にはおびただしい例が掲載されている。

「市乳」。これまで耳にした異様度ナンバーワンの業界用語がこれである。発音からして異様である。なにしろ「しにゅう」だ。

平成126月、内部告発された雪印事件をきっかけにこの表現が知られるようになった。酪農業界や乳製品加工業界では、飲料として出荷される牛乳を「市乳」と呼んでいる。詳細は省くが、その市乳が工場で汚染されたまま市場に出て食中毒を起こしたのがあの事件。大阪生まれのぼくにとっては、雪印は小学校の社会見学コースの一つであった。一人に一個アイスクリームをくれた。だが、好意的なイメージは一気に失墜したのである。

しかし、「こりゃダメだ」と思ったのは、むしろ市乳というネーミングのほうである。市民に飲ませる乳だから市乳か? 一般市場向けの乳だから市乳か? いずれにせよ、ミルクをお前たちに配給してやっているぞという、横柄な腹の底が見透けてしまった。飲料なのにスマートさを欠く。

飲食業だけにかぎった話ではない。民生商品や特需や業務用などと平気で使っているが、これらの用語も、業界の都合で命名した一種の隠語ではないか。すっかり市民権を得た「顧客満足」にしても業界側の用語である。もう慣れてしまって鈍感になっているが、不遜な物言いではある。羊の皮を借りた顧客満足や社会貢献や環境保全などの四字熟語に、ちらちらと狼の尻尾を見てしまうのはぼくだけか。

ところで、当時の雪印の社長は、記者会見の時間を限ったことに対してマスコミから批判された。その時のあの反論、覚えているだろうか。「そんなこと言ったって、わたしは寝ていないんだ!」がそれ。これで悪評の波紋を広げてしまった。最近の焼肉チェーンもこれに倣ってしまった。挑発してくるマスコミと闘ってはいけない。マスコミを通じて世間が見ている。非を反省する者はつねに世論を見なければいけないのである。