古いノートのノスタルジー

1977年+1983年ノート セピア.jpgぼくがオフィスで使っているデスクは、かなり幅広の両袖机。左右の袖にそれぞれ三段の引き出しがある。数か月前から右袖上段の引き出しの鍵穴が具合悪く、鍵を回して開け閉めするのに力をかけねばならなくなった。そして、ついに抜き差しもままならない状態に到った。左袖の鍵と錠はスムーズに開け閉めできるので、右袖に入れていた重要な書類や内容物を左袖の引き出しに移すことにした。

予期した通り、片付けや整理につきもののノスタルジーが襲ってきた。古い手紙や写真、メモの類をかなり大雑把に放り込んでいて、右から左へ、左から右へとモノを移し替えるたびに、見たり読んだりして懐かしんでしまうのだ。そして、紛失したはずの1977年~1983年頃(26歳~32歳)のノートを何冊か発見するに及んで片付けが長引いてしまった。突然過去がよみがえるというのも困ったものである。

学校教育に表向きは順応したものの、小生意気なアンチテーゼに縛られていたせいか、ほとんどノートをとらなかった。大学に入ってディベートに出合い、相手が高速でまくしたてる論点のことごとくを記憶することなど到底無理なので、記録することを余儀なくされた。そして、これが習慣形成されてきて次第に自分が考えていることや思いつくことをメモするようになった。十九歳の頃のことである。その頃から書き綴った大学ノートが数冊残っていて、小難しいことを肩肘張った文体で綴ったエッセイや、今読み返すと気恥ずかしくなるような短編小説や詩を書きなぐっている。

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1977年のノートには二十代の残りをいかに知的鍛錬するかという構想図とコンテンツが記してあった。大きなテーマとして、(1) コミュニケーション、(2) 要素化と概念化、(3) 雑学とユーモア、(4) 観察・発想、(5) 評論・批評の五つを挙げている。これらを自分のヒューマンスキルとして鍛えていこうという決意の表明だ。遠い昔とはいえ、自分で書いたのだからまったく覚えがないわけではない。そして、今もほとんど同じテーマを追っている自分の粘り強さを自賛すると同時に、もしかするとあまり成長していないのではないかと半分落胆もする。当時は確率や統計、それにシステムやメソッドに強い関心があったが、今ではさっぱり魅かれない。違いはそれくらいかもしれない。

稚拙ながらも、実にいろんなことを考えて綴っている。根拠のない自論を展開するばかりで、ほとんどエビデンスが見当たらない。ずいぶん本を読んでいた時代と重なるのだが、抜き書きには熱心ではなかったようだ。ところが、1980年代に入ると、エビデンス量が増えてくる。雑誌や書物からそっくりそのまま抜き書きしているページが長々と続く。明らかにノートの方法が変わっているのだが、どんな心境の変化があったのかまで辿ることはできない。

海外雑誌の要約的翻訳もかなりある。たとえば、1983117日のNewsweekの「初歩的ミスを冒すプログラマー」という記事がその一つ。

「コンピュータの専門家が陥る落とし穴を露呈したのが、『アルファベット入門』プログラム。最初に出てくるスクリーンメッセージは『こんにちは。きみの名前をタイプしてください』というもの」。
アルファベットを綴ってからアルファベットを習い始めるという本末取り違えのナンセンスだが、この種のネタは今もお気に入りのツボである。
以上、たわいもない過去ノートを懐かしんで綴った小文である。ただ、点メモの断片をページを繰って一冊分読んでみると、そこに過去から今につながる関心や考え方の線が見えてくる。ノスタルジーだけに留まらない、固有の小さな遺産になっているような気がする。現在を見るだけでは得られないインスピレーションも少なからず湧いた。ノート、侮るべからず、である。

断片メモの拾い読み

okano note web.jpgのサムネール画像愛読書は何か、どのジャンルの本をよく読むのかと若い人たちに訊かれることがある。意地悪する気はないが、「ない!」と即答する。「ない!」と答えた上で、「本ではないけれども、ノートならよく読む」と付け加える。きょとんとした顔に向かって「ぼく自身のノート。それが愛読帳」と追い打ちをかけると、たいていきょとん顔が怪訝な顔に変化する。

