新聞や雑誌でシリーズ化されたコラムを見つけるとする。その時、なぜシリーズだとわかるのか? タイトルの近くに番号や符号が付いているからである。『ドキュメント 新型コロナを検証する ㊤』という具合。㊤とあれば、次回はおそらく㊥で、シリーズの最後が㊦になり、3回シリーズの可能性が高い。最初に出合ったのが㊥で、記事がおもしろかったら㊤も読んでみたくなるが、理髪店でたまたま手に取った雑誌だと先月号は手に入れにくい。
書籍は上巻と下巻でいいが、コラムなら「前編、後編」のほうがよさそうだ。コラムによっては何も印さず、最初の記事の巻末に「続く」と書き、続編の記事の最後に「完」で締めることもある。4回以上続くなら通常は数字を使う。第1回、第2回……、①、②……、<1>、<2>、……というような体裁で記す。数字の場合は何回続くかはわからない。「最終回」という文字を見てその記事でシリーズが終わることを知る。
ワードやパワーポイントで箇条書き体裁にする時、上記のような順序を示す行頭符号を選ぶ。箇条書きが小さな箇条書きに枝分かれしていく場合は、複数の符号を使う。このようにしてできる箇条書きの構造を〈抽象のハシゴ(abstract ladder)〉と呼ぶことがある。よく論文などで見る次のような構造である。
Ⅰ ・・・・・・・・・・
A ・・・・・・・・・・
1 ・・・・・・・・・・
(a) ・・・・・・・・・・
ⅠがあるのだからⅡがあり、それぞれにAがあり、AがあるからBもあり、またAとBの下にそれぞれ1と2があって、さらに1と2の下にそれぞれ(a)と(b)が置かれることになる。どこにどんなことが書かれているか(ディレクトリー)を示すのは簡単で、たとえば「Ⅱ-D-3-(c)」などで示せる。
小難しそうだが、何のことはない、普段住所を書く時は「抽象から具象へのハシゴ」を下りている。二段目以降が同じでも、一段目が違えばカテゴリーは別になる。東京都と大阪市には同じ地名が存在するが、おおもとの東京と大阪が別だから郵便配達も間違わないのである。
Ⅰ 東京都
Ⅰ-A 中央区
Ⅰ-A-1 日本橋
Ⅰ-B 港区
Ⅱ 大阪市
Ⅱ-A 中央区
Ⅱ-A-1 日本橋
Ⅱ-B 港区
符号――特に番号――をモノや概念に振るのは、順序やグループ分け(差異化)を認識しやすく共有しやすくするためである。裏返せば、順序もグループもどうでもよく、誰かと共有しないのであれば、わざわざ行頭に符号を振って箇条書きにすることもないし、シリーズに番号を付ける必要もない。書き手が「第何回」を意識するほど、読み手は気にしていないのである。