今年の2月頃、今の所に引越してくる前に土地勘を養うために近場を歩いてみた。寿司店のメニュースタンドに「にぎり寿司十貫」の文字。暖簾をくぐる。狭い店で常連ばかりだと一見には居心地が悪そうだが、幸い先客はなかった。カウンター5席、奥の小上がりの間に座卓が一つの小ぢんまりした店。
住宅街の一角の小さな店で、昼のお品書きがにぎり寿司十貫(または八貫)と温かいうどんのセットのみ。ほどほどの期待感はあったが、出てきたにぎりの美しさ、ねたの下味の凝り方に感心した。手抜きがない。千円の値段は良心的にもほどがある。
たまに回転寿司で昼を済ませることがある。一皿二貫として5皿で切り上げることはない。少なくとも8皿、だいたい10皿は注文する。回転寿司なら20貫食べてしまうのに、この店のようににぎりを美しく盛り合わせれば十貫で十分堪能できる。
初夏から昼はなるべく家で食べるようになり、たまに外食するなら近所ではなく市内の中心街へ行く。近所だと中華かインド・ネパールカレーが多い。あの時の小さな寿司店は正午過ぎに何度か前を通ったが、いつも満員だった。いつの間にかランチ候補から外れていた。
引越してから4ヵ月以上経った先月の上旬、正午前に覗いたら先客は常連一人のみ。「十貫で」と伝える。カウンター越しに十貫盛りの皿を手渡される。「濃い赤のねたは鯨の赤身です」と大将。鯨の赤身のにぎりはシャリに血が滲むことがあるが、きれいに処理されていた。
五十代に見える常連さんには鯨が珍しかったようだ。大将は昭和30年代に学校給食で鯨肉の竜田揚げが出た話をする。「あの頃に鯨だと思って食べていたのはイルカだったかもしれん」と大将は言ったが、真相は定かではない。嫌いな話題ではなかったが、寿司をゆっくり味わっていたので、話には加わらなかった。この先、月一で来そうな予感がする。














