ゴールデンステート滞在記 サンフランシスコ①

サンフランシスコに到着したのは、現地時間6月2日の午前11時半。名物の坂は予想以上に勾配がきつく、タクシーは勢いよく駆け上る。市街のもっとも高い丘の一つであるノブ・ヒル(Nob Hill)の一角にあるホテルにチェックインし、荷を解いてすぐに近場を散策してみた。続いてケーブルカー乗り場へ。とりあえずフィッシャーマンズ・ワーフ(Fisherman’s Wharf)を目指そうとしたが、待つこと10分、15分、20分……待てどもやって来ない。待つ人が増えてくるが、ケーブルカーが上ってくる気配はいっこうにない。

痺れを切らして、10分ほど坂を歩いて下り発着駅へ行ってみた。何か事故があったようで、乗客が長蛇の列をつくっている。ケーブルカーも何台も連なって発車待ちの状態。ランチを食べていないのに気づき、近くのショッピングモールへ向かった。ホットドッグとプレッツェルのシナモンスティックで腹ごしらえして戻ってきたら、ケーブルは動き始めていた。

乗車料金は15ドル。やや割高感があるので、18ドルの3日間チケットを購入した。これを使えば、ケーブルカーも市内の地下鉄もバスも乗り放題だ。パウエル駅からノブ・ヒルへ上がり、坂を下りながら海岸へ。思ったほどの賑わいではない。日本人らしき観光客は何組かいるが、団体客のツアーが皆無。そう言えば、残席わずかと急かされたユナイテッド航空の関空発の便はガラガラだった。インフルエンザの影響だったのかもしれない。

フィッシャーマンズ・ワーフは翌日にじっくり見るつもりだったから、中途半端に見学せずホテルに戻ってきた。ホットドッグのせいもあってカニやエビの海鮮屋台にも食指は伸びなかった。気がつけば、日本時間なら午前9時。もう24時間以上寝ていないことになる。

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ホテルから見るノブ・ヒルの光景はよく澄み切っていた。
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中央の星条旗のある建物がホテル。到着日の午後は好天だったが、風が強く寒かった。
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ようやく発着駅に入ってきたケーブルカー。
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木製の円盤の上に車両を載せたら、その後は手動で回転させて向きを変える。
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フィッシャーマンズ・ワーフの「玄関口」。
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フィッシャーマンズワーフでは海特有の潮の匂いがほとんどしない。
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鐘を勇ましく鳴らして走るケーブルカー。
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「鐘鳴らしコンテスト」の開催案内。運転士がテクニックを競う。

イタリア紀行26 「遊歩が似合う小高い丘」

ベルガモⅠ

ミラノの次にどの都市を取り上げるか思案しているうちに二週間が過ぎた。いや、正確に言うと、だいたい決めていたのだが、候補の街に出掛けた当時、ぼくはまだデジカメを使っていなかった。その街について書いて写真を添えるには、まずカラーネガフィルムをスキャナで読み込まねばならない。だが、写真の取り込みに想像以上の時間がかかってしまった。簡単だろうと思っていたが、上下左右反転になったりで手間取った。

ようやく画像変換でき、いざ書き始めようと思ったら気が変わり、ミラノ滞在中に訪れたベルガモを取り上げることにした。ベルガモは2006年に旅したのでデジカメで収めている。実は、この紀行をシリーズで書き始める前に、スローフードというテーマで一度ベルガモを取り上げた。名所の固有名詞も知らず、しかも半日観光しただけなのに、帰国してから妙にイメージが育ち始め、思い出すたびにゆったりした気分になる。写真とメモと現地版のガイドブックを照合させながら回顧しているとつい最近旅したような錯覚に陥ってしまう。

ベルガモはミラノから北東へ列車で約1時間。列車はベルガモ・バッサのエリアに着く。バッサ(Bassa)は「低い」という意味。この丘の麓は近代の風情である。そこからバスとケーブルカーを乗り継げば小高い丘のベルガモ・アルタへ(Altaは「高い」)。ここが中世からルネサンス期にかけて繁栄したエリアだ。時間があれば、バッサとアルタの両方を比較しながら徘徊すれば楽しいに違いない。「多忙な旅人」ゆえ、一目散にアルタへ。着いてしばらくの間はたしかに早足気味だったが、ゆっくりランチの後は刻まれる時間のスピードが減速した。

ベルガモ・アルタは城壁に囲まれているが、南北1キロメートル、東西2キロメートルとこじんまりしていて迷うことはない。ローマ時代にできたと伝えられるゴンビト通りをまっすぐ行けばヴェッキア広場。建物一つをはさんでドゥオーモ広場。二つの広場を囲むようにラジョーネ宮、市の塔、図書館、コッレオーニ礼拝堂、サンタ・マリア・マッジョーレ教会が建つ。軽度の高所恐怖症ながら塔を見れば必ず登るのがぼくの習性。塔の入口でチケットを買う。窓口のやさしい老人曰く「セット券になっているから、いろいろ見学できる」と言う。その「いろいろ」がうろ覚えだし、いくら払ったのかも覚えていない。