自分で書き綴ったノートを自分で読むのはナルシズムだろうか。無論ノーである。そこには自己耽溺する余裕などは微塵もなく、それどころか、眉間にしわ寄せるほど必死な作業なのである。過去の自分と今の自分が対峙する真剣勝負だ。何を大げさなと思われるかもしれないが、他人が書いた文章を読む気楽さに比べると重苦しく、かつ気恥ずかしいものである。
記憶力には自信があるほうだが、記憶を確かにする前に記録がある。ノートは脳の出張所みたいなものだから、そこに記録してページを繰って掻き混ぜてやると、こなれてきて相互参照がうまくいくようになる。これは加齢に伴う脳の劣化という、自然の摂理にあらがう有力な対処法だと思う。一つの話題やテーマについて少なくとも400字ほど書くようにしている。これを「線のメモ」と呼んでおく。
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同時に、二、三行の断片メモを巻末にあれこれと書いていて、時々拾い読みしてヒントを探す。こちらは「点のメモ」である。線のメモには主題らしきものがあって筋も通っている。しかし、いざという時にはなかなか想起できない。メモを書く時点で思考の輪郭や表現の工夫には役立っているものの、即座に役立つ類のものではない。これに対して、点のメモは見出しプラスアルファ程度で、大したコンテンツがあるわけではない。けれども、これがインデックス効果を発揮してくれる。思い浮かべやすいのは、数語や一行の文章のほうなのだ。
ふと目にし耳にしたことをメモする。思いついたことをメモする。ジョークなどの創作ネタもある。たとえばこんな調子である。
 
・ メロディは思い浮かばないが題名を知っていれば曲を検索できる。メロディを口ずさめても題名を知らなければ検索はできない。
・ 「今度いっぺん飲みに行きましょう。近いうちに電話します」と言ったくせに電話をしてくる人間は十人に一人もいない。
・ 週末だけ農業に従事する女性を「農L(ノーエル)」と呼ぶらしい。
・ 友達が増えると顧客が減る。
・ ブランドとは余計なことを言ったり示したりしなくてもいい「力」である。
・ 牛肉ステーキに見立てた豆腐ステーキを食べることを「ベジタリアンのやせ我慢」と言う。
BS放送でトナカイ料理が紹介されていた。レシピが尋常ではないほど詳しかった。トナカイの肉はどこで買えるのだろうか。
AKB48AKO47(赤穂四十七義士)のパロディだという説がある。
外部情報とぼくの脳と手による合作だから、ページを隔てて点のメモと線のメモはどこかでつながっている。ノートを書き、それを読む。それは面倒で決して楽ではないが、こうしているかぎり、知は一敗地にまみれるようには劣化しないはずである。

ビジュアルインパクト

本を読んでいてすっとアタマに入る文章はビジュアル的だと言える。イメージを促してくれるという理由だけで必ずしもいい文章とは言い切れないが、疲れているときの読書ではありがたい。これに対して、難解な文章はイメージと連動しにくいから、概念を自分で組み立てなければならない。組み立て間違いをするとイメージが完成しないので、さっぱりわからなくなってしまう。だから逆説的に言えば、時々難解な本を読んで頭脳鍛錬する必要があるのだ。

自分で書いたノートにも同じことが言える。なんでこんなにこね回して書いていたのだろうと怪訝に思う箇所に再会する。理解するのに時間がかかる。めげずに「自分が書いた文章じゃないか」と思い直して読んでみても、いっこうに意味が鮮明になってこない。それもそのはず、十年も前の自分はもはや今の自分ではなく、ほぼ他人と呼ぶべき存在なのだから。

そんな昔のノートを読んでいて、気づくことがある。文章で「夕焼けが美しい」と書いてもイメージが湧くとはかぎらない。「青い空に青い海」などと当たり前のように言われても、脳は絵を描いてくれないものである。むしろ、「ご飯に梅干し」と言ってもらうほうが、即座にイメージが浮かんでくる。実物のビジュアルインパクトが強くても、文章化すると平凡になることもあるのだ。どうやら文章のビジュアルインパクトの強弱は話題と強く関わるらしい。

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文章で読んだ話にもかかわらず、画像や動画として編集されリアルに再生される。実に不思議である。

そこで懐かしい話題。ぼくのアタマに刷り込まれていて、いつでも物語を再現できる、偽札づくりの話だ。結果的にその達人は逮捕されたのだが、尋常でない手先の器用さに驚嘆した。達人は一万円札を半分に切る。左右半分、上下半分などにカットするのではない。表と裏に切るのである。つまり、0.1ミリほどの厚さの一万円札から「福沢諭吉の表面のみを剥がす」のである。表を剥がせば、一万円札は表と裏に分かれる。

