たまには小銭――感傷編

アイスコーヒー代を支払って、午後への繰越金は759円。さっきまでズッシリ感があった小銭入れがいくぶん軽くなっている。札入れやキャッシュカードだけを使い、預金通帳の数字をにらんでいるだけでは、このアナログ感覚はわからない。

正午になった。この研修では講師用の弁当は出ない。弁当が出ないからこそ、少しばかり心配していたのである。ランチタイムの食事処を教えてもらい、かけうどん350円、きつねうどん450円、喫茶店のピラフ650円などとそろばんをはじきながら歩く。

「コンビニに行けば悩むことなし」。わかっている。一日くらいおにぎり2個で我慢することもできる(いや、ランチそのものをパスしてもいい)。しかし、そんなことをすれば、朝のあの小銭への安堵と執着の体験価値が半減してしまうではないか。ここまできたら、小銭と対話しながら、その有り難味を噛みしめるべきだろう……かたくなにこう考えた。

普段は千円ちょうどか、少しお釣りのある程度のランチをいただく。オフィス近辺では平均すると値段はそんなものだ。あまりにも慣れてしまっているので、高いとか安いという値踏みはいちいちしない。


レストラン街に行って、とても驚いた。ぼくが立ち止まったほとんどの店のランチは700円~1000円だった。いや、別に驚かなくても、普段通りである。しかし、759円からすればことごとく贅沢な品々に見えてきた。ちなみに、ハンバーグ定食850円、トンカツ定食780円、海鮮丼1000円。どれも超豪華ランチに見えてきた。

価格720円以上には目を向けないようにした。昨今メニューはすべて消費税込みというのは常識。だが、万が一730円のランチを頼んで、お勘定時に「消費税は別になります」と言われたら、766円になってしまう。買物ゲームは7円でも超えたら、ゲームオーバーだ。

というわけで、根気よくひたすら600円台を探す。そして、ついに「肉じゃが定食619円」を見つけた。ちゃんと税込みと書いてくれている。一目惚れである。肉じゃがとお惣菜一品にではなく、この619円に惚れた。中途半端な619円に「愛情とやさしさ」を感じた。お釣りの円に対してまたもや「儲けた」という気分になった。

ご馳走さま。残りは759619140円。食事だけして会場に引き返すのも切ない。自販機で120円の缶コーヒーを買う。残り20円(10円硬貨枚、5円硬貨枚、円硬貨5枚)。こんな至近距離で硬貨をまじまじと見つめたのは何年ぶりだろう。

研修指導も無事に終えた。朝から夕方までの小銭にまつわるいろんな思い。小銭をにぎりしめて駄菓子屋に通った昭和30年代の、あの懐かしい光景が帰途につく電車の中で甦ってきた。