“アテンション、プリーズ”は効くか?

危険.jpg交通機関を利用すると、視覚的または聴覚的なアナウンスの洪水に見舞われる。アナウンスが双方向であるはずはなく、すべて一方的だ。とりわけ、注意喚起のメッセージがおびただしい。どのメッセージにも悪意は込められていない。ひたすら乗客の安全を願っての発信であることは言うまでもない。だが、過ぎたるはなお及ばざるが如し、である。

「ドアが閉まる直前の駆け込み乗車をおやめください」というアナウンスもあれば、「開く扉にご注意」というステッカーもある。忘れ物はないか、次の駅で乗り換え、今度は右側のドアが開く……など、次から次へと注意が促される。たまに「注意!」とか「危ない!」と言われるから、我に返ったり身が引き締まったりする。すべてのアナウンスが「アテンション、プリーズ」なら鈍感になってしまう。


日本全国から変てこな看板や標識ばかり集めた本に、「触るな! 触るとやばいです」というのがあった。禁止系の呼びかけに対して、人にはアマノジャクな反応をする性向が少なからずあるらしい。「どれどれ、どんな具合にやばいのか」と思って、恐々手を出したくなる衝動に駆られるというわけだ。もっとも、遅刻厳禁と書いても時間厳守と書いても、守れない人は守らない。「遅刻死刑!」はただの冗談になるし、「時間に遅れないようにお願いします」のような意気地なしでは、強制力が働かない。
このポスターの「飲酒後の転落事故多発!!」というメッセージは事実を語っている。しかし、「ここは交通事故多発地点」というのと同じではない。「ここ」という具体性は少なからぬ注意を引き起こすが、「飲酒後」というのは一般的に過ぎるので「ふーん」という程度に軽くあしらってしまう。「シラフの自分」とは無関係であるからだ。
では、「転落にご注意ください」はどんな機能を果たしているのか。誰も好きこのんで転落しようなどと思わない。シラフの人間は転落リスクなどよほどのことがないかぎり考えない。このメッセージは酔っ払いに向けられている。しかも、ほどよいお酒で足元もしっかりしている乗客にではなく、ホームと線路の見境もつかないほど泥酔している乗客に向けられている。だが、かろうじて改札口を通り、やっとこさホームに辿り着いた泥酔客にこのポスターが見えるはずもない。
正しくは、「シラフの皆さん、酔っ払いが転落しないように注意してあげてください」でなければならない。もっとも、この趣旨を一行スローガンで表現するのは至難の業だろう。結局、外部からの十のアテンション忠告よりも内なる一つのアテンション意識が勝るのだ。仕事にも同じことが言える。