新聞記事でこのくだりを読んでいるとき、ぼくのアタマではカッターナイフ片手に一万円札を剥がそうとしている自分がいた。一緒に万札偽造をしていたのである。次いで達人は、あらかじめ裏面だけをカラーコピーした薄い紙に本物から剥がした表面を貼る。表面をコピーした薄紙には本物の裏面を貼り合わせる。こうして一万円札が二枚に化ける。

あれだけ薄いお札の「表皮」を剥がし、コピーした薄い「台紙」に貼り合わせることができるだろうか。これは芸術的器用さというような次元の話ではなく、超能力的な匠の技を要する。ぼくは想像を馳せながら、この仕事はおそらく日本で一番労力と根気を要する一万円の儲け方だと思った。金箔工芸の分野なら即戦力になるではないか。勝手にぼくのアタマで短編映画になって何度も上映されるほど、この話題はビジュアルインパクトが強い。そして、想像するたびに、適所と適材を間違ってはいけないと痛感するのである。

豊かなアイデアコンテンツ

見聞きし思い浮かべることを習慣的に綴ってきて約30年。ノートをつけるという行為はある種の戦いだ。だが、無理強いされるようなきつい戦いはせいぜい一年で終わる。習慣が形成されてからは次第に具体的な戦果が挙がってくるから、戦う愉しみも徐々に膨らむ。

これまで紛失したノートは数知れないが、ここ十数年分は連続したものが残っている。誰しも休みなく戦い続けることはできないように、ぼくのノート行動にも断続的な「休戦期間」があった。それでも、しばらく緩めた後には闘志がふつふつと湧いてくる。そして、「再戦」にあたって新たな意気込みを書くことになる。次の文章は16年前に実際にしたためた決意である。

再び四囲にまなざしを向けよう
発想は小さなヒントで磨かれる
気がつくかつかないか それも縁
気づいたのならその縁を
しばし己の中で温めよう

決意にしては軽やかだが、ともすれば情報を貪ろうとして焦る自分を戒めている。縁以上のものを求めるなという言い聞かせであり、気づくことは能力の一種であるという諦観でもある。この頃から企画研修に本腰を入れるようになった。人々はアイデアの枯渇に喘いでいる。いや、アイデアを光り輝くものばかりと勘違いをしている。ぼくは曲がりなりにもアイデアと企画を生業としてきた。実務と教育の両面で役に立つことができるはずだと意を強くした。

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アイデア勝負の世界は厳しい世界である。だが、何事であれ新しい発想を喜びとする者にとっては、アイデアで食っていける世界には天井知らずの可能性が詰まっている。そして、人は好奇心に満ちた生き物であるから、誰もが新しい発想に向かうものだと、ぼくは楽観的に考えている。

アイデアは外部のどこかから突然やって来て、玄関でピンポーンと鳴らしはしない。ドアや窓を開け放っていても、アイデアは入って来ない。アイデアが生まれる場所は自己の内以外のどこでもない。たとえ外的な刺激によって触発されるにしても、アイデアの誕生は脳内である。ほとんどの場合、アイデアは写真や動画のようなイメージあるいは感覚質クオリアとして浮かび上がる。こうした像や感じはモノづくりにはそのまま活用できることが多い。

ところが、アイデアの最終形がモノではなく計画や企画書の場合、イメージをそのまま書きとめるわけにはいかない。ことばへのデジタル変換が不可欠なのである。いや、イメージの根源においてもことばがある。ことば側からイメージに働きかけていると言ってもよい。したがって、アイデアが出ない、アイデアに乏しいと嘆いている人は、ことばを「遊ぶ」のがいい。一つのことばをじっくりと考え、たとえば語源を調べたり他のことばとのコロケーションをチェックしたりしてみるのだ。

言い換えパラフレーズもアイデアの引き金になる。よく似たことばで表現し、ことばを飛び石よろしく連想的にジャンプする。こういう繰り返しによって、文脈の中でのことば、すなわち生活世界の中での位置取りが別の姿に見えてくる。適当に流していたことばの差異と類似。ことばが繰り広げる一大ネットワークは、イメージのアイデアコンテンツに欠かせない基盤なのである。

