語句の断章(4) 安い・安っぽい

ことばは〈差異のネットワーク〉だから、違いを踏まえて複数同時に覚えていくのがいい。一つずつ順番に覚えていくのは効率が悪い。新たな語を学ぶたびに、既知の語の意味を微妙に修正しなければならないからだ。中学英語で“cheap”を教わったときは、品質が劣っているというニュアンスまでは知らず、「安い」と覚えた。高校英語で“reasonable”(お手頃な)や“inexpensive”(低価格の)に出合ってから、“cheap”は「安い」と言うよりも「安っぽい」に近いことを知った。

かつて「安い」と「安っぽい」が同義の時代があった。中学で英語を学んでいた1960年代の前半、日本製品には「安かろう、悪かろう」のイメージがこびりついていた。「安っぽい」は値段は安いが品質も悪い製品を表わす表現であった。長らくの間、安価は高価に対して質的にも劣るというイメージを背負ってきた。

だが、「安い」と「安っぽい」は本質的に同じではない。5段階で言えば、かつてはクラスAに対して、安いはクラスE(=安っぽい)だったが、今ではクラスCやクラスBにまで地位を上げてきた。価格の差ほど品質の差がなくなってきたのである。

低価格で品質に不満がなければ、高価格・高品質が苦戦するのもうなずける。高価格・高品質組は、ステータスとブランド以外に何か訴求点を見つけないと、先行き危うくなるだろう。安っぽさと決別した「安さ」を侮ってはいけないのである。