ゴールデンステート滞在記 サンフランシスコ③

サンフランシスコと大阪は姉妹都市関係にある。当たり前だが、姉妹都市だからといってどこかしら雰囲気が似ているなどということはない。しかし、この街にさほど違和感を感じないのは、通りや賑わいや店舗の数など日本の大都市構造と共通点があるからだろう。もしサンフランシスコに坂とケーブルカーがなかったら、どこにでもある街並みになっていたかもしれない。地形と、その地形に合った乗り物がこの街の生命線になっている。

海岸線も特徴の一つだ。ピア39にやって来ると、この街が神戸に酷似しているように見えてくる。正確なことはわからないが、神戸のモザイクがここを真似たに違いないと確信してしまう。この確信が間違っているのなら、サンフランシスコのピア39が神戸を真似たに違いない。しばし目を閉じ、再び開けてみると、神戸にいるような錯覚に陥る。

昨日パスした屋台でシーフード料理を食べる。大人の片手より一回り大きいパンの塊をくり抜き、その中に具だくさんのクラムチャウダーを注ぐ。もう一品、イカ(caramari)のガーリック風味のから揚げ。二つで18ドルくらい。「うまいかまずいか」と二択で聞かれれば、うまいの欄にチェックを入れる。だが、「安いか高いか」だと、よくわからない。うまいかもしれないが18ドルなら当然だろうという感じ。日本人は食に貪欲だとつくづく思う。フィッシャーマンズ・ワーフの名物料理でも費用対効果は「普通」になってしまうのだから。

少し沖合いにアル・カポネが収容されていた監獄の島アルカトラスがある。遊覧して上陸できるが、所要4時間と聞いてやめる。当初の予定通りに海岸沿いを歩き、ハイド通りに入ってブエナ・ビスタ・カフェ(Buena Vista Cafe)の前に出る。アルコールの入ったアイリッシュコーヒーで有名な老舗店だ。競馬ファンならずとも聞き覚えがあるかもしれない。今年の桜花賞とオークスの二冠に輝いた最強牝馬の馬名がスペイン語で「すばらしい景色」を意味するブエナビスタである。

この店の前をさらに上がっていくとリーヴンワース通りと交差する。ここまでの道は冗談抜きに心臓破りの坂である。その坂から左を見下ろせばロンバード通り。ここが「世界で最も曲がりくねった通り」と呼ばれる曲者の坂。続きは次回。

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ピア39の土産店・飲食店通り。
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ピア39には迷うほどのシーフードレストランがある。
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ピア39のヨットハーバー。
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沖合いおよそ2キロメートルのところにあるアルカトラス島。
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海岸の道路に埋め込まれているトレイルコースの標識。
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手前がクラムチャウダーの大。パンはやや酸味が強い。その上がカラマリのから揚げ。チリソースとタルタルソースがついている。
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ケーブルカーにはいろんな種類があり、イタリアやオーストラリアでお払い箱になった路面電車が使われている。
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ハイド通りとビーチ通りの角にブエナ・ビスタ・カフェがある。
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ブエナ・ビスタ・カフェの建物。
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ハイド通りを上り振り返る。なるほど、急勾配が”ブエナ・ビスタ”を演出している。

イタリア紀行27 「歴史が描き出す風景」

ベルガモⅡ

この街を訪れた前年に、ベルガモが生んだガエターノ・ドニゼッティ (1797-1848)の歌劇 “L’Elisir d’amore” (愛の妙薬)を偶然にもCDで聴いた。また同時期にNHKラジオイタリア語講座でも歌詞を読んでいた。少しは親近感があったわけである。CDではアディーナという娘に心を寄せるネモリーノを偉大なテノール歌手ホセ・カレーラスが演じている。このオペラの舞台はバスク地方の村で、北イタリアの都市とは関係がない。さきほど久々に聴いてみた。ベルガモにも合っているような気がしたが、もちろん勝手な連想である。 

風景というのは地形がつくり出す。しかし、自然に任せた地形だけなら、ぼくたちが目にする風景はさほど変化に富むことはないだろう。塔に登れば地上とは異なるパノラマが広がる。見えざる地形を塔が人為的に演出してくれるのだ。同じように、城塞や城壁跡の遊歩道は歴史が置き忘れていった風景を描き出す。ベルガモがヴェネツィア共和国に支配されていなかったら、城塞は生まれなかったかもしれない。すると、ベルガモの小高いチッタ・アルタの街もきっと別の姿に見えたに違いない。

「ベルガモは偏屈な街である。よそものにひどくよそよそしい。あんまりよそよそしいのでかえって面白い。住むとなると大変だろうが、よそよそしさを味わいに訪れてみるのも見聞を広めるのにいいと思う」(田中千世子『イタリア・都市の歩き方』)。こんなベルガモ人像があるらしい。これはイタリア人全般、とりわけ店舗の女性スタッフには当てはまる気がする。イタリア人には陽気で愛想がいいというイメージがつきまとうが、意外に人見知りをするというのがぼくの印象だ。

しかし、塔に登るまでに会話を交わしたベルガモ人は、フレンドリーで饒舌なまでに親切だった。レストランで給仕をしてくれた女性と、塔の下で切符を売っていたおじいさんだ。さらに塔から下りてきて、コッレオーニ礼拝堂を地上から眺めて以降も何人かのベルガモの人たちと接点があったが、誰一人としてよそよそしくなかった。むしろ街全体が気位の高いよそよそしさを感じさせるのかもしれない。

小高い丘に繰り広げる颯爽とした風景を歴史が刻んだように、ベルガモの凛とした空気も都市国家興亡の歴史の残り香に違いない。 《ベルガモ完》

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博物館で買った4枚綴りの絵はがき。中央のドニゼッティとゆかりの人物が一枚に一人配されている。
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地上から見上げると別の圧倒感で迫るコッレオーニ礼拝堂。白とピンクの大理石をふんだんに使ったファサードが見事。
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建物の玄関や柱の台などに見られる獅子の像。獅子はヴェネツィア共和国の象徴。ベルガモが1428年以来ヴェネツィアに支配されていた証である。
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しばし歩を止めて歴史が描く風景のノスタルジーに浸ってみる。
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地形に沿って蛇が這うようにくねる城壁の曲線。眼下にはベルガモのもう一つの顔、チッタ・バッサの街並みが見える。