文具ダンディズム考

具は飾り物ではない。高価であるとか安価であるとかも文具の必須条件ではない。文具は使うものであり、長年に及んで使い込めば愛用品と呼ぶにふさわしい一品に仕上がる。使う愛用品であって、決して飾り棚やケースに収納して愛蔵するものではない。専門の蒐集家ならいざ知らず、ぼくたちにとっては日々の実用品にほかならない。

紳士の文房具

粋やダンディズム、知性やことばについて造詣が深かった評論家の板坂元の著書を何冊か読んでいる。その中に『紳士の文房具』という一冊がある。題名が示す通り、いろいろなジャンルの文具についての考え方が披瀝されている。万年筆へのこだわりなどは、他の万年筆愛好家同様に尋常ではない。ぼくも万年筆には並々ならぬ想いがあるが、特段の造詣があるわけでもなく、周囲の知人友人を驚かせるほどの薀蓄を傾ける域には達していない。

使わないからどうぞと言われ、厚かましく頂戴したモンブランがぼくの愛用する万年筆の最高値である。10万円を下らない。パーカー、シェーファー、パイロット、セイラー、ペリカン、ラミー、ウォーターマンなど、二十代から自腹で10本以上買っているが、どれも1万円から2万円前後のものばかり。頻繁に愛用しているのは34種類だが、たまに手に取っては、どのペンにも出番を与えるようにしている。


先日、新聞の夕刊に万年筆について書かれた記事を見つけた。話は、大人の男の流れから万年筆へと及んでいたのだが、記者の取材した相手がダンディズムを売りにしている有名人らしい。「40歳過ぎて万年筆を使ってないヤツは子ども。大事な人へのお礼状は万年筆がベストだよ。字が多少下手でも雰囲気が出る」というくだりにちょっと首を傾げたが、目くじらを立てるほどのことはない。問題はその後だ。「5万円以上のものを使ってほしいな」。

手紙を書かない字の下手な男でも万年筆を買うか貰うかするかもしれない。しかし、断言してもいいが、使うとなれば三日坊主に終わる。ものを書くだけなら、万年筆以外のどんな筆記具でもいいわけだ。しかし、若い頃から万年筆を使ってきた者は、万年筆でなければならないと考えた段階で、すでに書く中身にこだわったはずなのである。誰にだって稼ぎに応じた懐の状況があるのだから、いきなり5万円以上から入門できる者などめったにいない。

5万円以上の万年筆を持てという時点で、文具ダンディズム失格と言うべきだろう。人にもらった10万円超のあのモンブランは、ペン先を調整すればよくなるだろうが、使いこなすにはまだ時間がかかる。手に馴染み筆感に優れ心地よくペン先を走らせることができるのは、1万円台の万年筆ばかりである。どのインクでどの紙に何を書くか、そしてどのペンを使うのか……万年筆を取り巻くソフトとハードは、価格などでは計れない長い歳月を経て決まる。愛蔵や見せびらかしなどとは強い一線を画するダンディズムに裏打ちされるものなのだ。縁あって手に入れた文具、せいぜい愛用すべきである。

投稿者:

アバター画像

proconcept

岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です