塔からの景観を眺めたあとは、もうガイドブックには目もくれず足の向くまま遊歩した。オペラの作曲家ガエターノ・ドニゼッティの生まれ故郷であることくらいは知っていたが、それ以外はほとんど知識も持ち合わせず、迷う心配のない城壁沿いを歩き城塞を見たり歴史博物館に入ったり。知名度の高い街に行くと、知識に基づいて名所を追体験的に巡ってしまう。もちろんそれも旅に欠かせないが、知識不十分の状態で視覚的体験から入ると自分なりの「名所」が見えてくるものだ。それらの名所を後日調べてみる。その名所がマイナーであれば追跡調査は不可能であるが、写真の光景と、そこに居合わせた事実はほとんど記憶に残っている。

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ベルガモ・バッサの鉄道駅からバスに乗る。雨上がりのベルガモ・アルタの丘は霞んでいる。バッサの市街地はこのように道幅も広く交通量も多い。
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ケーブルカーでアルタへ。『フニクリ・フニクラ』〈Funiculi funicula〉は19世紀のイタリアで生まれたケーブルカーで山を登るときの歌。
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ゴンビト通りを歩く人はみんなゆっくり。全長300メートル、急ぐこともない。決して賑やかではないが、風情のある店が立ち並ぶ。
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ヴェッキア広場のアンジェロ・マイ図書館。
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塔に登るときにセットで購入した歴史博物館の入場チケット。
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ラジョーネ宮に隣接する塔。耐震性的にはきわめて不安な構造のように思いつつ階段を登った。
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晴れ間が出てきた街の景観。
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ロマネスク様式のサンタ・マリア・マジョーレ教会は12世紀の建築。手前のドームの建物はコッレオーニ礼拝堂。
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礼拝堂の全体像。大理石の嵌め込み模様や彫刻がしっかりと施されている。

イタリア紀行20 「ゴシック建築と白ワイン 」

オルヴィエートⅠ

20083月のとある日、ローマのヴァチカン近くのアパートを午前8時に出発。地下鉄レパント駅まで10分ほど歩き、ローマの終着駅テルミニへ。鉄道に乗り換えて普通列車で1時間20分のオルヴィエート (Orvieto)を目指した。

オルヴィエート。ワイン好きなら知っているか聞いたことがあるに違いない。ローマから近いにもかかわらず、たとえば『地球の歩き方 ローマ版』にこの街の情報はない。掲載されているのは『フィレンツェとトスカーナ版』のほうだ(フィレンツェからオルヴィエートは倍以上時間がかかる)。ローマ版ではティヴォリやヴィテルボ、フラスカーティは紹介されているいる。オルヴィエートをわざわざフィレンツェ版のほうに編集した理由がわからない。

イタリアを代表するゴシック建築のドゥオーモと安価で上質の白ワイン。オルヴィエートが自慢できる目ぼしいものはこの二つだけ。しかし、この二つ以外に何も望まなくてもいい。下手に何でもかんでも揃っていたり中途半端な特徴を備えているよりは、「これしかない」と言い切れるほうが「地ブランド」に秀でることができる。欧米人観光客は美しいファサードのドゥオーモ前広場にたむろしワインショップを訪れる。やはりその二つがお目当てなのだ。

当初からローマ滞在中にオルヴィエートに出掛けるつもりではあった。しかし、ぼくの動機は大それたものではなく、白ワインの里を見てみようという程度だった。オルヴィエートの駅からケーブルカーを乗り継いで到着したのはカーエン広場。先を急ぐならバスか徒歩でドゥオーモへ行く。しかし、広場の少し先の展望スポットに寄って眼下に広がる景色を楽しんだ。崖っぷち状の丘陵地の街なので眺望がとてもいい。

ドゥオーモに着いた。キリスト教にも教会の建築様式にも知識や教養を持ち合わせていないが、あちこちの街で見てきたデザインとの違いは一目でわかる。金色とピンク色を織り束ねたような模様と繊細かつおごそかなファサードのデザインに目を奪われる。座り込んでうっとりと眺めている人たちもいる。ぼくもしばし足をとどめた。ゆっくり歩きながらメインのカヴール通りに入り市庁舎のあるレプッブリカ広場へ。道すがら、あるわあるわ、名産の白ワインを所狭しと展示しているエノテカ (enoteca)。イタリア語でワインショップやワイン庫を意味する。ワインが23本単位で箱にセットされているのも珍しいが、もっと驚いたのは値札の数字であった。

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ケーブルカーのターミナル駅。
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はるか遠方まで見渡せるパノラマの図。
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着工1290年。300年以上の歳月を経て完成したドゥオーモ。
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ディテールを見事に描き出す浮き彫り。
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定番ワインは1300~500円。驚嘆に値する価格で、うまさも申し分なし。
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              落ち着きのあるドゥオーモ広場ではしばし佇んでみたくなる。