愚かなりし我が記憶

 『愚かなり我が心』(My Foolish Heart)と題された映画があり、同名の主題曲がある。しばらく聴いていないが、ぼくの持っている二枚のCDでは、いずれも『愚かなりし我が心』と「し」が入っているはず。一枚のCDではエラ・フィッツジェラルドが歌い、もう一枚のほうではエンゲルベルト・フンパーディンクが歌う。曲名に反して、曲調は静かで「知的な」と形容してもいいバラードだ。もう三十年以上も前になるが、関西テレビが特集したドキュメンタリー『風花に散った流星―名馬テンポイント』の挿入曲として使われていた記憶がある。

 そういうことを覚えている一方で、さっぱり思い出せないことも多々ある。まったく「愚かなりし我が記憶」であると痛感する。いや、何かのきっかけさえあれば思い出せるのだが、そのきっかけすら生じないから、記憶そのものが飛んでしまっている。逆に言えば、きっかけが生じる仕組みがあれば記憶を呼び覚ませることになる。もちろん、後日きっかけとなるような仕込みは不可欠だ。ぼくにとってノートは触発のための仕込みである。放っておくとますます愚かになっていく記憶のアンチエイジング策として、ぼくは月に一回ほど過去のノートを捲(めく)って拾い読みするようにしている。

 先日、自宅の書棚に『ジョーク哲学史』(加藤尚武)なる本を見つけ、ざっと目次に目を通した。おもしろそうだ。買ったままで読んでいないおびただしい本のうちのその一冊を鞄に放り込んだ(鞄にはそんな本が常時5冊ほど入っている)。そして、昨日、たまたま1990年のノートを繰っていたら、同じ著者の『ジョークの哲学』からの抜き書きを見つけたのである。「十三日の金曜日」と題したそのメモを読んだ瞬間、二十年前にジョークやユーモア関係の本を濫読していたのを思い出し、次から次へと記憶が甦った。どうやら自宅で見つけた本のほうもざっと目を通していたようなのだ。

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 同年齢の友人知人のひどさに比べれば、ぼくの記憶力は決して愚かではないと自負している。十歳くらい若い塾生にもたぶん負けていない。しかし、そんな強がりのうちにも不安や失望がつのる。たとえば、8月の私塾大阪講座の第2講『情報の手法』のテキストを読んで、「結構いいこと書いているな」とつぶやくのは一体どうしたことなのだ。自分で考えたり引用したり書いたりしたのであるから、ほとんど覚えている。しかし、所々で数行が記憶から抜け落ちている。信念でないこと? 印象に薄いこと? 繰り返し想起しないこと? よくわからないが、あることを覚えていて別のことを忘れるのは、情報の重要度や頻度とは無関係なようだ。

 不安や失望と書いたものの、さほどショックでもないことにあらためて気づく。記憶にはそのような新陳代謝が必要なのだと悟っている。つまり、記憶力と忘却力は不可避的に一体化しているのである。そして、覚えておかねばならないことや覚えておきたいことを忘れ、どうでもいいことや忘れてしまいたいことが記憶に残ったりするものなのだ。メディアは時系列で刻一刻事件や出来事を発信する。時系列ではあるが、さしたる脈絡があるわけではない。情報がA→B→CではなくB→C→Aという順番だったら、まったく別の記憶が構築されるのだろう。

 今日誰かに何かを話そうと思って忘れてしまっている。今年の講座のアイデアも浮かんだのだが、もはや鮮明ではない。忘れたことは生理的メカニズムの成せる業と割り切るのはいいが、ぼくにとってまったく関心の外にある「淳と安室」が記憶に鮮明に残ってしまうのははなはだ情けない。テレビでB級報道を観てはいけないと肝に銘じる。我が記憶を愚かにするか否かは、日々の情報との付き合い方によるところ大である。  

再々、ノートのことについて

土曜日。朝から一路高松へ。大阪での私塾の翌日に当地でも私塾開催というスケジュールが9月から続いている。大阪と高松の講座はまったく別内容で、前者が全6講、後者が全5講。「すべて違う内容で丸一日というのは大変ですね」と同情してくれる人もちらほらいるが、同じ話を二日連続せねばならない苦痛に比べれば大したことはない。いや、それどころか知的好奇心を煽りながら新しいテーマを語れるのは幸せというものだ。今年は京都でも新作講座を6講終えているので、かなりの数のテーマを「語り下ろした」ことになる。

