映画の思い出いろいろ

今はもう長時間観る馬力はないだろうが、昭和の二十年代から四十年代にかけて父親はよく映画館に足を運んでいた。ぼくの父親に限ったことではない。子ども目線から見た街中の大人の娯楽と言えば、映画かパチンコだったはずである。あとは喫茶店にたむろしてコーヒーにタバコ(昭和には「珈琲と煙草」と表記するのが似つかわしい)。

小学校時代、父親にずいぶん映画に連れて行かれたが、よく覚えているのは『アラモの砦』と『荒野の七人』、それにジョン・ウェイン主演の西部劇シリーズくらい。ヒッチコックの『裏窓』など、子どもにはわかりづらい作品も観せられた。ストーリーを覚えているのは、後年になってテレビで観たからにほかならない。ビデオが発明される前であり、テレビで放映するのはマイナーな映画ばかり。そんな時代だったから、中学生までは自主的に映画を観ようとしたことはない。いろいろと映画は観たのかもしれないが、決して映画マニアだったわけではない。

高校も二年の後半になると受験勉強期に入るが、ひょんなきっかけから時折り映画鑑賞するようになった。遊び半分で試写会に応募したら当たったのがきっかけだった。たしか最初の試写会はスティーブ・マックイーン主演の『砲艦サンパブロ』。そのあとにウォルター・マッソーとジャック・レモンの『おかしな二人』なども当選した。いや、実を言うと、応募したら必ず当たったのである。だから、劇場で実際に何を観たのかをすべて覚えてはいないが、結構よく試写会に行っていたのだ。


試写会通いは大学生の頃まで断続的に続いた。これだけ映画を観ていたのに、映画が三度のメシより好きなわけではなかった。ぼくは本性的に映像派ではなく活字派だったので、視聴覚的効果をあてがわれ、ともすれば受身的になってしまう映画をいつも醒めて鑑賞していた。大学生時代の映画鑑賞の目的は純粋に英語のヒアリング強化のためであったし、後日シナリオを手に入れて表現の勉強もした。この頃『ペーパー・ムーン』や『ラブ・ストーリー』で知った英語表現を今も覚えている。

本がなくなると困るが映画がなくなっても困らない。テレビで放映される映画をチェックするわけでもなく、たまたま縁と時間があれば観る程度だし、途中でさっさとチャンネルを切り替えることもある。社会人になってから映画館に行くのはせいぜい年に一回。数年間まったく映画と無縁の時期も複数回あった。そのぼくが、今年は三度も映画館に足を運んでいるのである。

まず『アリスインワンダーランド』(原題“Alice in Wonderland”)。原作ルイス・キャロルの小説がどう映像化されるかに興味があった。この種のメジャーな作品を観るのは例外的だ。あとは、『オーケストラ』(フランス映画、原題“Le Concert”)と『ボローニャの夕暮れ』(イタリア映画、原題“Il Papa di Giovanna”)の二作。いずれも原題と邦題が違う。前者は「コンサート」、後者は「ジョヴァンナのパパ」だ。ここのところ、年に一度か二度観る映画はだいたいミニシアターで上映される、人生をちょっとばかり考えさせる作品である。エンターテインメント的にもてなされるだけの作品はもういい。読書傾向に近くなったのかもしれない。

と言うような次第で、映画ファンから見れば、とてもなまくらな鑑賞をしている。ぼくは映画愛好家などではなく、時々美術館に行くように映画館に行く。直感的に行く。そして、少しいいものに出合ったら大いに満足して帰ってくる。数を絞っているせいか、ハズレがほとんどない。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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