偽装の怪

偽装.jpg.jpgめったに週刊誌を買い求めることはないが、先月『週刊文春』を買って「食品偽装 悪質ワースト10」という記事に目を通してみた。ホテル系レストランから発覚した問題の数々を新聞で拾い読みしながらも考えていたことだが、廃業に追いやられた船場吉兆と同罪であると結論を下したい。誤表示どころか、偽装の域を超えて、詐欺呼ばわりするのが妥当である。

念のために、手元にある数冊の国語辞典で【偽装】の意味を調べてみた。「あざむく」という共通概念が浮かび上がる。但し、どの辞書も用例を挙げていないので、実際の文脈上のニュアンスがぴたりと伝わってこない。辞書編纂者には「用例のない辞書は骸骨である」というヴォルテールの言をよく咀嚼していただきたい。
ついでなので類語辞典にもあたってみたら、「陣地を樹枝で偽装する」という用例が見つかった。これも「あざむく」に類する意味だが、相手が敵なのだからあざむく行為は咎められない。この例でわかるように、相手次第では偽装も正当化できるのだ。但し、悪質というニュアンスをそぎ落としたければ、「陣地を樹枝で迷彩する」とするほうが精度が増す。


発端となった”HHホテルズ”は「誤表示」か「偽装」かで往生際の悪い釈明をした。誤表示と偽装は作為や意識において違うが、うたい文句と実態のズレという点では本質は同じである。食というデリケートな分野では、意識的であったか無意識であったかはあまり重要ではなく、結果のみが問われる。羊肉を料理するつもりだったが、つい狗肉を使ってしまい、「羊頭」という看板を書き直すのを怠った……これは「悪意のある羊頭狗肉」と同じことなのである。
料理の名前に使っている食材と産地をこと細かに記載するようになったのは、フランス料理の影響なのだろうか。いつぞや食べたパスタは「伊サルディーニャ産カラスミと宇治産壬生菜のリングイネ」だった。また、あるパーティーか披露宴のメインは「春キャベツで包んだ豪州産仔羊肉とチーズのカイエット そのジュのソース」であった。この種の料理を出すシェフは料理を作ってから命名するのではない。レシピを構想する時点で食材を選び長々とした名前を考える。この長い名前が料理に先立つシナリオのはずである。
 
そうであるならば、サルディーニャ産のカラスミが使えないのなら、その料理を作らないか、代替で使った品の産地に書き換えるべきなのだ。ブランドで勝負するレストランなら、食材が手に入らないならその料理を出さないだろう。そもそも産地名まで料理の名に含めるのは食材のブランドによって、美味と品質を誇示したいからである(それゆえ値段も高くできる)。偽装を企むレストラン側だけでなく、名産地に全幅の信頼を寄せてきた客も、危ういブランド信奉主義の片棒を担いできたと言わざるをえない。
 
格下の品を格上に見せかけるのが偽装である。格上の格下表示を偽装とは言わない。たとえばA5ランクの佐賀牛を使ったステーキなのに、単に「牛ステーキ」とメニューに書くのは偽装ではなく、パロディに近い。そんな痛快な仕業をどこかの店でやってみて欲しいものである。