ノートがはかどらない、と言うよりも、何をどう書けばいいかわからないと、ややおとなしい塾生のMさんが尋ねてきた。「何でもいいんです。とにかく気づいたこと、見たこと、学んだことを一行でもいいから書く。気分がよければそのまま二行目を書けばいいし、そこでぷつんと切れたらそれはそれでよし。たとえば……」と、ぼくが新大阪から高松までの2時間弱の間に書いた数ページのノートを見せながら少々助言した。

帰路は大阪まで高速バスにした。所要3時間。いろいろ考えたり本を読んだり。しかし、最後部のせいかどうか、少し風邪気味・腰痛気味のせいか、頭痛がしてくる。眠るのもままならない。ぼうっと窓外を見ていると、Mさんの「書けない悩み」のことを思い出す。「いや、ぼくだって書けないよなあ。こんな調子のときは絶対無理。いろいろと刺激もあり、こうして考えたりもしているのだけれども、そうは簡単にメモは取れないものだろうな」と初心者心理に感情移入していた。

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今朝も体調がすぐれているわけではないが、一晩明けたら気分だけは引きずらないようにしている。そして、昨日のことを思い出したりしていた。振り返ってみたら、一日のうちにはいろんなことが起こったりさまざまなシーンを感知していることがわかる。岡山で800円の弁当を買ってマリンライナー車中で食べようとしたら、中身がついさっき購入時に見たサンプルと違っている。少し豪華なのである。表示を見れば1000円。レシートを確かめたら800円。店のおばさん、どうやら取り間違えたらしい。

文化人類学の山口昌男の『学問の春』を車中で少し読み始めたら、テーマがホイジンガの『ホモ・ルーデンス』。日本語で「遊ぶ人」。この本はカイヨワの『遊びと人間』よりうんと難解で、二十代初めに読んだのだがあまり覚えていない。山口昌男が興味をそそるように取り上げているので、再読候補にしようと本棚を見るも、ない。誰もいない日曜日の今日の昼下がり、オフィスに行ってみたら見つかった。持って帰る。以上、たわいもないことだが、こんなふうにノートに書けばいいのである。日記のようになることもあるだろうが、ノートにはそんな制約はない。基本的には周辺観察と発想。

ファックスと電柱の貼紙

 こんなふうにタイトルをつけると、誰もが「ファックス」と「貼紙」の関係を連想しようとする。貼紙ということばからファックスのほうも用紙を想定するかもしれない。種明かしをすれば、他愛もなくことばを並べただけ。ファックスの用紙と貼紙が紙という共通点を持つのは偶然にすぎない。

 行き詰まったらというわけではないが、時折り十年、二十年前のノートを繰ってみる。ぼくにとっては、沈殿した記憶の脳内攪拌みたいなものである。知新にならないことがほとんど。しかし、時代を遡って温故するのは、懐かしの路地裏散策みたいで眼を見開くこともある。走馬灯のように追いかけにくい幻影ではなく、案外くっきりと記憶の輪郭が見えてきて、一気に当時の臨場感に入ってしまったりもする。

 適当に本棚から引っ張り出した一冊のノート。これまた適当に繰って指が止まったページ。そして、その直前のページ。この両ページを足すと「ファックスと電柱の貼紙」になった。統合ではなく、並列のつもりである。それぞれそっくりそのまま転記してみよう(およそ14年前の話)。

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 ちょっとした報告。決して緊急ではないので、電話で相手の時間を拘束するまでもないと考え、まずファックスした。必要ならば、数分後に電話でファックス送付の件を伝え、補足するつもりだった。

 ところが、電話しようとした矢先に先方から電話が入った。なんとお叱りのことばである。順序が逆だと言うのである。まず電話で今からファックスを送付すると伝え、それからファックスを送るべきだというのである。こんなビジネスマナー、聞いたことすらない。誰がつくったのか? 少なくともファックス発明後のマナーだろ? 

