おすすめ vs イチオシ

20221025日、高知での実話。


高知に入る数日前に知人からメールが入った。「私がお仕事のアテンドをすることになりました。前日の夜に食事をご一緒しませんか。ご希望のお料理はありますか。もしなければ、地元の食材を生かしたフレンチなどはいかが?」というお尋ね。とてもよさそうな提案なのでお受けした。午後6時半の予約。ワインを飲むことになるはずなので、飲む前に飲むという例のドリンクを半時間前に飲んでおいた。

カウンター45席、4人掛けテーブル2卓の小ぢんまりとした瀟洒な店。7時頃までにぼくたちを含めて客は6人に。わずか6人で満員御礼という感じになった。白の発泡酒で乾杯。前菜二品は、シラスをのせたカナッペと、キーウィのジュレで食べる生牡蠣。魚料理は舞茸と梨を添えた鱧の天ぷら。メインの肉料理は四万十豚のソテーでジロール茸と柿が添えてある。赤ワインを合わせた。デザートはモンブラン、紅玉のスライスが山に隠れていた。

ここは中年のご夫婦で経営するビストロだ。シェフは寡黙に仕事をこなし、奥様が料理をサーブする。最後にコーヒーが運ばれてきて、少し会話をした。
「今日の料理だと日本酒でも合いそうですね」
「そうなんですが、めったに注文がないのですよ」
「置いているのはやっぱり土佐のお酒ですか」
「ええ、文佳人です。おすすめ・・・・します」
コーヒーを飲んだ後に日本酒は飲めない。どんな酒でどこに売っているかというような話になり、歩いて5分程の酒店を紹介してくれた。時刻は8時を回っていた。8時半閉店なので「今からうちのお客様が行かれます」と電話をしてくれた。

店を出て右へ、すぐに左へ、橋を渡ってすぐ左へ。50メートルほど先に灯りが見えた。酒店に入るとブルースが流れている。酒屋の雰囲気ではない。酒もおびただしく並んでいるが、レコードもぎっしりと棚に入っている。「かくかくしかじか」と来た理由を話し、おすすめ・・・・の文佳人を指名した。

「今のイチオシ・・・・は安芸虎のひやおろしです」と主人。ひやおろしは何度も見聞きしているが、飲んだことはない。ひやおろしとは何か、イチオシのこの酒はどんな味わいなのかなど、話せば長い解説と蘊蓄を、ご主人はあらかじめ一枚にまとめておられる。その紙をぼくに手渡しながら、「ぜひ飲んでみてください。ええ、文佳人もいいんですよ。いいですけどね、今はこちらがイチオシ・・・・です」

「じゃあ、そのひやおろしと文佳人を一本ずつ。飛行機なので720ml瓶で」と言えば、ご主人はもう一度言った。「文佳人もおいしいですけどね、ひやおろしはこの時期のイチオシ・・・・です」。強く二度繰り返されたから主人の推奨に応じた。「わかりました、ひやおろし2本ください」。

「イチオシ」が「おすすめ」を押し出した。「冷やして飲む」と聞いたので、昨日の朝に冷蔵庫に1本入れておいた。そして昨夜、飲んでみたのである。形容詞を駆使して味を表現しても伝わらないので、「過去に経験したことのない舌ざわりのまろやかさ」とだけ評しておく。なお、ご主人のペーパーには味の蘊蓄が書かれているはずだが、まだ読んでいない。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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