 ファックスの前はハガキか手紙を出していた。ぼくの相手のお叱りの趣旨をハガキに置き換えたら、「今からハガキを出します。明後日までには着くと思いますので、よろしく」と言え! ということになる。まったくお粗末なお叱りではある。マナーか何か知らないが、取るに足らない細部に分け入ることしか自分を誇示したり他人を制したりできない輩だ。こんな連中と仕事をするのは一回きりで十分。

 それにしても、ビジネスマナーはビジネスとマナーの複合語だが、ビジネスが主ではないか。最近企業研修で、ビジネスを教えずにマナーばかり教えている愚はどうだ。マナービジネス(礼儀を商売にすること)にビジネスマナーを押し売りされてたまるもんか。

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 電柱に「劇薬散布注意」という貼紙がしてあった。ずいぶん意味深である。

 いったい誰が貼ったのか。まず、そのことが気になる。テロリストか、近所の誰かか、農園主か、「当局」か? それぞれに貼る意図があるかもしれないが、電信柱でなければならない理由が思いつかない。しかも、メッセージを伝えたい相手も特定しにくい。

 テロリストなら「劇薬を散布した」と犯行声明を出すかもしれないが、ご丁寧に「注意」を呼びかけることはない。また、この町中に農園主はたぶんいない。いるとしても家庭菜園か植木の世話をしているご主人。自分のテリトリーに劇薬を散布したが、公道に飛沫したかもしれないので犬の散歩時に注意? かもしれない。農薬ではなく「劇薬」とした点が気にかかるし、自治会の住民向けにそんな挑発をする動機が見当たらない。「当局」はまずないだろう。ふつう当局は電柱にそんな貼紙をしない。回覧板を使うはずである。

 もしかすると、近所の誰かが一番危ないのかもしれない。嫌がらせの始末が悪い。おっと、重要な点を見逃している。貼紙は漢文のように漢字だけで書かれている。この文章、「劇薬ヲ散布シタ。注意セヨ」なのか? それとも、「劇薬ヲ散布スル。注意セヨ」なのか? いずれも気味悪いが、電柱という異色な場所柄を考えると、後者のほうが「ぞっとする感覚」が強い。   

土曜午後の書店、アマノジャク

今日は土曜日。ゆっくり本を読もうと思っていた。買いだめしている本から読めばいいのに、気になる本が一冊あったのでぶらぶらと本屋まで歩いた。徒歩10分のところに有名な大手の書店がある。気になる本と他に3冊買ってしまった。用が済めばさっさと帰るのが流儀だが、今日はめずらしく小一時間立ち読みに耽った。本の論点らしき箇所を探して検証したりアマノジャクに反駁したり……。

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ある本には「正論ばかり唱えていると人が離れていく」と書いてあった。

心当たりはある。民心というものは、そうであって欲しくはないと願えば願うほど、明らかに怪しげな方向に流れていく。しかしだ、そもそも何が正論で何が邪論かはよくわからない。ぼく自身、「それ、正論ですよ」と言ってもらうこともあれば、「変わってる」とも言われる。自分なりには、ややアマノジャクながらも本質を衝いているのではないかと思っている。いや、ぼくだけではなく、誰もが多かれ少なかれ自分の意見は正論に近いと自覚しているに違いない。

まあいい。ぼくが自他ともに認める「正論吐き」だとしよう。そうすると、知人も友人も塾生もどんどん離れていくということになる。なるほど、少し当っているような気がする。ここ数年、人脈ネットワークが小さくなっているし、人付き合いもめっきり減ったし、ゆっくり会って飲食して対話を楽しみたい「この人!」も少なくなってきているかもしれない。この分だと、最後の晩餐は一人でメシを食う破目になりそうだ。

だから、それがどうしたというのだ。人が離れていってもいいではないか。小手先の術を使わず、正論漬けで結構だ。モテない男がホンネを捨ててでもモテる作戦を立てるのには賛成するが、この齢で、今さら邪論を唱えて人離れを防ぐ気にはなれない。

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別の本は「情報を一元化してまとめる」をテーマにしたベストセラーだ。たしか情報編が先に出て、第二弾は読書編だと思う。

ぼくは情報一元化を自ら実践してきたし、一冊のノートに見聞きした情報やひらめいたアイデアをメモするように勧めている。面倒臭いけれど、読書をして印をつけた用語や傍線部分や欄外コメントも、後日抜書きするのがいい。この本には基本的には賛成だ。

しかし、「情報を一冊にまとめる」の「まとめる」が少し気に入らない。「まとめるテクニック」は著作業や企画業などアウトプットを仕事にしている人には役立つ。たとえば、ぼくの場合。お粗末ながら著作経験があり自前の研修テキストを年間何十と執筆編集する。企画・執筆・講演をつねに意識しているので、活用のためのまとめは重要な作業だ。そういう仕事と無縁であるなら、ノート上のまとめや分類や活用のためのインデックスなどに凝ったりこだわったりすることはない。

情報はテーマページでノートにメモすればいい。読書の抜書きも同じノートでかまわない。インプットする情報がすべてそこに書いてあるということに価値がある。そして、週に一回ほど、そのノートをめくって記憶を新たにし、何か気づいたことがあれば書き加えればよい。まとめることを意識などせず、まずはノートに書く習慣になじむことだ。これまで何もしてこなかった人なら、その習慣だけで思考とコミュニケーションスキルは見違えるようになる。

誤解なきよう。ぼくのように「情報一元化の習慣」を単刀直入に勧めて「ハイ、おしまい」では一冊の本は出来上がらないのだ。文庫であれ新書であれ、おおむね200ページの体裁が本の最低条件。だから、幹以外に枝葉が必要になってくる。裏返せば、自分の仕事や状況や現在のスキルに応じて枝葉を適度に剪定せんていするように拾い読みする――こんな読書の方法にも理があることがわかる。    

アイデアが浮かぶとき

「アイデアはいつどこからやって来るかわからない」と教えられたジャックは、その夜アパートのドアも窓も全開にして眠った。アイデアはやって来なかったが、泥棒に侵入されて家財道具一式を持ち出された。ジャックは悟った。「いつどこからやって来るかわからないのはアイデアではなく泥棒だ。アイデアはどこからもやって来ない。アイデアは自分のアタマの中で生まれるんだ。」

アイデアは誰かに授けられたり教えられたりするものではない。アイデアの種になるヒントや情報は外部にあるかもしれないが、実を結ぶのはアタマの中である。アイデアと相性のよい動詞に「ひらめく、浮かぶ、生まれる、湧く」などがある。いずれも、自分のアタマの中で起こることを想定している。アイデアを「天啓」と見る人もいるが、そんな他力本願ではジャックの二の舞を踏んでしまう。

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デスクに向かい深呼吸をして「さあ、今日は考えるぞ!」 あるいは、ノートと筆記具を携えてカフェに入り「ようし、ゆっくり構想を練るぞ!」 時と場所を変え、ノートや紙の種類を変え、筆記具をいくつか揃え、ポストイットまで備えても、アイデアは出ないときには出ない。準備万端、「さあ」とか「ようし」と気合いを入れれば入れるほど、ひらめかない。出てくるのはすでに承知している凡庸な事柄ばかりで、何度も何度も同じことを反芻して数時間が経ってしまう。

ところが、本をニ、三冊買ったあとぶらぶら歩いていると、どんどんアイデアが浮かんできたりする。まったく構えずにコーヒーを飲んでいるときにも同じような体験をする。だが、そんなときにかぎって手元にはペンもメモ帳もない。必死になってアイデアを記憶にとどめるが、記録までに時間差があると大半のアイデアはすでに揮発している。

意識を強くすると浮かばず、意識をしないと浮かぶ。なるほどアイデアは「気まぐれ」だ。しかし、気まぐれなのはアイデアではなく自分のアタマのほうなのである。

ノートと筆記具を用意して身構えた時点で、既存の発想回路と情報群がスタンバイする。アタマは情報どうしを組み合わせようと働き始めるが、意識できる範囲内の「必然や収束」に向かってしまう。これとは逆に、特にねらいもなくぼんやりしているときには、ふだん気にとめない情報が入ってきたりアタマの検索も知らず知らずのうちに広範囲に及んだりする。つまり、「偶然と拡散」の機会が増える。

アイデアは情報の組み合わせだ。その組み合わせが目新しくて従来の着眼・着想と異なっていれば、「いいアイデア」ということになる。考えても考えてもアイデアが出ないのは、同種情報群の中をまさぐっているからである。新しさのためには異種情報との出会いが不可欠。だから場を変えたり、自分のテーマのジャンル外に目配りすることが意味をもつ。

ぼくはノートにいろんなことを書くが、アイデアの原始メモはカフェのナプキンであったり箸袋であったり本のカバーであったりすることが多い。つまり、身構えていないときほどアイデアが湧く。というわけで、最近はノートを持たずに外出する。ボールペン一本さえあれば、紙は行く先々で何とかなるものだ。